第3話 追放!?“聖女”の席は私のもの!
「アシサノ=エリュシオン殿。あなたには、正式に“聖女の証”が与えられることとなった」
白金の光が差し込む魔塔の大聖堂。その中心、半円形の祭壇で、アシサノは膝をついていた。重々しい神官の声とともに、聖印が記された水晶のペンダントが、彼女の首にかけられる。
――“聖女の証”。
これを持つ者は、女神からの加護を授かり、人々を癒やす存在とされる。これが王都で公式に認められた、アシサノの“聖女認定”だった。
けれど。
(なんで、こんな気持ちになるんだろ)
心は、どこまでも冷えていた。夢見た剣聖への道からは完全に遠ざかり、しかも「人々の希望」だの「癒しの象徴」だの、勝手に期待を押しつけられている。
神官が演説を終えると、参列していた貴族たちの拍手が起きる。
「よくぞお受けくださった、聖女アシサノ!」
「これでこの国も安泰じゃ!」
そして、一番前の玉座に座っていた人物が立ち上がる。
金の刺繍が施された王子専用の制服、整った顔立ち、鋭い眼差し。第一王子ライゼル=エストルバン。
「……ここに宣言する。アシサノ=エリュシオン殿を、我が婚約者として迎える!」
その瞬間、大聖堂がざわめきに包まれた。
「こ、婚約者……!?」「まさか第一王子が……!」
アシサノ自身も目を見開いた。そんな話、一度も聞いていない。いや、以前からそれらしい雰囲気はあった。でも、正式な求婚の言葉なんて、今日が初めてだ。
「私が求めるのは、共に国を支える“光”だ。君にはその資格がある。いや、君にしかできない」
真っすぐで、嘘のない瞳。ライゼル王子の言葉には重みがあった。
けれど。
「……私は、剣が好きなんです」
その返答は、王子にとって想定外だったらしい。空気が一瞬、凍りつく。
「聖女として、民を導くことが、剣を持つ以上に意義ある行いだとは思えないか?」
「……わかりません。私は、ただ、自分で道を選びたいだけです」
堂内がざわつく中、扉が乱暴に開け放たれた。
「待って! 王子様、そんな決定、認めませんわ!」
響き渡る高い声。現れたのは、真紅のドレスに金髪巻き髪をなびかせた少女。目を見張るほどの美貌を持ち、堂内の視線を一気に奪った。
「ルミア=ヴァルフォルゼン……!」
誰かがその名をささやいた瞬間、大聖堂は再び騒然となる。
――ヴァルフォルゼン家。王国でも屈指の魔道名門貴族。そして、彼女は王家がかつて“次期聖女候補”として育ててきた、正統派の令嬢だった。
「アシサノ=エリュシオン様? 平民の娘が、突然現れて無詠唱ができたからって、“聖女”気取りですの?」
「私は――」
「黙っていなさい!」
言葉を遮るように、ルミアが足音高く壇上へと歩み寄る。
「王子様は、昔からわたくしにおっしゃっていました。“君こそが、この国の聖女にふさわしい”と!」
「そんな話……聞いてません!」
「それはあなたが、選ばれていないからですわ」
冷たい声だった。聖堂にいた者たちの多くが、ルミアの言葉にうなずいている。
「おかしいとは思いませんか? 無詠唱で治癒魔法? それだけで“聖女”になれるなんて、あまりにも都合が良すぎる」
「でも、私は――」
「そして何より、不敬ですわ。第一王子のご意志に異を唱えるなんて!」
ざわっ。
アシサノの心に、重く冷たいものが降ってくる。誰も味方しない。みんな、王子とルミアの言葉に同意している。
「アシサノ=エリュシオン。この国は“偽物の聖女”を必要としていませんわ」
「わたしは、偽物なんかじゃ……っ」
「では、聖印を外しなさい。あなたにはその資格がない」
それは、宣告だった。王子も、もう何も言わない。ただ、黙って視線を外した。
(ああ……もう、決まってるんだ)
アシサノは静かに聖印のペンダントを外した。そして、玉座の前にそっと置いた。
「わたしは、わたしの夢を諦めません。たとえ、この国を追い出されても」
そう言って一礼し、大聖堂を後にした。
* * *
それから数時間後、学園の寮にもどったアシサノに届いたのは、無情な辞令だった。
――「アシサノ=エリュシオン、王都学園を除籍処分とする」。
理由は、「王家の意向に背き、王子の名誉を傷つけたため」。
たったそれだけで、夢見た剣の道も、学園生活も、何もかもが消えた。
寮の自室に置かれていた荷物は、すでにまとめられていた。友達だったはずの人たちも、誰も見送りに来ない。
「……平民舐めるな、って言いたかったけど」
肩にかけた荷物の重さよりも、胸の中の空っぽさの方がずっと重い。
「まだ、終わりじゃないよね。剣は、まだ手の中にある」
小さくそうつぶやいて、アシサノは門をくぐった。冬の風が吹きつけるその先に、次の道があると信じて。