バレなきゃいいんです
暴力的な表現が含まれます。苦手な方はスキップしてください。
『うるさいなぁ。もう一回昏倒させちゃおうかしら』
などと不穏なことを考えるくらいサラは不機嫌だった。
100名を超える人数を縛り上げるのは容易ではない。昏倒していた傭兵たちも徐々に意識を回復し始めており、辺りは深夜と思えない喧噪に包まれている。
昼寝はしたものの、昨夜の夜更かしに加え、馬での長距離移動、大規模な魔法の連続発動…これだけのコンボを決めておいて眠くないわけがない。
そこにウォルト男爵に率いられた地元の自警団が到着した。普段の仕事でも慣れているせいか、邸の使用人たちよりも格段に手際よく傭兵たちを縛り上げていく。
男爵は、先程の少年を連れて傭兵たちから事情聴取を行っていた。時折、ジタバタと暴れる傭兵を、男爵は自ら鞘が付いたままの剣で殴りつけている。
『男爵は武闘派だったのね。自警団の方々も強そうな人が多いわ』
しばらくすると男爵は、身の丈が2メートル近い熊のような傭兵を引きずるようにロバートの前に連行し、ロバートの前に跪かせた。
「ロバート卿、どうやらこの者が傭兵団のトップのようです」
「ほう」
「他の傭兵たちや先程の子供の証言から間違いないかと」
傍らにいた少年も、うんうんと頷いている。
「お前たちの主は誰だい?」
ロバートが質問しても、男は黙り込んだままであった。
「まぁ金をもらうまで雇用主には忠実じゃないとね。ただ、それも命がなきゃ受け取れないけどね」
両手を縛られて跪いている傭兵の頭部を、下から蹴り上げた。
『おっと、伯父様にもこんな面があるのね』
「お前たちの狙いは、彼女たちかい?」
サラとレベッカの方に顎をしゃくりながら尋問した。
「ふんっ。忌々しい火事のせいで依頼が果たせなくなったんでな。報酬の代わりにアヴァロンの魔女どもを連れて行こうと思っただけさ。治癒魔法が使えるってだけでも価値があるっていうのに、二人ともとんでもなく別嬪だからな」
男は下卑た笑いを浮かべながら、サラとレベッカを交互に眺めまわした。
「売り飛ばす前に味見させてもらうつもりだったのに残念だ」
『キモっ。このおっさん、マジで超キモい』
男の発言に、サラは生理的な嫌悪感をおぼえた。
「オレたちは他国からの侵略者だ。当然、お前らは国にオレたちを突き出す義務があるよな。国が直々に取り調べるまで、お前らはオレたちを勝手に処刑できないはずだ」
「まぁそうかもね。それがどうした?」
「だが、お前らにも探られたくない腹があるだろう? たとえば横領とかな」
ニヤニヤとした笑いを浮かべて男はしゃべり続けた。
「オレたちが王都で取り調べられることになれば、知ってることは洗いざらいぶちまけることになるだろうさ。そしたら困るのはお前らグランチェスターの人間だろう? だからここは取引といこうじゃないか。オレたちにちょっとした報酬を払って、国外に逃がしてくれるんだったら、お前らのことは黙っててやる」
「ほほう。それは寛大な申し出だねぇ」
「そうだろう? オレたちは貰いそこなった報酬を受け取れる、お前らは横領の事実を国に知られずに済む。どっちにも得な取引じゃねーか」
「要は、バレなきゃいいってことかい?」
「そういうこった! 分かったらオレたちを解放しろ! 報酬は破格の1万ダラスで手を打つぜ」
『盗人猛々しいって、こういうことを言うのねぇ』
「ロバート卿の仰るように、『バレなきゃいい』んですよね? そもそも他国からの襲撃なんてありませんでした。ここにいるのは、グランチェスター領で略奪行為を働いた盗賊に過ぎません」
「グランチェスターに攻撃を仕掛けてるのがオレたちだけだと思ったら大間違いだぞ」
サラは首を傾げて不思議そうな顔をした。
「そんなこと当たり前ではありませんか。今、グランチェスターは騎士団と各地にいる自警団を総動員して警戒していますよ?」
「はっ?」
「というか、あなたたちみたいなショボい傭兵団しか送り込めないくらいなら、最初から侵略なんて考えるべきじゃありませんもの」
「ふん。強がりを言うな。どれくらいの人数が投入されているかもわかっていないだろうに。領内の勢力だけで制圧できると思っているとはおめでたい奴らだな」
サラとレベッカは並んでくすくすと笑い出した。見た目は二人とも18歳前後なので、少女二人が楽しくおしゃべりをしているようにしか見えない。
「ソフィア、この人たちは少しだけ頭が弱いのかもしれませんね」
「そうですね」
レベッカは両手を前に突き出し、手のひらを上に向ける。すると突然、空中に大量の光の玉が出現し、レベッカの周囲をくるくると回り始めた。
サラの目には、妖精の道から次々とたくさんの妖精が飛び出してくる様子がはっきりと映ったが、他の人からは光の玉にしか見えないだろう。なにせ、妖精たちは普通の人間に見えるよう、わざわざ自ら発光してくれているのだから。
そして妖精からの報告をレベッカは次々と口にしていく。どうやら各地に散らばっている傭兵団や軍の人数のようだ。予想よりもだいぶ少な目で、合わせても500人ほどしかいないようだ。
「これなら騎士団と自警団だけでも処理できそうですね」
「そのようですね」
みるみる傭兵の男は青ざめていく。
「も、もしやお前は…」
「はじめまして。私はレベッカ・オルソンと申します。妖精と友愛を結ぶアヴァロンの魔女ですわ。ロイセンの方であればご存じかもしれませんわね」
「なっ。お前が『男を破滅させる女』かっ」
「個人的には『傾国の美女』の方がお気に入りなのですけど」
レベッカは嫣然と微笑んだ。
「お前のせいでオレは傭兵などに身を落とすことになったのだ!」
「あら粛清されたアドルフ王子の家臣だったのでしょうか?」
「お前がアドルフ王子を誘惑さえしなければ、オレはいまでも誇り高きロイセンの騎士であったものを!」
「実に不愉快な言いがかりですね。私はあの方を拒みこそすれ、誘惑したことなど一度もございません」
レベッカが憤慨する。これにはサラも黙っていなかった。
「婚約者がいる女性を側室として求めるなど、そちらの王子の頭と下半身がユルいだけではありませんか。そんな男に仕えていたことには同情を禁じえませんが…」
「オレを侮辱するのか」
「雇用主の依頼を達成できず、お金のために婦女子を誘拐しようとするなど、恥というものをご存じではないようですね。誇り高き騎士が聞いて呆れます」
寝不足による機嫌の悪さも手伝って、サラはかなり怒っていた。
「女の癖に男に向かってなんと身の程知らずな!」
『あらら。どうやら怒って本性がでてきたみたい。この男は雇われただけの傭兵じゃないようね。きっといろいろ知っているはず』
「その物言いは、ただの傭兵ではなさそうですね。ロバート卿、この男は騎士団で尋問すべきかと存じます。おそらく、いろいろ知っているかと」
「そうだね。ソフィアの言う通りにするよ」
「くっ…」
男は悔しそうに顔を歪め、舌を噛み切って自決しようとした。しかし、サラはあっさりとその男を治療してにっこりと笑った。
「ふふっ。そんなに簡単に死ねると本気で思っていらしたのですか?」
先程のレベッカのようにサラも嫣然と微笑んだ。授業の成果はバッチリのようだ。
「そういえば、先程女の癖に身の程知らずと仰いましたよね? あなたはその女に指一本触れることなく昏倒させられ、身ぐるみを剥がされ、ほんの少しの侮辱に耐えられずペラペラと元の身分を明かしたのです。ロイセンの騎士の矜持とはその程度のものなのですね。あなたを信じていた部下の傭兵たちは、あなたの目の前で苦しみながら死ぬことになるでしょう。あなたは自分の意思で死ぬことすら許されません。なんと無様なのでしょう。それが殿方の生き様というのであれば、私は身の程知らずな女に生まれて本当に良かった」
サラは男を戒めていた縄を、風属性の魔法で断ち切った。
「縄は切りましたが、あなたはどうされますか?」
すると、男は男爵の腰にあった剣を引き抜き、サラに向かって走り寄ってきた。サラは剣を持った男の右手を手首からスパッと切り落とし、両足を膝の下から切り離した。
「ぐがぁぁぁぁ」
右手と両足から大量の血を噴き出して男は倒れた。しかし、サラはその男を、再び元の状態にあっさりと治療して見せた。
「だから簡単に死ねないと申しましたでしょう? まだやりますか?」
惨めに倒れ伏した男は、立ち上がりながら自分の両手と両足の状態を確認する。周囲に血は残っているが、切り離されたはずの右手と両足は肉体を再構成する際に使用されたため、その場には落ちていなかった。離れた位置に落ちていた剣を、男爵が拾い上げて鞘に収めたことで、先程の光景が夢ではないことを男の脳裏に焼き付けた。
そして、男の心はポッキリと折れ、この後に行われた騎士団の尋問に対し、男は知る限りの情報を洗いざらい話した。
なお、このとき周囲の男性陣もソフィアの姿をしたサラにドン引きし、陰でソフィアのことを『男の心を折る女』あるいは『絶望の女神』と呼ぶようになる。
これはサラの自業自得なので仕方がないだろう。明らかにやり過ぎである。
後にロバートとレベッカに『何故あんなことをしたのか』と問われたサラは、こう答えた。
「えっと…治せば問題ないかなって」
当然のことながら、『心は治らないので大問題だ』ということをレベッカに滾々と説教されることになる。