第12話 作戦
※カクヨムにも同名のものを公開しています。
------------------------------------------------
2回目の遠征から数日後。
ギルドの大広間には、低いざわめきに満ちていた。
粗末な長机がいくつも並べられ、その上には、黒く染まった革鎧や折れた槍の穂先、血のこびりついた鎧の破片が置かれている。
誰もが、その場の空気を壊すことを恐れているようだった。
カタリナは、その中央に立っていた。
背筋を伸ばし、報告書を片手に、淡々と語る。
「北方の森で、再び魔狼の群れを確認しました。数は前回と同等。ですが――動きが格段に速くなっていたようです。前衛の兵たちは、首や足を狙われて倒れました。槍の長さが、かえって裏目に出たようです」
言葉の端が切れるたび、空気が重く沈んでいく。
ギルドの古参たちは黙り込み、若い冒険者たちは不安げに互いの顔を見合わせた。
彼女は続ける。
「生き残った者の話では、群れの先頭に黒い影がいたと。輪郭はぼやけていましたが、確かに他とは違う存在があったそうです」
「……影?」
誰かが小さくつぶやいた。
「見間違いじゃないのか」と別の声が返るが、その響きには確信がない。
「群れの動きは異常でした」
カタリナは首を振る。
「普通の狼なら、リーダーを失えば散ります。けれど、奴らは統率が取れていた。まるで、何かに導かれているように――」
沈黙が落ちた。
ギルドの老幹部が唇を噛みしめ、机の上の地図を見下ろす。
「今回の討伐隊の2割が戻らなかった……これでは次も危うい」
そのとき、隅にいたグレータが腕を組み、低くつぶやいた。
「2度目でこの体たらくや。……たぶん、3度目の遠征もあるで」
短い言葉だったが、重かった。
誰も否定しない。
誰も、軽口を挟めなかった。
机の上で、拳が当たる音がする。
「もう戦いたくない」という声が、誰の胸にもあった。
カタリナは一歩前に出る。
「このまま同じ戦い方を繰り返しても、結果は変わらない。何かを変えなきゃ、また仲間を失うだけだ」
そのとき、静かに手が上がった。
田中だった。
「統率の取れた魔狼だとしても、本質的に狼なら――勝ち筋はあります」
その言葉が、重く響く。
誰もが振り返り、奇異の目を向けた。
異国の男が、冷静な声でそんなことを言うとは思わなかったのだ。
グレータが顎をしゃくる。
「ほう。勝ち筋、ねぇ。あんた、どう勝つつもりなんや?」
カタリナも腕を組み「聞こうじゃないか」と促した。
田中はうなずき、机の上の地図をなぞる。
「狼は、賢い動物です。でも、どれほど賢くても獣の枠は超えません。行動には必ず理由がある。――狩りに使う地形、風向き、逃げ道。それを潰せば、群れは混乱する」
コツコツと、森の谷の部分を叩く。
「統率が取れているのであれば、裏に人間がいる可能性が高い。ということは、ですよ。狼の形をした人間を相手にすると思えば、逆に作戦が立てられるという事です」
指先が、北方の森の一角をなぞった。
「ここ。川と崖が交差する谷です。周囲はぬかるみで、木の根が絡んでいる。群れが入り込めば、逃げにくい構造です」
「つまり、ここを袋にするんやな?」
グレータが眉を上げた。
「はい。風上から煙を焚き、音で追い込みます。退路を断って、一点に集める。人が動かずに済む形を作れば、無駄な死を減らせます」
幹部の一人が腕を組む。
「言うは易し、だな。罠を作るにも時間がかかる。鉄も足りん」
「鉄は多くなくても構いません」
田中は首を振った。
肉食動物は、喉や首を狙う。もしくは、足を止めて逃げられなくなった所を襲う。昔見たドキュメンタリー番組を思い出しながら説明する。
「首と足首。狼が噛みつく場所だけを鉄板で守るんです。薄い板を革に縫い付ければ、動きも妨げません。鉄や皮は、歯が通らない程度。かむ力に負けない程度で十分です」
「そんな器用なもん、誰が作るんや」
「鍛冶屋に頼みましょう。大鎧を打つよりは早いはずです」
静かな説得の声。
カタリナがうなずいた。
「確かに。くさび帷子は動きにくかったし、移動に体力を奪われる。足首を守るだけでも十分だな」
「それに、長槍は捨てて短槍を使うべきです」
田中は地図を折りながら続けた。
「木々の間では長槍は扱えません。盾と短槍の組み合わせが最適です」
沈黙。
やがて、グレータがふっと息を漏らした。
「……まるで軍略やな。ほんま、巡礼者ちゃうやろ」
「前の世界で、そういう戦術を学んだことがあります。ゲームなんですけどね」
田中は曖昧に笑った。
カタリナは、そんな田中の横顔を見つめ、やがて静かに言った。
「試してみる価値はある。頭で考えて動く、それも勇気のひとつだ」
その日、ギルドは正式に新たな作戦の立案を決定した。
会議室の空気が、少しだけ動き出す。
――その後の半月、街は目に見えて変わっていった。
1回。2回の討伐隊で、たくさんの仲間を失った。
畑で働くものも魔狼の牙に恐れ、仕事に行くことが命がけになってしまっている。このままではジリ貧になる。そんな焦燥感が人の間を覆っていた。
鍛冶屋の工房では、昼夜を問わず火花が散った。
少年たちは槍の柄を削り、女たちは網を編んだ。
大工は森から木材を運び出し、老人たちは縄を撚る。
「今度こそ、あの森に光を」と言いながら。
田中も、ほとんど毎日のように作業場を回った。
罠を設置するための木枠の寸法、麻縄の結び方、杭の打ち込み角度――
些細な点を見逃さず、改良を重ねる。
「その結び目は、もう少しきつく」「角度を浅く」と口を出す田中に、最初は誰もが戸惑った。
だが、彼の指摘を受けた罠は1つ、また1つと安定していく。
やがて「あのヒョロい冒険者に見てもらえ」と人々が口にするようになった。
カタリナは、その中心で動いていた。
日が沈んでも現場を離れず、木槍の訓練を続ける若者たちに声をかける。
「もう少し間隔を詰めろ」
「声を合わせろ」
その声には、戦場を知る者の重みがあった。
だが、怒鳴るような厳しさではなく、励ますような温かさが混じっている。
グレータは工房とギルドを行き来し、必要な資材を調達した。
彼女は口では文句を言いながら、誰よりも早く動いた。
「せっかちやねん、ウチは。待っとったら、何も進まへん」
そうして、街全体がひとつの目的に向かって動いていった。
夜遅く、灯の消えた修道院の鐘楼を見上げながら、田中は思った。
――戦うことだけが、戦ではない。
誰かの手で支えられた準備もまた、もうひとつの戦場なのだと。
時間は流れ、半月が過ぎた。
鍛冶場の火は絶えることなく、鉄の匂いが街を包んでいた。
ある朝、ギルドにひとりの伝令が駆け込んだ。
息を切らしながら叫ぶ。
「ルドルフ卿の勅命が正式に下りました! 第3次討伐は――。2回の休息日の後に決行!」
広間にざわめきが走る。
グレータが羊皮紙を受け取り、ざっと目を通した。
「討伐隊の編成はギルド主導。冒険者、兵士、志願者。……ほぼ総動員やな」
苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……前回の遠征は第2次。今度のは3度目――。そして総動員。つまり最終討伐や。今回失敗したら、この街は終わってまうで」
カタリナが一歩前に出た。
「みんな、参加するぞ。街を守るためだ」
冒険者たちの顔に緊張が走る。
しかし、その瞳の奥には、前回とは違う光があった。
恐怖の中に、わずかながら「希望」が混じっていたのだ。
田中は静かに立ち上がり、地図を見つめた。
そこには、何度も線が引かれ、修正された袋小路の図が描かれている。
彼は指先でそこをなぞりながら、小さくつぶやいた。
「ここからが、本番だ……」
その声を聞きつけたカタリナが、振り返る。
「怖いか?」
「ええ。少しだけ」
「同じだ。……でも、それでいい。怖くなくなったら、命を軽んじる」
そう言って笑うカタリナの頬には、かすかな傷跡が残っていた。
それが、戦う者の勲章のように見えた。
ギルドの窓の外で、白い煙が立ち上る。
鍛冶場の炉が、また新しい鉄を打っている。
討伐まで、あと14日。
誰もがその日に向けて、黙々と手を動かしていた。
――その備えが、果たして魔狼に通じるのか。
ただ一つ確かなのは、街が戦う覚悟を手にしたということだった。
この世界では、修道院内の治療院で、傷を塞ぐ奇跡が行われています。
毎日19:10頃更新しています。
ブックマーク、評価、リアクション、よろしくお願いします!




