第6話 旅立ちふたたび ― 剣試合大会と、因縁の再会
まだ冬の寒さが残る朝。アシサノは背負い袋を締め直し、村の門を振り返った。
「あれが……私の旅立ちの景色かぁ」
木造の門は、雪をかぶって静かに立っている。数カ月前、あの門をくぐってこの村に入ったときのことを、アシサノは今でもはっきりと覚えていた。
「剣なんて振ったことなかったのに、今じゃ村の中等練士、か。人って変わるんだね」
「……お前は変わってなんかないさ」
後ろから、少し照れくさそうな声がした。
「カイ……」
「強くなったのは事実だ。でも一番すごいのは、負けても挫けなかったところだ。お前、前よりずっといい目してるよ」
その言葉に、アシサノは肩の力を抜いて微笑んだ。
「じゃあ、いこっか。西の大会。どうせ出るなら、てっぺん目指さないとね」
「上等!」
二人は雪解けの道を歩き出す。目指すのは、山を越えた先にある“ロヴェリアの街”。剣の大会で名を上げれば、腕の立つ剣士や騎士団からのスカウトも夢じゃない――と、カイは言っていた。
だが、アシサノはそれだけを目指しているわけじゃない。彼女の心の奥には、もっと強い決意があった。
――もう一度、私を「平民のくせに」と言ったあの人たちを、見返してやる。
* * *
数日後、ロヴェリアの街に着いたアシサノは、広場で開かれていた予選登録に列をなして並んでいた。
「すごい人数……」
全国から集まった剣士志望の若者たち。中には鉄の鎧を着た大柄な男や、魔道を併用する者までいた。
「気後れすんなよ。強い奴が多いってことは、それだけ面白いってことだ」
カイの言葉にうなずきながら、アシサノは試合表を受け取る。
「私の初戦は……“ロラン=シュタイナー”? どこかで聞いたような……」
* * *
試合当日。円形の剣闘場にアシサノが立つと、観客席からざわめきが起きた。
「え、あれって、アシサノ=ヴィルカじゃない? 元・聖女の……」
「まさか本当に剣士として出てくるとはな……」
聞こえてくるのは、懐かしい響き――そして、あの日と同じ“見下す”ような視線。
「気にするな。戦うのは、お前と対戦相手だけだ」
カイの声を背中で受けながら、アシサノは試合場の真ん中に立った。
向かい側に立っていたのは、青い騎士服に身を包んだ青年。栗色の髪、鋭い目つき。そして、その口元には見覚えのある皮肉な笑みが浮かんでいた。
「やっぱり……ロラン=シュタイナー」
王都の騎士団候補生で、アシサノがまだ“聖女”と呼ばれていた頃、護衛として数度関わったことのある男だった。
「久しぶりだな、アシサノ。お前がこんな場末の大会に出るとは思わなかったよ」
「私は、私の道を歩いてるだけ」
「へぇ……じゃあ、その“道”が、どれほどのものか、試させてもらうよ」
* * *
合図とともに、二人の剣がぶつかる。
ロランの剣筋は正確だった。騎士団で鍛えられた型の整った攻撃。力強く、それでいて無駄がない。アシサノは懸命に避け、いなし、反撃の隙を探した。
「どうした、聖女様。もう終わりか?」
「その呼び方、ほんとに嫌なんだけど!」
アシサノは低く身を沈め、一瞬のスキを突いて突きを放つ。だがロランは剣で受け、逆に距離を詰めてきた。
「遅い。技術だけじゃ勝てないんだよ」
――グッ!
腹に浅く打ち込まれた一撃。だが、アシサノは崩れなかった。
「……違う。あんた、なにも分かってない」
「なんだと?」
「私は、今でも苦しいし、怖いし、負けるのも怖い。でも、それでも前に進むって決めたの。剣の才能もない。家柄もない。でも――それでも!」
叫ぶように振り抜いた一撃が、ロランの剣を弾いた。
「っ……!」
アシサノはすかさず踏み込み、木剣の先端でロランの胸を突く。
審判の旗が上がる。
「一本! アシサノ=ヴィルカの勝利!」
* * *
ざわめいていた観客席が、静まり返る。
アシサノは木剣をおろし、額の汗をぬぐった。
「やっぱり……私は、まだまだだけど……」
それでも、あの頃の自分とは、違う。
ロランは無言で立ち去っていった。けれどその背中は、どこか悔しそうで、少しだけ――認めているようにも見えた。
試合後、カイが笑って駆け寄ってきた。
「やったな!」
「うん。でも、これからもっと強くならなきゃ」
「いい目だ。次の対戦相手は、俺だからな」
「……え、ええっ!? うそ、カイと!?」
「はは、いよいよって感じだろ?」
その笑顔に、アシサノも思わず笑ってしまった。
試合の果てに見えた景色――それは、“孤独な戦い”ではなく、“ともに前へ進む戦い”だった。