第7話 勝者と敗者の約束
剣闘場の空気が、ぴんと張りつめていた。
「これで、準決勝だな」
カイ=ロッシュの声が、観客席にまで響く。普段は飄々としていて、どこか頼りないところもある彼が、いまは誰よりも鋭い目でアシサノを見つめている。
「そっか。ついに、ここまで来たんだね、私たち」
アシサノは木剣を構えながら、胸の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。
――まさか、こんな日が来るなんて。
数カ月前、雪の積もった村にたどり着いたあの日。カイが声をかけてくれなかったら、今ごろ私は剣を握ることすらなかったかもしれない。
「お前と剣を交える日を、ちょっと楽しみにしてたんだ。全力で来いよ、アシサノ」
「当然。こっちこそ、本気で行くから!」
合図とともに、二人の試合が始まった。
* * *
カイの剣は、速い。鋭い。重すぎず、軽すぎず、相手の呼吸を読むように、的確に打ち込んでくる。
対するアシサノは、いつもよりも一歩深く踏み込み、攻撃のリズムをずらして応戦した。
(カイの剣は“正道”だ。でも……私には、私の戦い方がある)
何度も一緒に稽古を重ねた。技も間合いも知り尽くしている。でも、だからこそ――これは“特別な戦い”だった。
「くっ……!」
打ち込まれた一撃が肩をかすめる。痛みが走る。でも、崩れない。アシサノは踏みとどまって、逆にカイの右脇を狙って斬り込んだ。
「やるじゃん。さすが俺の弟子!」
「ふふ……今は“対等なライバル”でしょ」
木剣が交差し、火花のような衝撃が二人の間に散る。
互いの息遣い、足運び、視線の動き――それらすべてがぶつかりあって、場内の空気が熱を帯びていく。
(負けたくない。絶対に)
アシサノの目に浮かんだのは、王都での悔しさだった。
聖女と呼ばれていた過去。魔法の才能があると誤解されて、持ち上げられて、そして――役立たずと切り捨てられた。
でも、いまの私は違う。剣を握って、自分の足でここまで来た。
「アシサノ、目がいい。……でも、勝負だ」
カイが一歩踏み込む。
読み切れなかった。
――バッ!
カイの木剣が、アシサノの腕をはたいた。木の音とともに、アシサノの剣が宙を舞う。
「一本! 勝者、カイ=ロッシュ!」
審判の声が響いた瞬間、観客席から拍手と歓声が巻き起こった。
アシサノはその場に膝をついたまま、深く息を吐いた。
「あああ……負けた……」
「あー、くそ、ギリギリだった……マジで強くなったな、お前」
そう言って手を差し伸べてきたカイの顔は、どこか悔しそうで、そして嬉しそうだった。
「負けたのに、なんかスッキリしてる……でも、次は絶対勝つから」
「おう、また戦おう。俺たちは、まだまだこれからだ」
アシサノはその手をつかんで立ち上がる。次の瞬間、ふと風が吹き、試合場の空気が少しだけやわらいだ。
(負けた。でも、終わりじゃない)
剣を握る限り、戦いは続く。悔しさも、涙も、全部力に変えて――いつか必ず、頂点に立つために。
* * *
その夜、宿に戻ると、アシサノはカイと一緒に大会の記録を見ながら、今日の反省会をしていた。
「うーん、やっぱり最後の間合い、完全に読まれてたな……私、まだ“癖”が抜けてないのかも」
「ま、それもあるけど……アシサノ、お前、剣筋に“迷い”が出てた」
「迷い……?」
「うん。技としては悪くなかった。でも、どこかで“勝ってもいいのかな”って思ってたでしょ」
言われて、ドキリとした。
(……確かに、思ってたかも。カイに勝ったら、私の“旅”は終わっちゃうんじゃないかって)
「俺は、お前に勝ってほしいんだよ。俺を超えるぐらいじゃなきゃ、お前は“世界に挑む”器じゃない」
「……!」
「俺は、お前がいつか王都に戻って、あの偉そうな貴族たちの前で剣を抜いてやるのを、楽しみにしてんだからさ」
アシサノはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「うん。私、もう迷わない。剣で、ちゃんと自分の道を切り拓いてみせる」
「それでこそ、アシサノだ」
カイがにかっと笑い、二人は夕食の焼き魚を取り合いながら、どこか昔の兄妹のようなやり取りに戻っていく。
剣の旅は、まだ続く。
でも、その道の先に、いつか本当の“強さ”と“自分らしさ”を見つけるために――アシサノは歩みを止めない。