第100話 進軍からの炊き出し
『という訳で並べ並べ~。辺境伯からの命により我の加護を与えるぞ~。』
竜の魔力を食料に変換する「シュオールの杯」を手にしたエルは、それをどうすればいいか、とルーシアに相談した。
それを聞いたルーシアは思わず顎が外れるほど仰天した。
食料を生み出せることのできる杯など、神話に出てくる神々の杯か救世主の血を受けた杯そのものではないか!
そんな物を簡単に生み出せるとは、さすがに最高位の竜であると彼女も心の底から恐れを抱かせるに十分だった。
ならば、ここから沸く小麦で兵士たちの食糧を賄えばいいのでは?と思ったが、事はそう単純ではなかった。
「うむ……。それで小麦は賄えるだろうが……。食料調達用に用意した酒保商人がなぁ……。ここでそれを使えば彼らは用無しになってしまう。そうなれば次の戦いでは我々に協力しなくなってしまうからな……。それは困る。」
そう、そこで問題になってくるのは、辺境伯軍の食糧を賄う酒保商人たちだった。儲けを出すために軍に対して大量の食糧を用意した彼らに対して、これを使うことは大きな打撃を与え、大損を出させてしまうことになる。
そうなれば、辺境伯軍に次回協力してくれる酒保商人はいなくなってしまうだろう。
はて、どうしたものか、と考えた結果、基本的に食料は酒保商人から購入、そして足りない部分はシュオールの杯から賄うという事になった。
だが、それだけではせっかくの杯が無駄になってしまう。どうしようか?と辺境伯とエルが相談した結果が”炊き出し”である。
シュオールの杯から出した小麦を使用し、それを使用して麦粥を作り出す。
そしてそれを竜の加護と言いながら進軍先の農民たちに振舞っていくのだ。
軍が動くとなれば、当然農民たちは食料を根こそぎ奪い取られ、食うに困り大量に死亡していく。だが、その逆に食料を大量に振舞いながら進軍する軍など今まで存在しなかったし、これからも存在しないだろう。
しかも長持ちしないように、わざと暖かく、日持ちのしない麦粥で農民たちに与えているのは、小麦を手にした彼らが辺境伯軍に小麦を売って酒保商人に損をさせないためである。
手に無料で食料が手に入り、それが高く売れるとなれば何も考えずに売ってしまうのが農民というものだ。ならば日持ちせずにそのまま食べられる麦粥にして炊き出しにすれば、もう食べる以外の手段がなくなってしまう。
「竜様……!!ありがとうございます!ありがとうございます!まさか食事をいただけるとは……!!」
「これで飢える子供たちも救えます!!どうもありがとうございます!!」
元々は、竜であるエルを受け入れさせるためのプロパガンダではあるのだが、それでもここまで効果的になるとは思わなかった。
やはり人間食糧があって飢えなければ例え怪物であろうとも感謝するものである。
こうして、竜である彼も進軍していく先の人々に受け入れられつつあった。




