ロイセン王室の秘密
前話として書いていたら長くなってしまったので分けました。
本日2話目の更新なので、前話を読んでいない方はご注意ください。
女性に対する犯罪の描写や残酷な描写がありますので、苦手な方はスキップしてください。
実はロイセンにおける10年前のお家騒動には、公にされていない事実があった。それは、王が粛清を決断したわけではなく、第三王子が兄二人に対する殺人事件を起こしたことが切っ掛けであった。
つまり、先に殺人事件があったということだ。
第三王子は正妃から生まれた嫡男ということもあり、本人が主張すれば側室腹の兄二人よりも優位な立場にあった。年齢も第二王子と同じであったが、数か月だけ遅く生まれてきたに過ぎない。
しかし第三王子は争いを好まない穏やかな性格であり、ともすれば側室腹と差別されがちな兄二人を立てていた。故にロイセン王は息子たちの仲は良いと思い込んでいた。
ロイセンは一夫多妻制の国であり、側室から生まれた王子が王位を継ぐことは珍しくない。ただし正室に王子がいる場合はそちらが優先されることの方が多い。年齢的にも肉体的にもなんら瑕疵のない王子であり、第三王子が王太子になる可能性は非常に高かった。
しかし第二王子を生んだ側室は、自分の息子を王太子に推していた。彼女はロイセンでも一二を争う勢力を持った侯爵家の令嬢であり、強い野心を持つ女性であった。王の正妃が隣国の王女に決まった途端に側室として名乗りをあげ、父親の権力を使って正室が輿入れするよりも先に後宮入りした。
側室となった侯爵令嬢は、自身の容姿が王の好みのタイプではないことに早々に気付いた。慣例に反しない程度にしか夜の訪れはなく、コトが終われば王は早々に自室に引き上げて行った。彼女は素晴らしくメリハリのある豊満なボディを持った華やかな美女だったが、王は楚々としたつつましやかな女性を好んだ。
ある日、彼女は自分とお茶を飲みつつも、王が自分のメイドにちらちらと目を遣っていることに気付いた。確かにメイドは王の好みのど真ん中といった感じの女性であった。そこで彼女は王の部下を買収し、メイドを王の寝室へと送り込んだ。
王は部下が気を利かせて自分好みの女性を紹介したと信じ、あっさりと床入りした。その結果、正室が来る前にメイドは第一王子を身籠り、もう一人の側室となった。しかし元メイドの側室は、侯爵令嬢が実家から伴った忠誠心の高い女性でもあった。つまり第一王子を身籠って正式に側室となったあとも主人である侯爵令嬢に忠誠を誓い、息子である第一王子も第二王子に頭を垂れたのである。
その後、嫁いできた正妃はおっとりとした性格で、先にいた側室と揉めるようなこともなく、生まれてきた第三王子も兄たちを気遣った。王は側室たちにしてやられたという気もしたが、どうせ王太子には正室が産んだ第三王子がなるのだからと、必要以上に構うことはなかった。単に後宮に波風を立てることが煩わしかったのだ。
そして数年が経過した。
正妃は常に一歩引いた位置で王位について言及することはなかったが、第二王子の母は積極的に国内の貴族達を取り込んでいった。第二王子は年を経るごとに増長し、まるで自分が王太子であるかのように振舞うようになっていった。
そんな時に事件は起こった。
第三王子は一夫多妻のロイセンには珍しく、正妃だけを娶って大切にしていた。まだ子宝には恵まれていなかったが、周囲が微笑ましく見守るほど仲睦まじい夫婦であった。
花が好きだった王子妃は、城の温室に珍しい蘭が栽培されていると聞き、侍女たちを引き連れて温室を訪れた。しかし、そこは第二王子が娼婦を連れ込んで逢引に使用することで有名な場所であったことを、王子妃も侍女たちも知らなかった。
温室の一角にはさまざまな種類の蘭が栽培されており、その蘭を鑑賞しやすい位置に籐でつくられたソファがあり、ふかふかのクッションが置かれていた。そこで王子妃がソファでくつろいで蘭を堪能していると、派手な衣装を身に纏った女性が下男と思しき男に連れられてやってきた。
二人は王子妃がいることに驚き、慌てて退出していったが、侍女数名が彼らを追うと同時に、騎士団の詰め所に確認するためその場を離れた。残った侍女は2名であったが、そのうちの片方は腹痛を訴えたため退出を許可した。
そして、王子妃と侍女は二人で、蘭を鑑賞しながら他の侍女たちが戻るのを待っていた。そこに娼婦と戯れる気満々の第二王子が現れた。目的が目的なだけに、第二王子の従者は温室の扉の外で待機していた。
第二王子は日も高いというのにかなりの酒を飲んでおり、ソファに座っているのが弟の妃であることにすら気付いていない様子であった。
「おや今日の相手は二人か。面白い趣向だな」
「アドルフ王子、何をなさるのです。こちらは第三王子妃でいらっしゃいます!」
侍女と王子妃は懸命に抵抗したが、力任せに王子に殴られた侍女は気絶し、二人は第二王子に傷つけられてしまった。
その後駆け付けた侍女と、騎士たちに第二王子は取り押さえられたが、既に手遅れであった。王子妃は第二王子の所持していた短剣で首を突いて息絶えており、侍女は散々乱暴された挙句に事切れていたことが確認された。
そして事件の報告を聞いた第三王子は、王子宮に急ぎ駆け戻り、変わり果てた妻と対面することになる。体調不良を訴えた侍女は自分を責め、自害しようとしていたところを仲間の侍女たちが取り押さえていた。もちろん、温室を離れた他の侍女たちも同じように自分たちを責めていた。
「お前たちのせいではない。兄の増長を諫めてこなかった私の責任だ」
第三王子は侍女たちに声を掛けると、そのまま第二王子の宮殿へと向かった。そこには第一王子に傅かれた第二王子がいた。
「すまぬ。あれは事故であった。娼婦と勘違いしたのだ」
「アドルフの言う通り、あれは偶然が重なっただけだ」
しかし、第三王子は言葉を発することなく、すらりと腰の剣を抜いた。
「ま、待て。私も本意ではなかったのだ」
「だとしても彼女たちは抵抗したではありませんか。あれほどの暴力を振るっておいて、本意ではないなどと。そもそも私の妻とは面識をおもちのはず」
「酔っていて気付かなかったのだ。仕方がないではないか」
「それが一国の王子の言い訳ですか。なんともお粗末な」
「待て!」
第一王子は第二王子の盾となり最初の犠牲となった。そして、周囲の護衛や使用人たちは第三王子が放った風属性の魔法でズタズタに切り裂かれた。第三王子はこれまで魔法を発現したことがなかったため、この魔法は暴走の結果でもある。
護衛に庇われていたため、第二王子だけは辛うじて暴走した魔法から生き延びたが、既に満身創痍であった。しかし第三王子は第二王子が生きていることを認識した途端、彼の股間を下から勢いよく斬り上げた。
「うぎゃぁぁぁぁぁ」
「こんなモノぶら下げてるから面倒なことばかり起こすんですよ兄さん」
続けざまに第二王子の手足を切り落とし、身体をメッタ刺しにしていく。第二王子がどのタイミングで事切れたのかはわからないが、それなりに長時間は生きていたのだろう。床の上には血だらけで這って逃げようとした痕跡が残っていた。
事情を聞いたロイセン王は、即座に王子妃の件が外部に漏れないよう手配し、王の指示によって第一王子と第二王子を粛清したという状況にすり替えた。王は親子の情によって彼らの粛清を決断できないでいたが、既に取り除くしかないことはわかっていた。
「私が優柔不断だったせいでこんなことに…」
王は激しく悔やんだが、既に事件は起きてしまっていた。第三王子が起こした事件を正当化するには、次々と有力な貴族達を粛清していかねばならない。準備不足も甚だしいが、やるしかなかった。
その結果、かろうじて第二王子の勢力を排除することには成功したものの、国の運営に大きな支障が出るほど国内産業はボロボロになった。
それでも王は聡明な第三王子が国を立て直してくれると信じていた。ところが第三王子は自分の王位継承権を放棄したいと言ってきた。
「なぜ立太子を拒否するのだ」
「私にはその資格がございません」
「兄たちを殺害したことであれば、正当化されているではないか」
「……」
すると、傍らに控えていた正妃が第三王子に声を掛けた。
「やはりお前は知っていたのですね」
「はい。母上」
すると、正妃は王の前で跪いた。
「陛下、第三王子は陛下のお子ではございませぬ」
「!?」
正妃は最初から心穏やかだったわけではない。母国の期待を受けて嫁いだ先には、傲慢に振舞う側室が君臨していた。第一王子を身籠っている側室でさえ彼女に傅いており、まるで自分が正妃であるかのような顔をしていた。陰湿なイヤガラセが繰り返され、そのたびに少しずつ正妃の心は削られていった。
そんな彼女を支えたのは、護衛の近衛騎士であった。正妃の護衛と言うこともあり、選ばれたのは王の従兄弟にあたる公爵家の次男であった。彼は儚げな風情の正妃に同情とも憧憬ともつかぬ感情を抱き、正妃も彼の慰めに心が揺れ動いた。
若い二人が一線を越えてしまうのに、それほどの時間はかからなかった。
ところが、その年の建国祭のパレードにおいて、側室とその実家の横暴に耐えかねた民衆が暴動を起こした。
本来であれば民衆は側室の馬車を襲うべきなのだが、念願かなって第二王子を身籠っていた側室は誇らしげに大きくなった腹を見せつけるよう、側室が正妃よりも華やかなドレスを着て王の隣に座していた。正妃も特に文句を言うこともなく、すぐ後ろの馬車に乗り込んだ。そのせいで暴徒たちは後続の馬車に乗っている正妃を側室と勘違いして襲い掛かったのだ。
暴徒が正妃の馬車に襲い掛かるのを見た護衛騎士は、馬の腹を蹴って正妃に駆け寄り、身を挺して彼女を庇った。しかも、民衆に剣を振るうことを躊躇ったため、正妃に蔽いかぶさった姿勢で背中に暴徒の斧や棍棒による攻撃を一身に受けることとなる。
駆け付けた騎士団によって暴徒たちは取り押さえられたが、正妃を庇った護衛騎士は既に絶命していた。
その夜、ショックで寝込んだ正妃を診察した医師は、彼女が身籠っていることを告げた。もちろん彼女はわかっていた。お腹の中の子が王の子ではないことを。だが彼女は愛する人の子供を守りたいと心の底から願ってしまった。決して許されることではないと知りながら。
その夜、正妃は心配して部屋を訪れたロイセン王に慰めを求め、王もそれを受け入れて床を共にした。そして一月後に懐妊の事実を王に伝えたのである。そして、この事実を知っているのは、母国から伴った忠実な侍女のみである。最初に懐妊を告げた医師も薄々は気付いていたかもしれないが、彼は早々に王宮を辞して領地へと去っている。口封じを恐れたのかもしれない。
「陛下、罪深い私をお許しください。ですが、どうか王子だけは助けてくださいませ」
「いいえ母上。私は資格もないままに王子を騙り、正統な王の子を殺めたのです。決して許されることではございません」
ロイセン王は椅子に深く腰掛けたまま自嘲するしかなかった。
「そうか…お前も私の子ではなかったのだな……」
「お前もと仰いましたか?」
「そうだ。お前が殺めた兄たちも、私の子ではない」
「あの女どもは、私を謀り正妃と同じように他の男の種を宿したのだ。どうやら伽をしてもなかなか身籠らないことに業を煮やしたようだ。もしかすると私には子供を作る能力がないのかもしれんな」
「なっ!」
「それでも生まれてきた子に罪は無かろう? 幼い頃のお前たちは、それはそれは愛らしかった。いや、この期に及んでもなお、お前も死んだ息子たちも可愛いのだよ…」
王は嗚咽を漏らしながら滂沱の涙を流した。
「私が至らないせいで、徒に貴族や王子たちの対立を煽ってしまった。これは私の罪ではあるが、その対価はあまりにも重いな。私にすべての息子を喪えというのか? せめてお前だけでも息子のままではいてくれないのか? 血がつながっていなければ父とは呼んでもらえないのか?」
「…父上。そうお呼びしても良いのであれば、息が止まる瞬間まで私は父上をそうお呼びいたします。私は血のつながりのある父を知ってもなお、父上を敬愛しております。それ故に今までとても苦しかった」
第三王子も母の横でロイセン王の前に跪いた。
「どうか、私を父上の息子のままでいさせてください。ですが王位はゲルハルトにでも継がせください。正統な王子にこそ王座は相応しい」
「私の息子で居てくれるのであれば、お前の好きにするがよい」
夫と息子のやり取りを眺めていた正妃も涙を流し続けた。
「陛下。私は陛下のお沙汰に従います。たとえ死を賜ろうとも決してお恨みすることはございません」
「正妃よ…。私たちは随分と長い時間を夫婦として過ごしてきた。ほんの少しでも私に情を感じているのであれば、どうか妻として隣に居てはくれまいか? その…護衛騎士程には愛せなくても構わん…いや少しは構うかもしれんが…それでも正妃に傍に居て欲しいのだよ」
「彼のことは今でも大事な思い出です。ですが、いつも穏やかに優しい微笑みを浮かべてくださる陛下のことを、いつしかお慕いするようになっておりました。私は浅ましい女でございましょうか?」
「いや、この上なく嬉しいな。妻よ」
かくして第三王子は王位継承権を放棄し、急遽王の甥であるゲルハルトが王太子となった。まだ18歳になったばかりのゲルハルトの第一声は「はぁぁぁぁぁ!?」であったが、それを知っているのは彼にその旨を伝えた王弟だけであった。
要するにゲルハルトは王太子になんか全然なりたくなかったってことです