第4話 メスガキ✕中年教師=混ぜるな危険
マヤが先生に呼び出されたので、先回りして様子を伺うことにした。先生はビール腹でハゲ頭の王道の中年男性。メスガキと中年の組み合わせは危険極まりない。
私はジッと待っていると、妹と先生がやってきた。
「せんせ〜い? こ〜んな所に呼び出して、告白でもするんですかぁ〜〜?」
マヤは少し前屈みになって中年教師を扇動していた。奴は「お前の態度が気に食わないんだよ」と怒鳴っていたが、息遣いが荒かった。間違いなく興奮しているな。
「はぁ? お前みたいな独身教師に言われる筋合いはないわ」
妹はキレ気味に反論してきた。奴は「お前……言わせておけばっ!!」と彼女の両肩を力強く掴んだ。軽い悲鳴が聞こえた。
この時、私の脳内にある光景が過ぎった。奴が妹を自分の方が立場が上だと分からせてやろうという悪寒がはしるような光景が。
そうなる前に奴の身体をバラバラ――じゃなかった。心を鬼にして事態を収めるしかない。
「マヤっ!!」
私はすぐに妹の元に駆け寄ると、思いっきり頬を叩いた。首が曲がるのではないかと思うくらい身体が仰け反っていた。これには興奮していた中年教師も困惑していた。
「お、おねぇちゃん……?」
妹も初めて姉にぶたれたからか、いつものニヤけ顔ではなくポカンとしていた。私は「先生に向かってその口の聞き方はなんなの?! お姉ちゃん、恥ずかしいよ!」と涙が出そうな雰囲気の表情をした。そして、妹の後頭部を無理やり抑えて頭を下げた。
「謝りなさいっ!」
「な、なんで私が……」
「いいから! 謝るの!」
「ご、ごめんなさい……」
マヤが礼儀正しく謝る事ができたので、感激していた。が、水を差すように中年教師が「でもなぁ。反省しているようには見えないな」と唸っていた。
「誠意を見せてもらわないと……なぁ」
奴の最後の『なぁ』でこいつの真意を理解した私はゆっくりと顔を上げた。予想通り貪欲に満ちた表情を浮かべていたが、私の顔を見るなり血の気が引いていた。
「先生、許してくれますよね?」
「い、いや、だから、誠意を……」
「許してくれますよね?」
「反省して」
「許してくれますよね?」
「い」
「許してくれますよね?」
次嫌な顔をしたら二度と教壇に立てないようにするつもりだった。が、さすがにそこまで愚かではなかったようだ。
「わ、分かった。今回ばかりは見逃してやる。だが、次やったら指導部に言うからな」
中年教師は残念そうな顔をして頭をポリポリとかくと、のっそのっそと去っていった。
(今度妹に手を出したらそのビール腹から腸引きずり出してやるからな)
心の中で呪いのように呟いていると、「いつまで頭を下げないといけないんだよ!」と隣から叫ぶ声が聞こえてきた。
ここでマヤの頭を押さえつけていた事に気づいた。私は我に返って「ごめん! 痛くなかった?」と妹の方を見た。
絶句してしまった。彼女の頬は真っ赤に腫れていて、両眼から涙が溢れていたのだ。
「痛いに決まってんじゃん! ふわーーーん!!!」
妹は号泣していた。ふと脳裏に幼少期の思い出が浮かんだ。小学生の時に私が間違えて妹のゼリーを食べてしまい、ありえないぐらい大泣きした光景が浮かんだ。
えっと、こういう時はどうやって対処すればいいんだっけ。
「ご、ごめん! 本当にごめん! あの……今日の帰り道、ハンバーガーおごるから。ねっ? いいでしょ?」
「デラックスセット?」
「え?」
マヤがボソッと何かを言ったのでもう一度聞き返すと、今度はキチンと聞こえる音量で「デラックスセットにしてくれる?」と充血した眼で見つめてきた。
デラックスセットはプラス五百円で黒毛和牛のパティとポテト山盛りに変える中学生にとってはセレブなオプションだ。もし駄目だと言ったら大泣きするし、それにお詫びなのだから別にかまわないだろう。
「わ、分かった。デラックスセットにするから」
「スムージーも付けてくれる?」
「う、うん。付ける」
「コンビニでアイスも買ってくれる?」
「買う! 好きなだけ買うから!」
「ありがとう! おねぇちゃん!」
さっきまでの涙に濡れた顔はどこへやら、晴れやかな顔になって私に抱きついてきた。まんまとやられてしまったが、久しぶりに妹と密着できたので幸せだった。
でも、今月のお小遣い無くなるな。
完