第8話「剣士と魔導士、そしてもう一つの道」
春の風が、剣の里をやさしく吹き抜けていく。
木々のつぼみがほころび始めた頃、大会を終えたアシサノは、いつもより少しだけゆっくりと朝の稽古を終えて、裏山の桜の木の下に座っていた。
「……勝っても、負けても、道は続くんだね」
小さくつぶやいたその声に、答える者はいない。だけど、不思議と寂しくはなかった。
――あの日、カイに負けてから、自分の中で何かが変わった気がする。
負けたことは悔しかった。でもそれ以上に、もっと強くなりたいという想いが、心の奥から湧き上がっていた。
「アシサノさん!」
名前を呼ばれて振り返ると、村の使い走りの少年が、息を切らせて駆けてきた。
「お客さんが来てる! しかも、すっごくキラキラしてて、いかにも“王都の人”って感じの!」
「……えっ?」
アシサノの心臓が、ドクン、と跳ねた。
まさか。いや、でも――。
* * *
村の集会所に着くと、そこには見覚えのある顔があった。
「……アメリア=グレイス」
「久しぶりね、アシサノ」
淡い銀髪をゆるく束ねたその女性は、以前アシサノがいた魔法学園の主席魔導士だった。優秀で、美しくて、何より冷静。あの“聖女騒動”のときも、アメリアだけはアシサノを責めず、静かに見送ってくれた数少ない人物だった。
「どうして、ここに?」
アメリアは、少し微笑んだ。
「あなたが、この村で剣を学んでいると聞いて……王都からの“依頼”を届けに来たの」
「依頼?」
「王都の北西、“ノルド峠”の魔獣被害。調査と、討伐。魔法士だけじゃ手が足りない。だから、剣士にも協力してほしいって」
アシサノの背筋がぴんと伸びた。
王都からの依頼。かつて追い出された自分に――再び、手が差し伸べられたのだ。
「……どうして私に?」
「あなたの剣が、いま王都に必要だから。それに……あなた自身が“答え”を探しているように見えたから」
アメリアは、静かに視線を重ねてきた。
そのまなざしに、アシサノは胸を突かれる。
「……ありがとう。でも、私はまだ半人前の剣士だよ」
「でも、あなたは“誰よりも迷わず剣を振るった”。だから、選ばれたの」
(選ばれた……? 私が?)
その言葉は、かつての“聖女”としてではなく、今の“剣士”としての自分を認められたようで――胸の奥が少し熱くなった。
「すぐに返事をしろとは言わないわ。三日後に出発するから、それまでに決めて」
そう言い残して、アメリアは集会所を後にした。
アシサノは、しばらくその場で立ち尽くしていた。
* * *
その夜、アシサノは焚き火の前で、カイと並んでいた。
「行くんだろ?」
「……えっ?」
「お前さ、今にも“行きます”って顔してる」
アシサノは、思わず笑ってしまった。
「……バレバレ?」
「そりゃな。ずっと一緒に剣を振ってたんだ。お前の“目”くらい、読めるって」
焚き火の火が、パチパチとはぜて、ふたりの影をゆらゆらと揺らす。
「でも、不安もあるんだ。王都には……あんまりいい思い出、ないし。今度こそ、自分を裏切らないでいられるかなって」
「裏切らなきゃいい。今のお前なら、大丈夫だろ」
その言葉に、ふと胸が軽くなった。
「カイは、来ないの?」
「俺はまだ、この村で学ぶことがある。でも、お前の背中くらいは、見送ってやるよ」
アシサノは、少しさびしそうに微笑んだあと、まっすぐ前を見つめた。
「うん。行ってくる。今度は、剣士として――ちゃんと“私の力”で」
* * *
三日後。
アシサノは、村の外れの道端で、アメリアと合流した。
背には剣、腰には短剣。白銀の風に髪をなびかせながら、少女は歩き出す。
「久しぶりの王都……楽しみだね」
アメリアがそう言うと、アシサノは笑って答えた。
「ううん。私は、ちゃんと“過去と決着”つけに行くんだ。……それが、私のもう一つの道だから」
旅のはじまりは、いつだって新しい一歩。
そして、その先には、剣士と魔導士、ふたつの力が交わる――まだ見ぬ世界が待っていた。
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