「俺の妹が放課後お前に噓告白するぞ」って、親友に言われたんだけど!?
「俺のターン、ドロー! 手札から『ダラダラ仕事して残業代を稼ぐ派遣社員』を特殊召喚! プレイヤーにダイレクトアタック!」
「甘い! トラップカード『契約期間満了前の派遣切り』発動! 『ダラダラ仕事して残業代を稼ぐ派遣社員』の攻撃を、そのまま相手プレイヤーに跳ね返す!」
「なにィイイイ!? ……くっ、俺の負けか。また腕を上げたな、理駆」
「フッ、お前もな、遡螺」
とある高校の昼休み。
今日も親友の遡螺とカードゲームに興じている俺。
遡螺とは一年生の時に隣の席になったことがキッカケで仲良くなり、二年生になった今も同じクラスで、今や高校生活の大半を遡螺と一緒に過ごしていると言っても過言ではない。
放課後も大体いつも、俺か遡螺の家で遊ぶのが日課になっている。
「ん?」
その時だった。
俺のポケットのスマホがブルリと震えた。
見れば羽御ちゃんから、荒ぶる猫のスタンプと共に、『今日の放課後大事な話があるから、校舎裏の杉の木の辺りで待っててくれる?』というメッセージが届いていた。
はて?
大事な話って、なんだろう?
「どうした理駆? そんな自分の旦那がボイチェン使って美少女ブイチューバーとして活動していることを知ってしまった団地妻みたいな顔して」
「どんな顔だよ」
状況がややこしすぎるだろ。
「いや、羽御ちゃんから放課後に大事な話があるってメッセージがきたんだけど、なんだと思う?」
「羽御から……!」
途端、珍しく遡螺が思案顔になった。
羽御ちゃんは遡螺の一つ下の妹で、何度も遡螺の家に遊びに行っているうちに、自然と俺とも仲良くなった。
羽御ちゃんもこの春うちの高校の一年生になったのだが、ラノベの表紙に載ってるレベルの超絶美少女なので、早くも何人もの男から告白されているらしい。
だが、何故かその告白をことごとく断っており、未だに彼氏がいないとか。
まあ、確かに羽御ちゃんに釣り合う男なんて、そうそういないだろうしな。
「……それはあれだな。『噓告白』だな」
「噓告白!?」
噓告白ってのはあれだろ……。
所謂ドッキリだろ?
「羽御ちゃんがそんな陰湿なことする性格には思えないけど……」
羽御ちゃんはヴァイオ○ット・エヴァーガーデンというワードを聞いただけで号泣するような、心の優しい子だ。
噓告白するなんて、にわかには信じられないが……。
「うん、それがな、何でもクラスの友達と、遊びの流れで罰ゲームすることになっちまったらしくてよ。そのターゲットに、お前が選ばれたってことらしい。お前なら、噓だってバレた後もフォローが利くと思ったんだろうよ」
「……なるほど」
若干釈然としないところはあるが、確かに羽御ちゃんも入学してまだ日も浅いし、新しい友達との関係を壊したくないという思いもあるだろう。
「そういうわけだからさ、羽御を助けると思って、とりあえず羽御の噓告白を受けてやってくれねーか?」
「ああ、わかったよ」
俺にとっては、羽御ちゃんも親友だからな。
親友が困っているとあらば、やぶさかではあるまい。
「あ、理駆くん! ゴメン、待った?」
「い、いや、今来たとこだよ」
そして迎えた放課後。
言われた通り人気のない校舎裏で待っていると、ハァハァ息を切らせた羽御ちゃんが俺の前に現れた。
走ってここまで来たのだろうか。
ほんのり頬が紅潮しており、妙に色っぽい。
――サラサラの長い黒髪に、銀河を散りばめたみたいなキラキラした瞳。
モナ・リザに初めて会った時のレオナルド・ダ・ヴィンチはこんな気持ちだったんじゃないかと思わせるくらいの圧倒的な美が、そこにはあった。
こりゃ確かに、多くの男子から告白もされるってもんだ。
そんな羽御ちゃんから、ドッキリとはいえ今から告白される俺は、ある意味幸せ者だよな。
それにしても、ドッキリである以上、どこかで羽御ちゃんの友達もこの光景を覗いていると思うのだが、それらしい人物は見当たらないな?
余程上手く隠れてるのかな。
まあいい友達よ、そこで羽御ちゃんと俺の名演技を、しっかりと網膜に焼き付けるがいいよ!
「えっと、それで、大事な話っていうのは、何なのかな?」
「う、うん、えーっと、えーっとね」
羽御ちゃんは人差し指と人差し指をツンツンさせながらモジモジしており、それが妙に可愛い。
いやあ、羽御ちゃんて意外と演技派なんだな。
これから告白する女の子の緊張感を、ここまで再現できるとは。
「じ、実は私――ずっと理駆くんのことが好きだったのッ!」
「――!」
羽御ちゃんは茹でダコみたいに顔を真っ赤にしながら、そう告白した。
ちゃんと言えたじゃねえか(後方保護者面)。
「わ、私と――付き合ってくだしゃいッ! ひゃっ!?」
おお、緊張のあまり嚙んでしまう演技まで挟んでくるとは。
ゆくゆくは狙うかい、アカデミー賞を?(倒置法)
さて、羽御ちゃんがここまで完璧な演技を披露してくれたんだ。
及ばずながら、俺も男を見せないとな。
「ありがとう、嬉しいよ。俺なんかでよければ、よろしくね」
よしよし。
羽御ちゃんほどじゃないが、俺もなかなかの演技ができたんじゃないかな。
「ほ、本当に!? ――嗚呼、夢みたい。り、理駆くん、大好きだよおおおお!!!」
「っ!?」
羽御ちゃんはガバリと俺に抱きついてきた。
んんんんんんんん!?!?
異様に柔らかい巨大なマシュマロみたいなものが、俺の胸辺りに当たっているんだが???
いやいやいや羽御ちゃん!
いくらドッキリだからって、流石にそれはやりすぎコージーじゃないかい!?
友達も見てるんだろ!?
「えへへ、じゃあ今から私は、理駆くんの彼女だね」
「――!」
今度は俺の左手に自らの右手を絡ませてきて、所謂恋人繋ぎの状態になった。
そうか、羽御ちゃんは演技に一切の妥協を許さない派なんだね。
羽御ちゃん……おそろしい子!(白目蒼白)
「今日からは毎日一緒に帰ろうね」
「う、うん」
満面の笑みで俺にもたれかかってくる羽御ちゃんと二人で歩き出す。
見てるかい羽御ちゃんの友達?
羽御ちゃんは完璧に、噓告白をやってのけたよ――。
「あ、理駆くん、私あれ食べたい!」
その帰り道。
クレープ屋さんのキッチンカーを指差す羽御ちゃん。
ふふ、羽御ちゃんは甘いものが大好きだからな。
「理駆くんも食べる?」
「いや、俺は大丈夫だよ」
「そっ。じゃあささっと買って来るから、ちょっとだけ待っててねー」
「はいはい」
鼻歌交じりにクレープ屋さんにスキップで駆け寄っていく羽御ちゃんの背中を見守る。
……ところでこれ、いつドッキリだってネタバラシするんですかね?
「んん~、おいひぃ~」
口いっぱいにクレープを頬張りながら、恍惚とする羽御ちゃん。
嗚呼、可愛いなぁ……。
危うくドッキリだってことを忘れそうになるよ。
「ん? どうしたの理駆くん? やっぱり理駆くんもクレープ食べたかった?」
「い、いや!? 別に……」
君に見蕩れてたなんて、とてもじゃないけど言えないよ……。
「えへへー、しょうがないにゃあ、はい、あーん」
「っ!」
羽御ちゃんは自分の食べかけのクレープを、俺に差し出してきた。
ぬお!?
「ホラホラ恥ずかしがってないで口開けて。わ、私たちはもう……こ、恋人同士……なんだ、から……」
そういう君のほうが、顔真っ赤じゃないか。
やれやれ、仮のとはいえ、彼女にここまでされたのに尻込みしてたら、男が廃るよな。
「あ、あーん」
俺は覚悟を決めて、食べかけのクレープに齧りついた。
「ふふ、美味しいでしょ、これ?」
「うん……」
本音を言うと、緊張で味はわからなかったけど。
「ねえ理駆くん、今日うち、寄ってく?」
「……え?」
羽御ちゃんの家の前まで来た途端、そう訊かれた。
羽御ちゃんの家は当然ながら遡螺の家でもあるので、今まで何度も遊びに来たことはある。
だが仮のとはいえ、恋人同士の関係で行くのは、まったく意味合いが違ってくる。
遡螺は用事があるって言ってたからまだ帰って来てないだろうし、羽御ちゃんの両親は共働きで毎日帰りが遅いので、今現在この家には誰もいないはず……。
流石にそれは、いろいろとマズいのでは!?
「あ……、えっと……」
「あっ、そ、そうだよね! まだ今日は初日だもんね! ハハ、ゴメンゴメン! 私ったら、がっつきすぎだよね!」
「いや! そういうわけじゃないんだけど……」
なんと言ったらいいものか……。
「じゃあまた明日、学校でね、理駆くん」
「う、うん、また明日」
ちょっとだけ寂しそうに手を振りながら、玄関に歩いて行く羽御ちゃん。
ふぅ、一時はどうなることかと思ったが、なんとか丸く収まったか。
「あ、そうだ理駆くん!」
「ん? 何だい?」
「今日の夜、寝る前に理駆くんに電話してもいい?」
「――!」
口元を拳で隠しながら、あざとく上目遣いを向けてくる羽御ちゃん。
ぐはぁッ!?
な、何という破壊力だ……。
今のは並みの男子高校生だったら、親子かめ○め波を喰らったセ○みたいに消滅していたことだろう。
「ああ、うん、もちろんいいよ」
「えへへ、やった」
ぴょんぴょんその場でジャンプして嬉しさを表現した羽御ちゃんは、幸せオーラを全身から発しながら家の中に消えて行った。
羽御ちゃんはスゴイ、あの子はいずれ日本を代表する名女優になる、俺はいろんな意味で思った(寺生まれのTさん)。
『理駆くん、まだ起きてたー?』
「ああ、起きてたよ」
その夜。
ベッドで横になってゴロゴロしていると、昼間に言っていた通り、羽御ちゃんから電話が掛かってきた。
スピーカーにしてスマホを枕元に置く。
『えへへー、まだ夢みたいだよー。理駆くんの彼女になれたなんて』
「ふふ、俺もだよ」
まあ、実際夢なわけだし。
『私ずっと、理駆くんとこうして寝落ちもちもちしてみたかったんだ』
寝落ちもちもち!?
寝落ちもちもちってあれだよね?
恋人同士が寝落ち通話することを表すネットスラングだよね?
演技とはいえ、羽御ちゃんと寝落ちもちもちしたことが学校の男子にバレたら、嫉妬の炎で焼き殺されてしまうかもしれないな……。
俺と羽御ちゃんはそれから一時間ほど、他愛もない話で盛り上がった。
元々親友だったから、話題はいくらでも尽きない。
『むにゃむにゃむにゃ……。ああ~、理駆く~ん、それはタピオカミルクティーじゃなくて呪霊玉だよ~』
「どういう状況!?」
ハハ、この辺の感性は、やっぱ遡螺と兄妹だなってつくづく思うよ。
さて、いよいよ羽御ちゃんも寝落ちしたっぽいし、そろそろ通話切るか。
「おやすみ、羽御ちゃん」
『えへへ~、大好きだよ~、理駆く~ん』
「――!」
まさか寝言でまで演技しているとは。
この子の才能は本物かもしれない――。
俺は言いようのない多幸感に包まれながら、そっと目を閉じた。
「はい理駆くん、あーん」
「あ、あーん」
そして翌日の昼休み。
一人で俺の教室までやって来た羽御ちゃんから手作り弁当を差し出され、クラスメイトたちにガン見されながら玉子焼きをあーんされている俺。
「どう、美味しい?」
「う、うん、美味しいよ」
「えへへー、やったー」
どこから情報が流れたのか、昨日の時点で、俺と羽御ちゃんが付き合い始めたのは学校中に知れ渡っていたらしい。
そのせいで今日は一日、廊下で他のクラスの男子生徒とすれ違うたび、殺意の波動を浴びせられて気が気じゃなかった……。
挙句この玉子焼きあーんである。
最早いつどこから瞬獄殺が飛んで来てもおかしくない、危機的状況と言えよう……。
「やれやれ、見せつけてくれるねー、お二人さん。ヒューヒューだよ、熱い熱い」
「もう! お兄ちゃんはあっち行っててよ!」
ニヤニヤしながら冷やかしてくる遡螺。
――この瞬間、昨日からずっと可能性の一つとして考えていたことが、確信に変わった。
「オイ遡螺、大事な話がある。ちょっと顔貸せ」
「……りょーかい」
「え? ど、どこ行くの二人とも?」
戸惑っている羽御ちゃんを、「すぐ戻るから少しだけ待ってて」と宥め、遡螺と教室を後にした。
「どうしたんだよ理駆、そんな怖い顔して?」
人気のない階段の踊り場まで来たところで、遡螺と相対する。
確かに今の俺は、これでもかと眉間に皺を寄せていることだろう。
「……単刀直入に訊くぞ。羽御ちゃんが噓告白したってのは、噓だったんだな?」
「……」
不敵な笑みを浮かべながら無言で俺を見つめる遡螺の顔が、全てを物語っているようだった。
「昨日の羽御ちゃんが俺にしたのは、噓告白なんかじゃない。――ガチ告白だったんだ。そうだろ?」
「だったらどうだってんだ?」
「テメェッ!!」
悪びれもせずしれっとそう言った遡螺に、ついカッとなり胸倉を掴んだ。
「お前はそれでも羽御ちゃんの兄貴かよッ! 実の妹の一世一代の告白を、どうしてそんな風に茶化せるんだよッ!?」
「でも、理駆はああでも言わないと、羽御の告白断ってただろ?」
「――! そ、それは……」
そう言われると何も言い返せず、胸倉から手を離し、一歩後退る。
「多分お前はこう言って断ったはずだ。『俺なんかに羽御ちゃんは相応しくないよ』ってな」
「……遡螺」
ああ、クソ、やっぱこいつは親友だな。
俺のことを、俺よりもよくわかってやがる。
「ど、どういうこと……」
「「――!!」」
その時だった。
聞き慣れた声がしたので見下ろすと、そこには羽御ちゃんが唇を震わせながら、階段の下から俺たちを見上げていた。
しまった、俺たちの会話を聞かれてたのか!?
「ひ、酷い……、酷いよ二人とも……!」
「羽御ちゃんッ!」
羽御ちゃんはその綺麗な瞳を潤ませながら、昇降口のほうに駆けて行った。
くっ……!
「追えよ理駆」
「……! 遡螺……」
「お前も昨日と今日で、自分の本当の気持ちに気付いたはずだ。後はそれを、羽御にブツけるだけだ。そうだろ?」
「……」
まったくこいつは。
美味しいところだけ持っていきやがって。
「サンキューな、遡螺。恩に着るぜ」
「なーに、気にすんなよ。俺はお前らの、お兄ちゃんだからな」
「へっ」
「頑張れよ、弟よ」
「おうよ!」
頼れるお兄ちゃんに二重の意味で背中を押されながら、俺は駆け出した――。
「……羽御ちゃん」
「――!」
羽御ちゃんは案の定、昨日俺に告白してくれた場所に立っていた。
泣いていたのか、振り返った羽御ちゃんの瞳は充血している。
「本当にごめん。羽御ちゃんの真剣な気持ちを蔑ろにしてしまったことは、心から申し訳なかったと思ってる」
俺は羽御ちゃんに、深く頭を下げた。
「……もういいよ。理駆くんはお兄ちゃんに騙されただけだったんでしょ? だったら理駆くんも被害者じゃん」
「羽御ちゃん……」
顔を上げると羽御ちゃんは、どこか達観した表情をしていた。
「おかしいと思ったんだよ。理駆くんが私なんかのことが好きなわけないもん」
「そ、そんなことはないよッ!」
「っ!?」
思わず大声を出してしまった。
羽御ちゃんがただでさえ大きな瞳を更に見開き、啞然としている。
「遡螺のお陰でやっと俺も自分の本当の気持ちに気付いたんだ。――俺はずっと前から、羽御ちゃんのことが好きだったって」
「――!?」
途端、羽御ちゃんの顔がボフンと真っ赤に染まってあわあわし出した。
ふふ、そんな一挙手一投足が、全て可愛いな、羽御ちゃんは。
「でも心のどこかで、俺みたいな何の取り柄もない人間は羽御ちゃんには相応しくないと、無意識に自分の気持ちに蓋をしていた」
「……理駆くん」
「だから遡螺は、自分が泥を被ってまで、俺が羽御ちゃんと真正面から向き合うチャンスをくれたんだ。――俺たちのお兄ちゃんは、本当に妹と弟想いの、いいお兄ちゃんだよ」
「……う、うぐ! お、お兄ぢゃああああん!!!」
遂に羽御ちゃんの涙腺は決壊し、その場でワンワン泣き出した。
俺はそんな羽御ちゃんのことをそっと抱きしめて、よしよしと優しく頭を撫でた。
「――!」
その時だった。
視線を感じたので目を向けると、木の陰から遡螺が俺たちを無言で見守っていた。
遡螺は納得したかのように一つ頷くと、「お兄ちゃんはクールに去るぜ」と呟きながら、颯爽と木の陰に消えて行ったのであった。
お、お兄ぢゃああああん!!!
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。
2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)