タスクゼロ
時間の経過がひどく遅い。
雑談の声が、どこか遠い夢の国の出来事のように曖昧だ。
がやがやとしたその声や音を、特に聞くでもなく聞いていた。
もう、何分経っただろう。
時間を確認すると、17時34分。
2分経過、だった。
ため息が漏れるのを止められない。
ため息のたびに、時間が1分でもいいから進んでくれないかと思った。
そうすれば、きっともうじき退勤だろう。
別に、出社は苦ではなかった。
たとえ片道90分で、原則リモートであるはずであっても、朝の運動と思えばいい。リモートは睡眠時間の面ではありがたいが、決定的に運動量が不足する。
それを補えるのであれば、いや、さらに言えば、今月で終わるプロジェクトなのだし、残り少ないチームメンバーと会う機会と思えば、どうということはなかった。
やることがあるなら、という枕詞がつくが。
タスクは1時間で終わった。
残り7時間を、ただPC画面のブルーライトに網膜を炙られて、また90分電車とバスに揺られて帰る。
それだけ。
gmailの画面をただ眺める。動きはない。
なぜか。プロジェクトがもう終わるから。当然、連絡ごともほとんどない。
PCがスリープモードになったら、すぐにキーを押して画面をつける。
暗くなる。
つける。
暗くなる。
つける。
暗くなる。
……………………つける。
これを繰り返すうちに、外も暗くなっていく。
それだけ。
時間を確認する。
17時37分。3分経過。
ため息が、漏れる。
痛苦という単語が浮かんだ。
要するに、やることのない時間、こうしてPCに相対している時間がつらかった。
気分を変えるべく、開いた画面を何度も行ったり来たりする。
タブの反復横跳びも忘れない。
ふと、もう作成した資料を確認する。
エクセルで作られた資料を眺め、フォントが違う場所はないか確認する。
あってほしかったが、なかった。知っている。もうとっくに確認したのだから。
エクセルで作られた資料を眺め、罫線が乱れている場所はないか確認する。
あってほしかったが、なかった。知っている。もうとっくに確認したのだから。
提出前の、くだらない確認。
内容に詳しくない人物は、代わりに体裁が整っているかの確認に神経を尖らせる。
指摘事項を、そこに見出そうとする。実にくだらないことだが、異論など唱えられない。エクセルデザイナーめ。
そして結局、何も修正点を見つけられずに『×』を押下した。
無味だ。
なんの、なんらの味も香りも、まったくもっての皆無。絶無だった。
時間を確認する。
17時41分。4分経過。
ぁぁ。
つらい。
もっと改善できる書き方だが、これを変えてはならない。
変えたら、「なぜ実績あるこれまでの方法と変えたのですか」がはじまり、「これこれこういう理由で、今までよりこの方法がよいと気づきました」とでも言おうものなら、そして下手に説得に成功しようものなら「ではこれまでのもそうするべきだったはずなので、すべて直しておいてください」という結末が待っている。冗談じゃない。
「言い出しっぺのあなたがやれ」という暗黙の強制が待っている。なら、変えないし言わない。
こうして愚痴を吐き出しても、誰と共感できるでもない。
周りからは、私もまじめに業務に励んで見えるのだろうか。
それとも、みんな実は私と似たようなもので、カチャカチャとした八方からの打鍵音も、こうして各々の愚痴を記しているのだろうか。
なんだかそれはおかしくて、すこし気分がまぎれた。
時間を確認する。
17時46分。5分経過。
今日の退勤予定時刻は19時。
先は長い。




