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吾輩は馬車である。なぜかドラゴンに狙われやすい。


 吾輩は馬車である。なぜかドラゴンに狙われやすい。

 かつてはエルフの住む森を守る偉大な神樹と呼ばれていた。

 ある日、一晩のうちにエルフの森に踏み入った不届ものたちにより森は燃え盛り、吾輩のふもとで魔法の力により守っていた住民たちも抵抗虚しく連れ去られてしまった。吾輩は魔法の力には強いが、物理的な力にはあまり強くなかった。エルフと森を守っているのが吾輩だと悟られてしまい、もうすぐ樹齢が5桁に届こうとする吾輩の太い幹がありえない剣戟によって伐り倒されてしまったのである。

 我が子のようなエルフたちが絶望に染まる瞬間を捉えてから、吾輩の意識は深い闇の底へと落ちていったのを覚えている。


 次に目を覚ましたとき、吾輩は見知らぬ場所にいた。

 樹木である吾輩の知る世界は、根を張った広大な森の中のみであったため、草原と呼ばれるものを見るのははじめてであった。ガラガラとなにやら音を立てて我が身が走っている。そして忘れもしない、ゴウゴウとなにかが燃え盛る音が背後から迫っていた。

 はじめは刈り倒された瞬間の悪夢の類なのではないかと疑っていたが、どうやら様子がおかしい。


「無理だ! 逃げられねぇ! 馬車を置いて逃げるぞ!」

「神樹の素材使ったたっけぇ馬車だったのに置いてくのかい!?」

「ドラゴンの目的はこの馬車だぞ!? 見ろよあの顔! 発情魔法にでもかかってんじゃねーのかってくらい知性の欠片もねぇ! 奴隷を連れて逃げろ逃げろ!」


 なにやら腹の中で喚く人間の声がして、しかも随分と不快な話をしているではないか。よく見れば前方には馬が何頭か繋がれていて、紐で操る人間も座っている。人間の会話を聞くに、刈り倒された吾輩の材木も使われているらしい。

 ここでようやく、吾輩は馬車になっていたのだと気づいたのである。


 恐らく神樹の霊樹核も使われている素材に入っているのだろう。吾輩の心臓とも呼べる核が使われているために、吾輩は枯れることなく意識を取り戻したのであろう。


 意識を集中させると、馬車内の様子が見て取れる。穢れた人間が二人と、エルフの娘が一人。吾輩を追従するように走っている馬車が他にも五台ほど。そちらは吾輩の材木も端材程度にしか使われていないのか気配を読みにくい。しかし、中にいるのは人間の大人と子供の気配くらいは感じられた。見ることはできないが。吾輩が走って中の穢れた人間が焦って会話をしている間に、後方の馬車は全てドラゴンに押し潰されて崩されていく。わずかに痛みを感じたが、やはり端材しか使われていないからか、吾輩へのダメージは少ない。


 とうとう馬車を止めて馬たちに飛び乗った人間が娘を連れて行こうとするが、エルフの娘は抵抗をして吾輩に縋り付いている。その間に真横に炎が着弾して驚いた馬たちが一斉に逃げ出し、穢れた人間二人と御者も混乱して走り出すも、彼らは一瞬にして炎で塵になった。


 最後に、吾輩に目をつけたドラゴンがのしかかろうとしてきたが、意識のある吾輩ならば魔法攻撃が可能だ。

 馬車に縋り付いているのは焼かれた森の我が子だ。あのとき、広げた枝から熟す前に捥がれてしまったと思っていた、我が子のように可愛がっていたエルフたちの一人なのである。今度こそ守ってやらねばならない。親が子を想うように、吾輩は彼女のために光の魔法をドラゴンの目玉に目掛けて放った。ギリギリまで引きつけ、なぜか知性の薄いドラゴンの瞳に照準を定めるのは容易なことであった。


 脳天を貫かれ、ドラゴンがズシンと地に横たわる。

 吾輩に縋っていた娘はそれを見て一瞬事態を飲み込めずにいたようだが、すぐにこちらを見て細い肩を震わせた。


「まさか、我らが偉大な父母様……ご存命であらせられるのですか?」


 壊れやすいものでも扱うように白い手が馬車(からだ)に這わされ、吾輩は応えるように馬車(からだ)を震わせる。


『この神樹、たとえ刈り倒されようと枯れはせぬ』


 そして念話を試みれば、感動に身を打ち震わせたエルフの娘が再び吾輩に縋り付いた。


「よ、よくぞご無事で……! いえ、ご無事では、ありませんか。ごめんなさい父母様……!」


 泣きじゃくる彼女の背を撫でてやれる枝はない。

 しかし、ずっと寄り添ってやることはできた。

 こうして、吾輩はかつての我が子を一人取り戻すことができたのだ。


 しゃくりをあげて泣いていた我が子をあやし、かつては里の姫君だったエリーシヤが元気を取り戻した頃。吾輩は彼女に頼みたいことがあると話した。


『エリーシヤ、どうか壊れた他の馬車から吾輩の体の一部を集めてほしい。吾輩の魔力を帯びた黄金色に光る材木があるだろうから。この魔力は防衛のために馬車(からだ)を強化することに使用したほうがいいだろう』

「は、はい! すぐに集めてみせましょう!」


 エリーシヤの集めた材木を馬車に取り込んでみると、吾輩は少しだけかつての力を取り戻したことに気がついた。強力な光魔法は日の光にずっと当たっていたからこそチャージされていた魔力を一方向に照射するだけで良かったが、念話以上の力はほとんど出なかった。しかし、材木を取り込んでからは念話だけではなく、念力で馬がいなくとも馬車(からだ)を動かし、走ることができるようになった。ついでに浄化魔法を使って彼女に付けられていた魔封じの枷を外してやる。

 そうして、材木を取り込むことで力を取り戻したことを彼女に伝えると、これからも各地で材木として使われているだろう吾輩の体の一部を探して行こうという提案がされた。

 これには吾輩も快諾したのだが、こちらからも提案をひとつ。

 それはエリーシヤのように連れ去られてしまった我が子たちを探すことである。


 あの夜に森に還った子どもたちはもう帰ってはこない。しかし、連れ去られていった十数人の我が子たちへまだ救うことが可能だろう。

 この提案にはエリーシヤも同意してくれた。


 こうして一人と一台となった我らは、己の体である材木と我が子たちを取り戻す旅を始めたのである。


 旅の途中、なぜかドラゴンに狙われやすいことが分かったが、その理由自体は誰に聞いても答えてくれることはなかった。


 旅は過酷を極めた。


 吾輩の感覚を頼りに材木を目指し、悪路を乗り越え、ときに底なし沼にはまって念力だけでは抜け出せなくなってしまったときなどはエリーシヤだけではどうにもならず、やむおえず人間の力を借りて脱出し、街の象徴となるような場所に材木が使用されていれば交渉をし、砦に使われている材木は我が子たちの願いによって吾輩の魔力を宿して守護に力を貸してやることにした。こうした理由で回収せずに取り残した材木はいくらかあったが、吾輩の権能を取り戻すのに障害になることはない。

 道中出現する魔物の群れは轢いて馬車内の者をレベルアップさせ、ドラゴンに追われれば吾輩が光線で射貫く。


 材木が一定以上集まるたびに吾輩も権能を取り戻していき、どんな障害があろうと我が子たちも助け出していく。

 我が子の中には恩人から離れず巣立って行く者ももちろん存在するが、それはごく一部であった。


 賑やかになっていく馬車。

 なにやら追放をされた若者たちも我が子たちの要望で助け出し、力とスキルの使い方を指導し、魔物轢殺レベルアップを繰り返して一定の力をつけさせ、それからは吾輩が過保護と呼ばれるほど支援魔法を重ねがけしながら戦闘の経験をさせ、そして卒業試験と称して吾輩を狙って現れるドラゴンを一人で討伐させたりもした。

 卒業試験を合格すれば晴れて巣立ちを認めるのだが、ほとんどの子供たちは吾輩を定住地とするか、吾輩の一部を欲しがった。吾輩の一部を持った者は旅に出て名誉と名声を手に入れても、材木の反応を頼りに里帰りをしてくるのだ。有名人となった彼らの土産話は大変面白く、親である吾輩にとってはなによりもの誇りだ。


 旅の一番の苦難は、かつて吾輩を刈り倒したあの男との邂逅であった。

 なんと、やつはちまたで勇者と呼ばれる者で、有名になりつつある吾輩たちを目の敵にして襲撃してきたのである。

 勇者は狡猾で残忍な者であった。顔を隠して悪事に加担し、不幸な身の上となった少女たちを自らが助けるマッチポンプを繰り返してハーレムを形成していたのである。


 彼に取り憑いていた少女のゴーストが吾輩に助けを求めにやってきて、そして物理を無効化する少女と吾輩の子供たち。そしてリーダーのエリーシヤが、指揮を取り、吾輩が支援をしてようやく討ち倒した。

 世俗を味方につけていた勇者は力だけでなく恐ろしい相手であったが、死んだはずの幽霊少女が姿を表したことで彼に己の罪をペラペラと語ってもらい、それを魔法で拡大して世界に流すということをしたおかげで彼は自らその力を失った。

 彼を一方的に倒したとしても、騙されている世俗は吾輩と子どもたちを許しはしないだろう。それを見越した作戦は上手くいき、今ではエリーシヤがエルフの勇者姫と呼ばれ、偽勇者との戦いが劇になっているほどである。


『これで良いか? 末子よ』


 ひといきつくと、目の前の子どもがにこやかに笑った。


「ありがとうございます、お師匠様。途中ちょっと雑な気もするけど……それはあとでまた取材するので大丈夫です。こうして僕もあなたたちに助けていただいたんですね。ハズレスキル、叙事詩作成……なんて僕の力がまさか役に立てるときがくるだなんて思いもしませんでした」

『人間の大半は己の力の発揮の仕方を知らないだけなのだ。吾輩はそれを少しばかり教えただけで、実力はお前のものだよ』


 叙事詩を作ると言われ、こうして協力していた次第である。

 長女のエリーシヤについての本は出ているが、吾輩のものがないじゃあないかという我が子たちの訴えにより、最近我が子になった彼の力を借りることにしたのだ。彼の書く叙事詩は知られれば知られるほどに描かれた者たちの力が増すのだという。とてもすごいものだというのに、彼もまた、とある仲間たちから追放の憂き目にあった。嘆かわしいことである。


「それでお師匠様。冒頭の一文だけ決めてもらってもいいですか? この中からなのですが」


 異世界に生きた記憶があるという彼の感性は独特だが、だからこそ目を惹くものがあるように思えた。

 様々な候補がある中、吾輩は気に入った響きのものを選ぶ。


『吾輩は馬車である。これだな。響きが良い』

「さすがお師匠様、お目が高い! これは僕の故郷で有名作家の書いた一文をもじったもので、このフレーズだけでもかなり有名なんです」

『ほう、面白いな。その元の内容も今度謳って聴かせてくれるな?』

「もちろん! 僕は吟遊詩人ですからね」


 胸を張っている我が子は可愛い。しかし、この末っ子に対してはひとつだけ不満があった。


『吾輩は馬車である。名前はまだない。しかしどうか父と呼んでくれはしないか?』

「えっと、姉さんたちと同じでいいですか? 父母様……無性別ってズルだよな」

『ふむ、それで良い。ところで我が子よ、子らに聞いても答えてくれない疑問があるのだが』

「はい、なんでしょう?」

『吾輩がドラゴンに狙われるのはなぜであろうか?』

「え、そりゃドラゴンカーセッ……あ、いえなんでもないです。僕の考えが穢れてるだけかもしれません。父母様は知らなくても良いことなのでしょう」

「そうか」

「それに、教えたら不敬だ〜ってエリーシヤ様に恐ろしく叱られてしまいそうですし……怒ると怖いんですよ、あの人」

「ん、すまない。なにか言ったか?」

「いいえ、なんでもありません」


 にっこりと末っ子が笑う。

 ふむ、長年の疑問はどうやらいつまでも晴れそうになさそうだ。

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