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癒やしを求めたら、奇跡と呼ばれて幽閉されました。  作者: 柊すい
第二章 魔狼討伐作戦

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第11話 戦う者の背中

※カクヨムにも同名のものを公開しています。

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 鐘の音が、まだ夜明け前の霧の中で鳴っていた。

 普段鳴ることはない時間の鐘に、街全体に緊張が走る。

 石畳の路地に、松明の光が並び、人々が黙って見送っている。

 討伐隊の出発だ。北門のほうから、馬のいななきと鎧のきしむ音が響いてくる。


 門のそばで、カタリナが槍を背負い、鎖帷子の袖を締めていた。

 普段見る姿との違い。その重装備に、田中は驚きを隠せないでいる。

 いつもの豪快さよりも、どこか静かな緊張をまとって見えた。


 「もう行くんですね!」


 田中の言葉に、カタリナは口の端だけで笑った。


 「ま、街の義理だ。行かないと寝覚めが悪い」

 「……無茶はしないでくださいね」


 リーナが言うと、カタリナは彼女の肩を軽く叩いた。


 「心配性だな。前回より人数も装備も多い。今回はもう少しマシさ」


 そう言ってみせた笑顔の裏に、わずかな影があった。


 「怪我人は、また出ると思う」


 カタリナの低い声に、リーナの表情が固まる。

 祈りの言葉を口にしかけたが、声にはならなかった。


 「だから、こっちも頼んだぞ。倒れたやつらを、また立たせてやってくれ」

 「……はい」

 「カタリナ。あなたに神のご加護がありますように……」


 リーナは小さくうなずき、胸の前で手を組む。

 朝靄の向こうで号令が響く。

 討伐隊の列がゆっくりと動き出した。


 「カタリナさん!」

 「ん? なんだ?」

 「首! あと、足首! 厚い布があれば、必ずそれを当ててください! 必ず!」

 「ああ、分かった」


 カタリナの隊も動き始める。

 彼女はもう少し口を動かしていたが、田中には届かなかった。

 無言で頭を下げる。

 この街では、剣を振るう人だけが戦っているわけではない。

 戦場の外にも、もう1つの戦場がある――。

 そのことを、ようやく理解し始めていた。




 その日、修道院は朝から慌ただしかった。

 寡婦の会の女性たちが炊き出しの準備を進め、子どもたちが椀を並べている。

 戦に出た家族を心配して、祈りに訪れる人の列が絶えなかった。


 田中も薪を運び、水を汲みながら、ふと人々の表情を見ていた。

 祈る顔は、不安と希望の入り混じったものだった。


 「みんな、戦いの音を聞き慣れてるんですね」


 そうつぶやくと、リーナが顔を上げた。


 「……慣れてるというより、忘れられないんです。この街では、鐘の音ひとつで、誰かの生死が決まりますから」


 その言葉に、彼は何も言えなかった。

 祈りとは、心の拠り所であると同時に、現実を受け入れる儀式なのかもしれない。


 リーナは炊き出しの湯気の向こうで微笑んだ。


 「でも、わたしは信じています。誰かが傷ついても、誰かが立ち上がれる限り、街は生き続けます」


 その言葉が、田中の胸に残った。

 剣で戦う者、祈りで戦う者、癒しで戦う者――。

 彼女もまた、戦士なのだと思った。




 2日後の夜。

 鐘が、沈んだ音を鳴らした。

 北門の方から、ざわめきが起こる。


 「帰ってきた……!」


 誰かが叫んだ。

 田中は思わず駆け出していた。


 門の外は、血と泥の匂いで満ちていた。

 荷車には包帯で巻かれた兵士たち、そして白布をかけられた体。

 松明の炎が、闇の中で赤く揺れる。

 その中に、見慣れた髪の色を見つけた。


 「カタリナさん!」


 リーナも駆け寄る。

 彼女の右腕には、布が巻かれている。


 「……ただいま」

 「無事でよかった……!」


 リーナの声が震える。

 カタリナはその肩に手を置き、静かに笑った。


 「ほら、泣くなよ。泣くと神様にわらわれちまうぞ」

 「そんなこと……!」


 二人のやり取りを見ながら、田中は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 命を削って戦う者と、それを支える者。

 この街の土台は、きっとその両方の「想い」でできているのだ。




 治療院の扉を開けると、祈りと呻き声が交錯していた。

 松明の光の下、癒し手たちが次々と手をかざす。

 掌から金の光が溢れ、裂けた皮膚がゆっくりと閉じていく。

 肉が戻り、骨が繋がる。


 それは、奇跡と呼ぶほかない光景だった。


 「……神様の力なんですね」


 田中がつぶやくと、リーナは首を振った。


 「はい。祈りは確かに力を持ちます。肉体は蘇ります。……でも、心に負った傷までは癒せません」


 リーナの目が、別室の方を向いた。

 そこでは、治療を終えたはずの兵士が、震えながら壁に背を押し付けていた。


 「黒い牙が……笑ってたんだ!」

 「いやだ、もう行きたくない……!」


 修道士が祈りを捧げても、男は取り乱すばかりだ。

 田中は小さく息をつき、リーナを見る。


 「僕にやらせてください」


 男は目を見開き、虚空を見ていた。焦点が合っていない。

 彼は男の前にしゃがみ込み、穏やかな声を出す。


 「大丈夫。ここは安全です。街の中です。闇も牙も、もう遠くへ行きました」


 男の目が揺れる。呼吸は荒いままだ。

 さらに静かに言葉を重ねる。


 「少しだけ息を止めてみましょう。そのほうが、楽になります」


 田中の声は届いていないように思えた。

 あきらめず、男の呼吸の音に耳を澄ませた。

 乱れた息の合間に、微かに震える声が漏れる。


 「……まだ、そこにいる……」


 男も、声は届いているのか、息を一瞬止めようとする。が、すぐに荒い呼吸に戻ってしまう。


 「大丈夫。ムリせず。少しずつ止めている時間を長くしましょう」


 呼吸をすることでより苦しくなり、より空気が欲しくなる。

 これは、過換気による血中の二酸化炭素量が低下によるものだ。息を止めるのは、これを抑える方法の1つ。本来、紙袋などがあればいいのだが、この時代にそんな便利な物は見当たらない。

 なるべく呼吸を止め、血液のバランスを戻す必要がある。戻れば、自然と呼吸が落ち着く。

 だが、呼吸をしないと死んでしまうと思っているので、それを少しでも抑えるのは難しい。

 田中は、男の口元を覆うように手を当てる。

 なるべく自分の呼気を吸わせるためにだ。


 「次は、息を吸って。できるだけ、止めて。……吐いて。ゆっくり。そう!」


 同じことを、同じ言葉を。一生懸命に伝える。

 繰り返すことで、男も少し冷静さを取り戻しつつあるようだった。


 「大丈夫、安心して。ここは、あなたの街。私が、ゆっくり声を掛けます。だから、あなたもゆっくり呼吸をする事ができます。そのたびに、あなたの心の中の黒い影は風に溶けていき、遠くへ消えていきます。あなたの中の光が、どんどん大きくなり、心が軽くなっていきます……」


 男の喉がひくりと動き、少しずつ呼吸が浅く、静かになっていく。

 恐怖の波が引くたび、目に戻ってくる人間の焦点。

 田中はようやく、男の心が現実へ戻ってきたのを感じ取った。

 男は、頬に涙の筋を残しながら、静かに眠りに落ちたようだった。


 リーナが息を呑んだ。


 「……神の癒やし手、ですね」

 「いや、ただの応急処置です」

 「でも、あなたの言葉には祈りを感じました」


 リーナの瞳が、蝋燭の光を受けて柔らかく揺れた。

 信仰の中に、人への敬意が混ざっていた。




 夜が更ける。

 修道院の鐘が、亡くなった者たちの名を告げるように鳴った。

 リーナは蝋燭を灯し、祈りの間で手を組む。

 カタリナは静かに頭を垂れ、田中は外の風に耳を澄ませていた。


 遠く、北の森から、魔狼の遠吠えがかすかに聞こえる。


 「……戦いは、まだ終わっていない」


 田中のつぶやきが、静かな夜に溶けて消えていった。


魔狼じゃなくて、熊にするべきだったか!


毎日19:10頃更新予定です。

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