恐怖のアイスクリーム
車の運転仕事の合間、サービスエリアに寄った。
「暑い……、暑い……」
九月もそろそろ半ばだというのに気温は35℃。体感的にはそれ以上の暑さだった。
「アイスクリーム……! アイスクリームをくれぇ!」
暑い時には私はアイスクリームを食べないと死ねる自信がある。
猛暑の屋外から涼しい売店へふらつく足取りで駆け込むと、私はショーケースに手をつき、中に並べられたアイスクリームさんたちと出逢った。
「どれにしよう、どれにしよう……!」
さまざまなアイスクリームのパッケージがガラスのむこうで微笑んでる。
僕を買ってよと笑ってる。
「よし、あなたに決めた!」
私が選びだしたのはヒョッテのラクトアイス『Saw』だった。ぶどう味もピーチシャーベットもあったけどバニラにした。
他にもアイスミルクのバニラがあったけど、夏にはさっぱりしたのがいい。Sawのバニラはさっぱりだし微細な氷も散りばめられてる。
ラクトアイスは身体に悪いとかいうひとがいるけれど、美味しいものは止められない!
また暑い外を潜り抜けて車へ戻り、まずはスプーンを紙袋から取りだした。
「へへ……。アイスちゃん、アイスちゃん、こんにちは。美味しく食べてあげよう」
そしてSawの紙パッケージを点線から破り、開いた。
黄色みがかったバニラアイスの上で、茶色みがかった黒いノコギリクワガタが死んでいるのが現れた。身体がアイスにめり込んでいた。
バニラアイスにもそこかしこ、虫の破片が散らばって、黒くなっている。
私は無言でフタを閉じると、それを持って購入した売店へ戻った。
「あの……」
私が声をかけると、レジのおばちゃんが愛想のいい笑顔でこっちを向いた。
「こんなの入ってたんですけど」
私が手に持ったアイスのフタを開けて見せると、おばちゃんの笑顔に不穏な色が混じった。
「食べてるところにこれが飛んできたんですか?」
「いえ、開けたら入ってたんです」
「こんなものが混入するわけないでしょ」
笑われた。
「お客さん、それともヒョッテの社員の方々のご家族に何か遺恨が?」
信じてもらえない!
私は自分の正義を主張するように食い下がった。
「本当にフタを開けたらこれが入ってたんですっ! 入ってたものは入ってたんだから仕方がなくないですかっ!?」
「あのね……、お客さん」
おばちゃんは脅すような口調で言った。
「じつはうちの息子、ヒョッテの工場で働いてるんですよ。うちの息子を路頭に迷わせるつもりですか?」
「うっ……?」
「陰謀みたいなことはやめてくださいね」
おばちゃんはレジから小銭を出すと、私の手に握らせた。
「お金はお返ししますから。こんなこと誰にも言っちゃだめ。私が許しませんからね? そのアイスはこちらに貰います」
私は返されたお金を握りしめると、新しいアイスは買わずに車に戻った。
そうか……。
私があのことを公にすれば、困るひとたちが大勢いるんだ。
精神的苦痛を受けたけれど、私さえ我慢すれば、何事もなく収まるんだ。社会は平和に回り続けるんだ……。
私は黙っておくことにした。
あのおばちゃんの、息子さんのために。
数日後、しかしそのニュースは全国に知れ渡った。
ヒョッテのアイスクリームの中から、さまざまな虫が出てきたのだった。小さなのから、あのオイリーな巨大なやつまで。