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第2話 聖女?冗談じゃない


 ――その日から、アシサノ=エリュシオンの学園生活は一変した。


 「え、ええと……おはようございます、聖女様!」


 「き、昨日の治癒魔法、見てました!あんな詠唱なしの高位回復、前代未聞です!」


 「やっぱ、選ばれたんだ……本物の、聖女って……」


 翌朝。学園の門をくぐった瞬間から、アシサノは生まれて初めて“注目される側”になっていた。クラスメイトたちの目が一斉にこちらを向く。手を振ってくる生徒もいれば、目を潤ませながら近づいてくる後輩もいる。訓練場では、名前すら知らなかった下級生たちが列をなして彼女を拝みにくる始末だ。


 「ま、待って、わたし別に聖女になんかなりたくないってば!」


 あわてて否定するも、すでに“聖女アシサノ”という肩書きは一人歩きを始めていた。


 当然のように、教室でも騒ぎになった。


 「すごいじゃない、アシサノ!」


 「ほんとに無詠唱だったの? あの治癒、王都でもできる人限られてるって……」


 「貴族の娘ってだけで注目されがちなのに、聖女属性まで追加とは……こりゃもう無敵だね!」


 周囲が騒がしくなる中、アシサノはノートを閉じてそっとため息をついた。


 (なんでこうなるの……)


 剣の訓練をしたいだけなのに。剣聖になりたいだけなのに。誰かを癒やすとか、救うとか、そういうのは立派だと思うけど――それは私の夢じゃない。


 * * *


 昼休み。訓練場の裏手にある小さな中庭。普段は誰も来ない静かな場所で、アシサノはひとり木の根元に座っていた。


 冷たい風が頬をなでていく。冬の気配が少しずつ濃くなる季節だ。


 「アシサノ=エリュシオン殿――だな?」


 不意に、静寂が破られた。現れたのは、金髪に青い瞳の少年。高位貴族の制服を着ている。いや、それだけじゃない。この顔、見たことがある。王家の肖像画で。


 「……王子様?」


 「うん、第一王子のライゼル=エストルバンだ」


 なんで王子がこんなところに? アシサノは驚きを隠せない。


 「君の噂は聞いている。無詠唱での治癒魔法、見事だった」


 「あれは、偶然で……それに、私は別に“聖女”なんかじゃ――」


 「いや、君は間違いなく“聖女”だ」


 断言された。


 「……っ、だから違うって言ってるでしょ!」


 立ち上がって反論するも、ライゼル王子はまったく動じない。逆に、優しげな瞳でこちらを見つめてくる。


 「民が君を望んでいる。君の力が必要なんだよ、アシサノ」


 「私は……剣がやりたいの。癒すよりも、守る方を選びたい」


 「癒しは、守るための力でもある」


 真っすぐな言葉だった。理屈では返せない。でも、納得なんかできるわけがない。


 (なんで私の夢を、他人が決めるの……)


 アシサノはぎゅっと拳を握った。


 「君に王都から正式な招待が届くだろう。“聖女候補”としてね。拒むなら――それなりの覚悟がいるかもしれない」


 その一言は、明らかな脅しだった。でも、王子の顔には一切の悪意はない。ただただ“使命感”のようなものに突き動かされている表情だった。


 (こういう人が……いちばん厄介なんだ)


 王族、しかも第一王子に睨まれたとあっては、騒ぎはさらに大きくなった。


 翌日には「アシサノ=エリュシオン、王子との婚約が内定か!?」なんて見出しが王都新聞の学園版に載り、休み時間には“アシサノ様に近づいてはならぬ”と書かれた自称ファンクラブの看板が立てられた。


 もう、完全に収拾がつかない。


 * * *


 「アシサノ様、本日午後の礼拝堂への同行、よろしくお願いしますわ」


 「わたくし、献花用の白薔薇をご用意しておりますの!」


 「新しい聖歌も選ばなければなりませんわ。お手伝いさせてくださいませ!」


 ……いつからだろう。周囲の女子たちが“お付きの巫女見習い”みたいなノリで群がってくるようになったのは。


 昼の剣術訓練の参加も制限された。転倒事故のあと、王子の命でアシサノは魔力の制御訓練と“聖女としてのふるまい”講義を優先するよう言い渡されたからだ。


 「どうして……こんな、はずじゃなかったのに」


 アシサノは空を見上げた。遠く、訓練場の木剣が打ち合う音が風にまぎれて届いてくる。


 あの音が好きだった。誰かが本気で努力して、夢をつかもうとする音。自分もその一員だったはずなのに、今はもう遠い世界の話みたいだ。


 「アシサノ=エリュシオン様」


 まただ。また誰かが“様”付けで呼びに来る。


 「学園執務官より、至急のお呼び出しです。聖女としての資質調査のため、魔塔にて正式な検査が――」


 アシサノは、静かにその場にしゃがみ込んだ。


 「……もう、放っといてよ」


 そうつぶやいた声は、風の音にかき消された。

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