狩猟場の後始末 2
「陛下の意向か…」
「正確には『王室』がどういう対応をするかでしょうか」
「サラお嬢様、それは同じ意味ではないのでしょうか?」
ジェフリーが質問をする。
「王室がどのように対応するかということと、国王陛下が個人として何を思うかは同じではありません。広大な穀倉地帯を抱えるグランチェスター領は、国内でも一二を争う豊かな所領です。当然グランチェスター侯爵家は政治的な影響力も大きいでしょう」
「はい。仰る通りですね」
「そうであるならばグランチェスター家を快く思わない貴族家もあるはずです。今回の事件を公にすれば、そうした方々から横領を隠していたことを非難され、親戚筋である前任の代官が他国からの侵略を手引きしたことを責め立てるでしょう」
「おそらくそうなるでしょう。ですが、最終的には陛下がお決めになることです」
ジェフリーは語気を荒げて主張する。近衛騎士団に誘われるほどの騎士であるジェフリーは、王家への忠誠心が高い。王の絶対的権力を支持し、国は王の意思によって治められるものと考えているのかもしれない。
「確かに裁定を下されるのは陛下です。ですが、陛下が特定の勢力に対して極端に肩入れすることは、国が乱れる元となるでしょう。たとえ陛下がどれほどグランチェスターに好意的でも、国を乱してまで守ろうとはなさらないでしょう」
サラの発言を侯爵が引き継ぐ。
「うむ。王とはそうしたものだ。国の安寧を第一に考え、必要であれば身内であろうと忠臣であろうと切り捨てる覚悟がなければならん。そして私もグランチェスター侯爵として、私の失策が原因で国を二分するような事態は望んでおらん」
「然様でございますか。私が浅薄でございました」
「そのようなことはございません。忠誠心の高さは騎士の美徳ですから」
サラはジェフリーに向かって優美に微笑んだ。しかし、どう見てもジェフリーはサラを見て怯んでいる。
『はて、ジェフリー卿を怯えさせるようなこと言ってないよね?』
原因はサラの微笑である。サラとしては『気にしなくていいよ』くらいのつもりで微笑んだのだが、肉体年齢を上げているせいで微笑の戦闘力は爆上がりしていた。しかもドレスや化粧のオプション付きである。実際には8歳の少女だということをわかっていても、なかなかの破壊力であった。
「うぉっほん」
ロバートがわざとらしく咳ばらいをして、その場の空気を変えた。普段は空気の読めない男の癖に、こういう時だけは察しが良いらしい。
「まぁ、ともかく。サラは今回の件は隠すべきだと思ってるのかな?」
「いえ隠しきることはできないだろうと予想しています」
「じゃぁ公にすべきってことか」
サラは頷いた。
「隠せないのであれば、早めに正直に話すべきではあります。ですが、情報をどこまで出すかの主導権はこちらにあります。嘘を吐くのは悪手ですが、嘘偽りなく報告内容を組み立てることはできます」
「どういうことかな?」
「グランチェスター領で、ロイセンに雇われた傭兵が猟師に暴動を起こすよう唆したこと、暴動を鎮圧するために動いた領の騎士団を背後から不意打ちしようとしたこと、そして呼応するように各地に潜んでいた敵兵を『攻撃を開始する前に』拘束できたことは素直にお話しませんと」
「横領の方はどうするんだい?」
「敵の『手練れの工作員に唆された代官』が領の予算を横領したことは隠せません。その事実に気づいた祖父様は迅速に手を打ったものの、敵の妨害工作により帳簿や書類は『使い物にならない状態』になっていたのです。現状把握のため、伯父様や文官たちは倒れるほど連日遅くまで執務室に籠り、やっと国に正しい申告ができる状態になってきているのです」
「ちょっと大袈裟だけど、嘘ではないね」
「この際ですし、新しい帳簿も公開して、アカデミーにも衝撃を与えてやりましょう。それくらいあの帳簿には破壊力あると思います」
「それはいいね!」
『今回の件、嘘を吐かずにグランチェスターにとって有利に進めるのであれば…』
「横領事件から敵国の工作を疑い、グランチェスター領が一丸となって敵の侵略を未然に防いだ、と報告しましょう」
「でも横領に敵国の意図を感じたのは、先に暴動が起きたからだよね?」
「報告しなくても良いようなことを、わざわざ報告する必要はないですよね?」
「ははぁ。なるほど」
すると横に居たレベッカが、人の悪い微笑みを浮かべて会話に参入してきた。
「でしたら、グランチェスター領にとって貴重な森を火属性の魔法で焼いたことで、伏兵が炙り出されたことも報告しましょう。なんといっても貴重な狩猟大会を開催する重要な場所ですからね」
「え、あれは少年の魔力暴走だよね?」
「あら、火属性の魔法で焼いたことは事実でしょう?」
『レベッカ先生の微笑みが黒いっ!』
「でしたら、あの少年はこちらで保護しましょう。あれほどの魔法を発現しているのです。きちんと制御を学ばなければ、また暴走してしまうかもしれません」
「ふむ」
「祖父様、彼は敵国からの侵略を防いだ立役者の魔法使いですよ。私と一緒に魔法の訓練をしても良いのではありませんか? もちろんレベッカ先生がイヤと言うのであれば、無理にお願いはいたしませんが」
「ふふっ。サラさんに普通の魔法使いとはどういうものなのかを知ってもらうには、とても良いことだと思うわ」
「普通……ソウデスカ」
ややがっくりとしたサラに、侯爵が声を掛けた。
「まぁ魔法使いの少年の件は許可しよう。同世代の魔法使いとの切磋琢磨も大事だろう。ロバート、お前が責任を持て」
「閣下、それでしたら私が彼を引き取ってもよろしいでしょうか?」
そこにジェフリーが口を挟んだ。
「息子は少年と歳も近いですし、魔法の訓練をしない間は、息子と一緒に騎士見習いの仕事をさせようと思います。いままで傭兵団に居たということですから、仕事はそれほど苦にはならないのではないかと。もっとも、少年が別の道を選ぶのであれば、もちろん応援するつもりではありますが」
「ふむ」
「それと、よろしければ、息子もサラお嬢様との訓練に参加させていただけないでしょうか。1年ほど前に火属性の魔法を発現しております」
「そうだったか。しかし、それならばアカデミーに通わせるべきではないのか?」
「来年には受験させる予定ですが、今はまだ準備中なのです。おそらくサラお嬢様との交流は息子にも良い刺激になるのではないかと」
「レベッカ嬢が良ければ私は構わんが、お前の息子にも家庭教師がいるのではないか?」
『あれれ、なんか学友が増える流れになってきた?』
「家庭教師の方がいらっしゃるのであれば、是非その方も一緒にグランチェスター城にお越しいただけませんか? アカデミー出身の優れた方の授業を、サラさんにも体験させてあげたいのです」
「確認してみないとわかりませんが…おそらく大丈夫かと」
「素晴らしい。折角ですし乗馬やダンスレッスンもご一緒できればいいですね!」
「それは願ってもない申し出ですね」
レベッカは本来、とても教育熱心なガヴァネスである。そして、ジェフリーもとても良い父親であるようだ。
『いいか。お勉強楽しいし』
「まぁ子供たちのことは置いておくとして、サラよ横領がわかった時点ですぐに報告しなかったことを、陛下にどう説明するかね? なにせ2年も経過しているのだ」
「本当に横領があったのかすらわからないほど、仕分けされていない書類が山積みに放置されていたと報告するしかないでしょう。書類の放置により、なんらかの工作が行われている可能性を感じたため、秘密裡に書類を精査していた。嘘ではありませんよね」
そこでサラは逡巡した…。
「祖父様、ほんのちょっとだけ嘘を混ぜましょう」
「ほう?」
「たとえば『下手に騒ぎ立てて、敵に気付かれるのを避けた』とか?」
「まぁ気づかれるのを避けたのは、国にだな」
「これくらいの嘘なら許容範囲だったりしません?」
「まぁ大丈夫であろう」