第13話 再び、招集令
※カクヨムにも同名のものを公開しています。
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修道院の鐘が、朝霧の中をゆっくりと揺らしていた。
冷たい空気の中に、金属の澄んだ響きが長く尾を引く。
広場には、自警団に、志願兵、修道士。そして冒険者たちが整列していた。
北の森での討伐が失敗してから、およそ半月。速報が流れてから10日。
今日、ついに正式に第3回討伐令が出されるという。
人々の表情には緊張と疲れが混ざっていた。
誰もが「これが最後だ」と悟っている。
鐘の音のたびに、風が祈りの声を運んだ。
壇上では、修道士が巻物を掲げ、朗々と読み上げている。
「神の名のもとに、ルドルフ卿の命をもって、北方の森に潜む魔狼を討て――」
ルドルフの名は声高に響いたが、その姿はどこにもない。
名義だけの勅命。
実際には教会上層部の意向で動かされていることを、誰もが知っていた。
人々は沈黙のまま祈りの仕草を取る。
祈りなのか、それとも別れの覚悟か。
田中はその光景を、広場の端から静かに見つめていた。
隣に立つグレータが、煙草をくわえかけて、慌ててポケットに戻す。
「……。あの雰囲気、嫌な予感しかしないで」
田中は小さくうなづいた。
「仕方ありません。理屈の上では、今動くしかない」
「理屈で戦が収まるなら、誰も苦労せえへん」
鐘が三度鳴る。気づけばもう、朝も終わりの時間だった。
宣言は終わり、沈黙だけが残った。
同じ日の昼下がり。
修道院の奥、軍議室には、重い空気が漂っていた。
地図を広げた長机を囲むのは、修道士長、若い貴族、ギルド代表のグレータ、カタリナ、そして田中。
「討伐隊は3隊に分ける。正面の自警団、左右の冒険者隊。中心突破で一気に押し切る」
若い貴族が、当然のように言い切った。
グレータは小さく息を吐く。
「――また同じことやるんかいな」
カタリナが腕を組んで前に出た。
「長槍じゃ森の中じゃ動けねぇ。木々が邪魔で隊列が乱れる」
「槍の扱いは修道院の兵が心得ている。神の加護があれば問題ない」
若い貴族の声には迷いがない。ただの盲信に近かった。
田中は静かに口を開いた。
「……魔狼が統率の取れた狼であったとしても、本質は変わりません。地形を使えば勝ち筋はあります」
修道士長が視線を上げる。
田中は余計な説明をせず、簡潔に指で地図の一角を示した。そう。ギルドでの説明と同じように。ただし、狼の形をした人という表現を避けて――。
「ここを誘導路にして、側面を挟む形です」
若い貴族は軽く笑った。
「なるほど。まさに私の考えと一致している。――この案でいこう」
議場の空気が凍る。
グレータが、聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。
「ほんまアイツ、プライドっちゅう言葉はないんかいな」
田中は苦笑して肩をすくめた。
「誰の案でも構いません。街が救われるなら」
若い貴族は満足げにうなずき、次の指示を出した。
「では、我が隊の装備を確認しろ」
その瞬間、修道士のひとりが慌てて口を開いた。
「そ、装備ですが……。今言われた短槍や特殊な鉄板の類は、今すぐには用意できません。鍛冶場も限界で……」
「可能な限り協力の要請を。それと、神に祈りなさい」
貴族はそれだけ言って視線を外す。
ビックリしたグレータが思わず机を叩いた。
修道士たちが顔を見合わせる。
「……3日で、ですか?」
「祈りで鉄ができたら苦労せんわ! ウチらの方は、もう鍛冶屋と話つけてある。余った鉄片と皮で即席の防具くらいを用意するよう、話しといたるわ」
沈黙。
修道士長はやがて小さくため息をついた。
「すみません。ありがとうございます。神は、剣を持たぬ者にも祝福を与えられる」
田中はその言葉に、何も返せなかった。
祈りと現実。
若い貴族が手を打った。
「では討伐は3日後。総動員だ」
鍛冶屋の炉が夜通し赤く燃え、男が鉄板を担いで走り回る。
冒険者たちは罠の資材を運び、森の地形を測り、弓兵が矢羽根を削った。
そして、出発の日を迎える。
霧の中で、鐘が一度だけ鳴った。
討伐隊は修道院を出発し、北方の森へと向かう。
田中は後方に配置され、地図を手に動線を確認していた。
「前衛、左翼、予定どおり。弓隊、射程を確認」
冷静な声が、焦りに飲まれる兵士たちを落ち着かせていく。
森に入ると、風が止んだ。
空気が重く、地面から湿気が上がる。
どこかで狼が吠えた。長い、低い声だった。
カタリナの部隊が合図を送る。
罠の網が落ち、矢が一斉に放たれた。
狼の群れが森の奥から飛び出す。
田中が見るその動きは、本当に人間の部隊のように統率が取れているものだった。
「弓、再度ー!」
「右から回るぞ!」
指示が飛び交い、戦線が押し返されていく。
だが、義勇兵の列が崩れた。
長槍は蔓に絡まり、体勢を崩した兵が倒れる。
次の瞬間、黒い影が襲いかかる。
牙が閃き、首筋を狙った。
だが――金属音。
鉄板の防具が牙を弾いた。
冒険者の男が振り返り、短剣で狼の喉を貫く。
しかし、修道兵の列では悲鳴が上がっていた。
鉄板の防具を持たぬ者たちが、次々と倒れていく。
信仰だけでは肉体を守れない。
戦闘が佳境に入る頃、田中は異変を感じた。
群れの動きが不自然だ。――何かに導かれている。
「……やはり、誰かが操ってる?」
田中は森の奥へ走った。魔狼と反対の方向に。
霧が深い。枝が顔を叩く。
しかしなぜだか、そこに、ある。何かがあるという確信的なものがあった。
深い木々の隙間。
空からうっすらと差す陽光。
その中に、黒いローブの人影が立っていた。
手をかざし、何かを唱えている。
田中は身を伏せ、距離を詰めようとした。
が、次の瞬間――影が振り向いた。
その横顔を見た瞬間、息が止まる。
「……山田?」
光が弾け、霧が爆ぜた。
影は掻き消える。
その場に残されたのは、奇妙な道具。
周囲を見渡しても、もう人の気配はしない。
田中は駆け寄り、膝をついてそれを拾い上げた。
金属と黒曜石のような素材が組み合わされ、脈動するように微かな光を放っている。
現代の機械のようでありながら、どこかこの世界の異物のようでもあった。
胸の奥が、鈍く締め付けられる。
あの世界で語り合った友の姿が、脳裏をかすめた。
光の中に消えた山田の背中と、あの映像――異世界転移という冗談めいた言葉。
拳を握った。
「何をしてるんだ……お前は、一体!!」
息を荒げながら、田中は立ち尽くした。
霧が晴れ、木漏れ日が彼の肩を照らす。
天を仰ぎ、森を見た。
何なんだ。何なんだ。
もしこの戦いが、僕を動かすための物だったのなら……。それで多くの死人が出たんだぞ。この世界で! 生きている人が! いるのに!
田中は袋から布を取り出し、道具を包んで腰に結わる事しかできなかった。
同じ時。
森の奥で何かが弾けるような音がした。
その直後、狼の遠吠えが途切れ始める。
……森の空気が変わる。
カタリナは、魔狼の動きに違和感を覚えた。
さっきまで統率されていたはずの群れの動きが、急に乱れていた。
互いにぶつかり、逃げ惑うように散っていく。
それはまるで、糸が切れた操り人形のようだった。
彼女は、走りながら指笛を鳴らす。
「群れが崩れた、いけるぞ!」
その叫びに反応するように、森のあちこちで歓声が上がった。
冒険者たちが息を吹き返し、散開した狼を各個に追い詰めていく。
罠にかかるもの、矢に倒れるもの。
数分後には、森を支配していた黒い気配は跡形もなく消えていた。
戦は終わった。
魔狼の群れは壊滅。
第3回討伐は、大勝利となった。
街に戻ると、人々が歓声を上げた。
若い貴族が前に出て、誇らしげに叫ぶ。
「これは、我らの信仰の勝利である!」
修道士たちは祈り、鐘が鳴る。
だが、その影で、鉄板の防具を持たなかった兵士たちの名が次々と読み上げられていた。
ギルドでは、グレータが帳簿を閉じて言った。
「冒険者の死亡者はゼロ、重傷者少数。……装備の効果、出とるやん」
カタリナが苦笑する。
「けど、功績は全部あの貴族のもんだ」
田中は静かに微笑んだ。
「それでいいんですよ。街の人が助かったんですから」
その夜。
修道院の屋根の上で、田中は遠くの森を見つめていた。
風が頬を撫でる。
その先で、黒い遠吠えが――。再び響いたような気がした。それは狼のものではない。人の叫びのようにも聞こえた。
田中は目を閉じてつぶやいた。
「……まだ終わってなんかいない」
山田って、誰っすかね?(すっとぼけ)
毎日19:10頃更新しています。
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