狩猟場の後始末 1
ウォルト男爵邸の応接室では、グランチェスター侯爵、ロバート、ジェフリー、ウォルト男爵の4人が、今回の暴動を発端とする諸問題への対応に追われていた。
「暴動は収束しました。どうやら、一部の猟師たちが、他国の冒険者を装ったやつらに唆されたようです。彼らは反省しているようですが、ここは厳正な対応が必要かと」
ウォルト男爵の報告を受け、侯爵は顎に手をやってしばし考えこむ。
「侵略の事実を認めてしまえば、我々主導での取り調べはできなくなるだろう。そうなればグランチェスターで起きた横領の事実を隠すことも難しくなる」
「しかし父上、後からこの事実が発覚すれば、我々は他国からの侵略行為を見逃したことに繋がりかねません」
ジェフリーが言葉を重ねた。
「もし、この件をすべて隠蔽するのであれば、グランチェスター各地に出没した傭兵はもちろん、唆されたとはいえ暴徒化した猟師たちも全て処刑しなければなりません」
「ふむ。仮にそうしたところで、事件の関係者すべての口を塞ぐことは難しいだろうな。なにせ横領した犯人が捕まっておらん。あやつらが密告すれば、すべてが明らかになってしまうだろう」
執務室の扉がノックされ、ソフィアとレベッカの訪れが告げられた。侯爵が入室を許可すると、簡素ではあるが優美なドレスを着た2名の美女が楚々と部屋に入ってきた。
「おお、二人とも来たか」
「侯爵閣下、ご機嫌麗しゅうございます」
ソフィア姿のサラが丁寧に挨拶をする。
「ソフィアか。昨夜は大活躍だったらしいな。身体はもう大丈夫なのか?」
「この通り元気になりました。素敵なお部屋やドレスをご用意くださったウォルト卿に感謝申し上げます」
「こちらこそ、ソフィア嬢には深く感謝いたしております。消火活動だけでなく、狩猟場に潜んでいた傭兵たちの捕縛もソフィア嬢のお陰と伺っております」
ウォルト男爵はサラに探るような視線を投げかけたが、にっこりと微笑んで必要以上の追及を避けた。
『しっかりバレてるなぁ。まぁ隠せるとは思ってなかったけどね』
空気を読んだ侯爵は話題をサラから逸らした。
「活躍と言えば、レベッカ嬢にも感謝せねばな。其方の友人たちのおかげで、領内に散らばっていた侵略者を迅速に拘束することができた」
「もったいないお言葉でございます。閣下」
「本来、妖精とは人の政には口を挟まないと聞いていたのだが、どうやらレベッカ嬢の妖精たちは違うようだな」
「いえ、私の友人も人の政治には非協力的です。普段であればお願いしても聞いては貰えなかった」
「ほう」
基本的に妖精は人間の政治には口を出さない。というより興味を示さない。レベッカがロイセンの王子に強引に迫られたときも、フェイはレベッカの身体への直接的な接触からは守ってくれたが、政治的な圧力に対しては何の対処もしてくれなかった。
「今回の森林火災が彼らの怒りに触れたのです」
「なるほどな」
そうなのだ。今回の侵略行為は、直接的ではないものの森林火災を引き起こし、妖精の住処を荒らす結果となった。これに妖精が憤ったため、レベッカに協力してくれたに過ぎない。
もっとも、レベッカやサラのように妖精と友愛を結んだ人間がいなければ、妖精はぷりぷり怒っただけで、とっとと住処を変えて終わりにしただろう。それくらい妖精は人間がやることに興味がない。
非常に稀ではあるが、政治に関わる立場の人間と妖精が友愛を結ぶと、積極的に人間の世界に干渉する妖精が現れることもある。ただし、こうした妖精が現れた時代は、世界地図が塗り替わるような乱世になることが多い。
「とはいえレベッカ嬢の友人のお陰で、グランチェスターが助かったことは間違いない。もし彼らが必要とするものがあるようなら用意するので教えていただきたい」
レベッカはしばし虚空を見つめ、妖精と会話しているフリをした。しかし、サラの目にはフェイがくすくすと笑っている姿しか見えない。どうやらレベッカは何かを企んでいるようだ。
「では彼らの力を振るい、焼けてしまった森林を回復させていただいてもよろしいでしょうか? 妖精たちにとっては貴重な住処なのです」
「それはこちらとしても願ってもないことではあるが…」
すると、フェイがサラの耳元までするする飛んできて耳打ちをした。
「僕たちがやったことにするから、サラが森を回復してってレベッカは言ってるよ」
『あー、なるほど』
サラは周囲に悟られないよう軽く頷いた。
「では妖精たちが森を回復させている間は、誰も森に近づけないように手配をお願いいたします。友愛を結んだ人間以外に見られることを好まない妖精も少なくありません」
「承知した。ジェフリーよ妖精が力を振るっている間は、狩猟場に誰も近づくことがないよう、騎士団で狩猟場の入り口を封鎖しろ」
「はっ」
サラは改めてジェフリーを見た。
『確かにジェフリー卿カッコいいなぁ』
見事な体躯を持つ赤髪の騎士ジェフリーは、更紗の時代ならハリウッドスターと並んでも遜色ないくらいの端正な顔をしている。そんなサラの視線に気づいたのか、ジェフリーもサラを振り返った。
「ソフィア嬢、回復されて何よりです」
「気絶した私をここまで運んでくださったのはジェフリー卿と伺いました。お礼の言葉もございません」
「礼など不要です。麗しい乙女をお守りするのは騎士の誉ですから」
ニヤリと笑ったジェフリーは大人の魅力たっぷりで、サラは心拍数が跳ね上がるのを感じた。
「おい、ジェフ。ソフィアはまだ子供なんだからなっ」
「嫉妬はみっともないぞロブ」
二人ともソフィアが8歳のサラであることを知っているため、サラ自身はこれが言葉遊びであることは承知している。しかし、ウォルト男爵や使用人たちには、この二人が恋の鞘当てをしているように映っているかもしれない。サラは少々頭を抱えた。
「さて、ご挨拶も済みましたし、殿方のお邪魔にならないよう、わたくしどもは退散いたしますね」
レベッカが退室の意向を伝えると、侯爵はロバートに目を遣って合図した。ロバートは侯爵の意を正しく汲み、二人を引き留める。
「あ、レヴィとソフィアは少し待ってもらえるかな。ウォルト卿、妖精にお願いするような話をしたいから、人払いしてもらえるかな」
「承知しました。では私も含め、使用人はすべて下がらせていただきます。晩餐の手配をして参りますので、後ほどお会いいたしましょう」
「うん。ありがとう」
要するに男爵は、決まったことを晩餐ですぐに教えろと言っているのだ。まぁこの地域を管理する立場であれば当然だろう。
男爵と使用人が立ち去ると、サラは風属性の魔法を応用し、部屋の中の音声が外に伝わらないよう、空気の壁を作り出した。サラのオリジナル魔法である防音壁だ。
「ひとまず室内の音声は外に漏れない魔法を掛けました。お好きに会話していただいて大丈夫です」
「そうか、気を使わせてすまんな」
そして、侯爵は座っていた椅子にもたれ掛かり、深いため息を吐いた。
「サラよ…、かなり焦ったぞ。よもや傭兵に襲われるとは」
「伏兵を予想していなかったわけではありませんので、今回は私の油断が招いた失敗ですね」
「私も護衛の騎士をつけるべきだったと激しく後悔いたしました。申し開きもございません」
ジェフリーは深々と頭を下げた。
「結果的に敵は捕まえたのです。これ以上は止めましょう。ところで彼らの処遇はどうするおつもりなのでしょうか?」
「悩ましいところだよね」
侯爵とロバートは顔を見合わせて、頷きあった。
「サラが捕まえた傭兵団を率いていた男は、確かにロイセンの騎士だった。しかし、アドルフ王子の粛清にあの男の実家も巻き込まれたせいで、騎士を辞めざるを得なかったようだね」
「なるほど」
「今回の侵略はロイセン国王の指示ではなく、アヴァロンとの関係悪化によってロイセン国王の政治基盤を揺るがそうとした一部の貴族の暴走のようだ。忌々しいことに、グランチェスター領の横領事件も謀の一部であった。元代官たちは、ロイセンに亡命しているそうだ」
『やっぱり、横領事件から仕組まれていたのね』
「この問題を明らかにするかどうかが問題なんだけど、サラはどう思う?」
ロバートに尋ねられはしたものの、サラは即答することができなかった。
「うーん。確かに伯父様の仰るように悩ましいですね。この件を明らかにした場合、アヴァロンはロイセンに対し、何らかの責任を追及することになるでしょう。まぁアヴァロンの国益に繋がる可能性は高いですよね」
「そうだね」
「ですが、グランチェスターは横領の事実を明らかにせねばならず、仕組まれたことではあっても何らかの責任を負わされるかもしれません」
「うん」
「確認させてください。グランチェスターはアヴァロンとアヴァロン王に忠誠を誓っていらっしゃいますか?」
「「「当然だ(です)」」」
3人の男性は一斉に答えた。
「であるなら、悩む必要はないでしょう。事件の隠蔽は国益を損ねてしまう可能性が高いのですから」
「それはわかっているんだけどね」
ロバートが口ごもった。
「これまで横領の事実を明らかにしてこなかったことを気にしていらっしゃいますか?」
「そうだね。隠していたことを責められるかもしれないし、王の心証を悪くしてしまうかもしれない」
男性陣はうんうんと頷いた。
「では、王室とグランチェスター家はどのような関係なのでしょうか? あるいは国王陛下はグランチェスター家をどのようにお考えでしょうか」
ピタリと男性陣が固まった。
「サラ、それはどういう意味だ?」
「言葉のままです。つまり、横領があったことを祖父様が報告し、陳謝すれば陛下はグランチェスターを許すかどうかです。他の家にこの地域を任せた方が良いとお考えになるのでしょうか?」
いつも誤字報告ありがとうございます。
見直しているはずなのに、どうしてこんなに多いんでしょう orz