超短編集〜雫のかたち〜
十和子のはなし
木の枝にひっかかった風船が、自身と重なった。
保育士を続ける十和子は、結婚12年目になる。
子どもはいない。
何で私だけ…。
同級生の出産祝いを届けた後、ふと公園に立ち寄った。
「あれを誰かがとってくれたら、吹っ切れそう」
二時間後、十和子は街中を歩いていた。
赤い風船を片手に。
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友紀子のはなし
姥捨山の風習は、友紀子の村にも存在した。
瀬田家から寄贈された書物に記されていたのだ。
「資料館の目玉にしよう」
学芸員として胸が躍ったが、ハッと手を止めた。
滲んだ墨から伝わる無念さ。
そこには息子から母への思いが詰まっていた。
友紀子は、書物をそっと開かずの保管庫にしまった。
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奈津子のはなし
昼下がり、奈津子は保健室で本を読んでいた。
ここだけが心の拠り所だ。
「熱心だね」
仕切り越しに男子が話しかけてきた。
「ただの読書だし」
「それも勉強さ」
会話が弾みかけると、先生が戻ってきた。
「誰かいるの? 」
空のベッドの側で、いたずらに風がカーテンを揺らしていた。
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武志のはなし
塀から出て目に飛び込んだのは、刺すような空の青だった。
武志は幼少期から暴力に明け暮れていた。
その度に金で保釈されてきたが、遂に途絶えた。
親への殺人未遂で捕まったのだ。
刑務所は、虐待が当然だった家庭よりずっと豊かだった。
空を見上げると、口笛がこぼれた。
真の自由を祝って。
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貴也のはなし
爽やかな朝に反して、貴也の家は騒々しかった。
また妻がパンを焦がしたのだ。
仕方ないから米を炊いた。
「全く俺がいないと何もできないって…保護者じゃねぇぞ」
そうつぶやくと貴也は出社した。
暫くして、妻が気づいた。玄関にはぽつんと弁当が一つ。
「全く私がいないと何もできないんだから」




