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癒やしを求めたら、奇跡と呼ばれて幽閉されました。  作者: 柊すい
第二章 魔狼討伐作戦

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第10話 黒い影

※カクヨムにも同名のものを公開しています。

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 朝の鐘が、まだ眠る街をやわらかく震わせていた。

 祈りの時刻。修道院の中庭には、すでに長い列ができている。

 寒さで赤くなった頬を両手で覆いながら、人々は静かに湯気の立つ鍋を待っていた。


 田中はいつものように、列の端で手伝いをしていた。

 大きな木の椀に麦粥をよそい、差し出すたびに「ありがとう」と小さな声が返ってくる。

 炊き出しの香りに混じって、遠くの窯からパンを焼く匂いが流れてきた。


 列の途中で、ふと低い声がした。


 「北の森で、また狼が出たんだとよ」

 「この前の討伐で退治されたはずじゃ……?」

 「いや、違う。奥からまた現れたんだ。今度は2人もやられたらしい」


 その言葉に、リーナが手を止めた。

 彼女は穏やかな表情のまま、鍋の中を見つめる。


 「……また、ですか」

 「前の討伐隊は、半分も戻ってこなかったって聞きました」

 「詳しいことは知りません。教会には、ただ神の試練という報せしか……」


 言いながら、彼女は祈るように胸の前で指を組む。


 「これ以上、犠牲が出ませんように」


 彼は静かにうなずいた。

 だが胸の奥では、別の思考が動き始めていた。

 前回の出現からわずか数週間。討伐隊の半数が帰還しなかったという話は、ただの噂ではない。

 この街を取り巻く不安の根が、思っていたより深い。

 鍋を置くと、彼女に軽く頭を下げる。


 「今日は、少し街を見て回ります」

 「そうですか。無理なさらないでくださいね」


 彼女の微笑みを背に、田中は修道院を後にした。




 昼近く、冒険者ギルドの建物が見えてきた。

 石畳の通りの先に、木製の看板が軋む音がする。

 扉を開けた瞬間、空気が一変した。


 「北の森だってよ!」

 「また魔狼か!?」

 「今度は冒険者にも依頼がでるらしい!」


 ざわめきが渦を巻くように広がっていた。

 掲示板の前には冒険者たちが群がり、各々が紙を引きちぎるようにして読んでいる。


 田中も近づいてみる。

 そこには見慣れた文字ではないが、数字だけは読めた。――100。

 銀貨100枚……。計算すると、金貨1枚相当。薬草の根を集めている身からすると、どえらい報酬だ。


 「……討伐報酬、ってことか」


 背後から、明るい声が飛んだ。


 「そうやで。よう見とるな、あんた」


 振り向くと、カウンターの奥に一人の女性が立っていた。

 髪を後ろでざっくり束ね、鋲打ちの革鎧で隠しているが、スタイルの良さが見て取れる。

 口元には人懐っこい笑み、腕には力仕事の痕。


 「グレータですわ。ウチが休んどる日に来てたんやってな。ほんますまんかったな」

 「ああ、その節は。たまたま運が悪かっただけです」

 「はは、そう言ってもらえると助かるわ。ま、登録はちゃんと通っとるし、安心して仕事したってや」


 グレータは彼の肩をトントンと叩くと、棚から書類を取り出した。

 その後ろでは、冒険者たちが興奮気味に口を開いている。


 「ルドルフ卿の名で再討伐だとよ!」

 「前の義勇兵どもは半分も帰ってこなかったんだぞ!」

 「今度は報酬が出る! 命張る価値はある!」


 グレータが手のひらをパンと鳴らす。


 「静かにせぇっ! はいはい、落ち着きー。落ち着きー。今回の討伐は、ルドルフ卿からの正式な勅命や。せやけど、ギルド推薦者限定。腕に覚えのある奴だけ申し込みや!」


 その言葉に場が少し沈む。

 重苦しい空気になるのを、田中は肌で感じた。


 「前回は、自警団と義勇兵ばっかりやったからな。帰ってきたの、半分どころか……3割って話もある」

 「そんなに……?」

 「せや。あの森は呪われとる。誰も本当の姿を見たことがない。でかい狼って噂やけど、正体は誰にも分からへんのや」


 グレータの声が静まり、代わりに入口の扉が軋んだ。

 入ってきたのは、赤毛をひとつに束ねた女戦士――カタリナだった。

 人々が自然に道を空け、彼女はまっすぐカウンターへ向かう。


 「見たよ、討伐令。もう受け付けてる?」

 「おう、来たな姐さん。けど、行くんか? 前回の薬草採集から戻ったばっかやろ」

 「放っておけないさ。北の森なら、少しは地の利がある」


 グレータは眉をひそめ、書類を閉じた。


 「また無茶すんで。……前ん時、帰ってきたんは姐さんだけやろ」

 「だからこそ、行くんだよ」


 短いやり取りだったが、田中には重みが伝わった。

 前ん時――。それは、あの薬草採集の夜、焚き火のそばで彼女が語っていた仲間を亡くした話のことだ。


 カタリナは紙に名を書き、グレータに差し出す。


 「この街で誰かが怯えてるなら、見過ごせない。それが、あたしのやり方だ」

 「……ほんま、筋金入りの義理堅さやな」


 グレータはため息混じりに笑い、書類を受け取った。




 夕暮れ。

 ギルドを出た彼は、通りで装備を整えるカタリナを見つけた。

 剣の刃を磨き、鞘を確かめている。

 その横顔に、思わず声をかけた。


 「カタリナさん」

 「ん?」

 「今回の討伐……。僕も行かせてください」


 カタリナは手を止めた。

 夕陽が彼女の赤髪を照らし、光が刃に反射してまぶしい。


 「……あんた、戦えないだろ」

 「はい。でも、見て記録を残せます。何が起きて、なぜ失敗するのかを知らなければ、誰も次に生かせない」


 彼女は少しだけ笑った。


 「学者みたいなこと言うね」


 しかしすぐに、その笑みは真顔に戻る。


 「悪いけど、今回は本気の戦だ。荷物持ちでも(かば)う余裕はない」


 田中は小さく息を吸い、うなずいた。


 「……そうですか」


 沈黙。風が通り過ぎる。

 その中で、カタリナはぽつりとつぶやいた。


 「やっぱ似てるな」

 「え?」

 「昔の仲間にさ。あんたみたいに、妙に危なっかしくて放っとけない奴」


 何も言えなかった。

 彼女の言葉には、笑いよりも痛みが混じっていた。




 夜。

 ギルドの裏口で、グレータが煙草をふかしていた。

 焚き火のような匂いが夜気に混じる。


 「さっきの顔、見りゃ分かる。姐さんに断られたやろ」

 「ええ、まぁ」

 「そらそうや。あの人、もう二度と誰かを死なせたくないんや」


 グレータは夜空を仰ぎ、煙を吐く。


 「前ん時も似たような若造がおった。森の研究がしたい言うて、姐さんのパーティに入ったんや。けどそいつは帰ってこんかった――」


 田中は目を伏せる。

 風が2人の間を抜け、ロウソクの炎を揺らした。


 「……それで、あの言い方だったんですね」

 「せやな。足手まとい言うたけど、ほんまは守りたかったんやと思うで」


 少し沈黙が落ちる。

 グレータは煙草の火を指で弾き、笑った。


 「ま、あんたもよう残ったな。カタリナ姐さんに気に入られるなんて、なかなかやで」

 「気に入られてる、ですかね……」

 「はは、あの人が似てる言うたなら、それが証拠や。ま、気張りや。焦らんでも、出番はそのうち来るやろ」




 数日後。

 北門前はすでに人の波で埋まっていた。

 鎧をまとった冒険者、槍を持つ衛兵、祈りを捧げる修道士たち。

 討伐隊の出発が近い。


 カタリナは馬の腹帯を締めながら、仲間たちに指示を出していた。

 田中はその姿を遠巻きに見つめ、歩み寄った。


 「カタリナさん!」

 「……あんた、また来たのか」

 「どうしても見送りたくて」

 「まったく、変な奴」


 彼女は苦笑しながら、鎧の留め金を鳴らした。


 「街を頼むよ。私が戻るまで、変なことすんな」

 「約束します」


 そう言うと、カタリナは馬に跨がり、朝の陽を受けて、真っすぐ北の森を見据えた。


 鐘の音が鳴り渡り、馬の蹄の音。鉄と鉄がぶつかる音、それに人々の祈りの声が重なった。



ゴブリンも、コボルドも出ませんが、魔狼だけは出ちゃうんですよ。


毎日19:10頃更新予定です。

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