同情はいらない
「そこにいるなら出てこい」
ロバートが声を掛けると、荷台から10歳くらいの少年が顔を出し、そのままぴょんと飛び降りた。サラが水属性の魔法で洗浄したので、身体は綺麗なのだが、髪はボサボサで、服もボロボロだった。
実はベンジャミンも同様にボロボロだったのだが、彼はロバートが気を利かせて積んでおいた替えの服に着替えていたため、威厳を損なうような恰好にはなっていない。
『寝てるときはもっと幼く見えたけど、意外としっかりしてる感じだな』
「お前は、あの傭兵たちの仲間なのか?」
「あまり認めたくないけど、その通り」
「お前たちはどこから来たんだ?」
「あの傭兵たちは金さえ払えばどこにでも味方する。今回はたまたまロイセンの貴族が雇い主だっただけだ。それ以上はオレも知らない。あいつらが飲みながら話してただけだし」
「お前は傭兵なのか? その若さで」
少年は頷いた。
「たぶんオレはあいつらに攫われてきたんだと思う。すげーガキの頃だったからあんまし憶えてないけど。で、下働きっていうか、奴隷みたいに働かされてた」
『え、攫ってきた上に児童虐待?』
「けど、あと何年かしたら、金持ち女に売り飛ばすって言われてたから、そうなるのをずっと待ってた」
改めて見てみれば、確かに少年は綺麗な顔立ちをしている。ボサボサの頭を整え、ちゃんとした服を着せれば、美少年と呼べるかもしれない。黒髪と紅い瞳など、彼が纏う色彩もなかなかに綺麗である。
そんな少年の説明を聞いて、周りの大人たちは悲しい気持ちになった。アヴァロンでは人身売買は禁止されており、奴隷を個人が所有することも認めていない。犯罪者に苦役を課すため国は犯罪奴隷を所有しているが、他国に売り飛ばすようなことはなく、恩赦が与えられて平民に戻ることすらある。
「こんな子供になんてことするんだ」
「ですが、その子供はなかなかの脅威なんですよ」
「どういうことだい?」
ベンジャミンが苦笑しながら話し始めた。
「暴徒の後をつけていた私は、枝を拾っていたその小僧に見つかってしまったんですよ」
「うん。焚き木になる枝を拾ってたら、そのおっさんがいたんだ。敵に捕まったら殺されるって思って、オレは逃げようとしたんだけど」
「私はこいつに騒がれたら傭兵たちに見つかると思いまして、その小僧を羽交い絞めにして口を塞いだんです」
「ほう。ベンにしては素早いな。文官のくせに」
『いや、そこ感心するところじゃないから! 子供相手になんてことするんだ』
「で、オレは『殺される』って思って、咄嗟に火属性の魔法を使っちゃったんだ」
「は? お前は魔法が使えるのか?」
「普段は竃に火を起こすくらいの小さい火の玉くらいしか出せないんだけど、あんときオレすげー怖くて必死で……」
『あー、なんかわかった』
「要するに、この火災の原因は、あなたの魔法暴走なのね?」
「たぶん…ソウデス」
サラの指摘に少年の声がだんだん小さくなっていく。
「まぁ、お前をどうするかは後回しだな。それに責任の一端はベンにもあるだろう?」
「その通りですね。反省しております。この罰は如何様にも」
「そういうのも全部後回し。今はこの危機を切り抜けないとヤバい」
ロバートの言う通り、100名を超える傭兵たちがぐるりと自分たちを囲んでいるのだ。
『でも、彼らの目的はなんだろう? なんで私たちを攻撃するの?』
「ねぇ、そこの君…って名前聞いてないわね。あの人たちの目的を知ってる?」
「オレに名前なんてないよ。オイとか小僧としか呼ばれたことない。で、あいつらの目的は暴徒を制圧にきた騎士団を背後から襲うことだったはず。どうせ大した人数は来ないはずだから、全滅させたら略奪し放題だって騒いでた」
「なっ。略奪だとっ」
これにはウォルト男爵邸の使用人たちが憤った。
『略奪が目的? だったらなんでこんな貧相な荷馬車を襲うの?』
「彼らは不意打ちに失敗したわけですよね。しかも森林火災のせいで、騎士団も大勢やってくることは彼らにもわかっているはずです。なのに逃げないというのが、どうにも解せないです。略奪が目的だとすればウォルト男爵邸を襲う方が確実ですよね」
サラの呟きにロバートが反応した。
「狙いはレヴィとソフィアじゃないかな」
「私たちですか?」
「うん。彼らは君たちが治療してるのを見てたんだと思う。僕らが戻ったときに人影を見かけた気がしたんだけど、こっちは急いでたし、気のせいかもしれないと思って」
「つまりその人たちが、仲間に私たちの存在を知らせたわけですね?」
「たぶんね。ウォルト男爵邸には遅かれ早かれ騎士団がやってくる。正面から相手にできるほど彼らの人数は多くない。本来なら急いで逃げるべきなんだろうけど…」
そこに少年が口を挟んだ。
「あいつらは金があればすぐに使うから、いつだって金欠なんだ。今回は仕事に失敗して報酬は貰えないはずだし、手っ取り早く金になりそうなお姉さんたちを捕まえて売り飛ばそうってするかも。もしお姉さんたちが貴族なら、身代金をとれるかもしれないし」
「なるほど。そういうことね」
サラはロバートの方を振り返って質問した。
「騎士団はいつ頃到着すると思われますか?」
「早くても夜明けだろうね。結構な人数の行軍になりそうだし」
「いまの時間はわかりますか?」
ロバートは懐から時計を取り出し、光の玉に翳して時刻を確認する。
「深夜だね。ちょうど日付が変わった頃だ」
「それではかなり待たないといけませんね」
「そうなるね」
サラとレベッカは視線を合わせ、ニヤリと笑った。どうやらサラと一緒にいると、レベッカも淑女の皮を置き去りにしがちのようだ。
「ところで少年、傭兵たちの正確な人数わかる?」
「森にいたのは、オレをいれて96人。暴徒の中に紛れてたのが28人だ」
「あら、120人を超えてるのね」
サラはしばし考えこみ、レベッカに声をかけた。
「レベッカお嬢様、妖精に頼んで外の人数を数えてもらったりできますか?」
「暗いし、どうかしら。聞いてみるわ」
しばらく待つと妖精たちから声が返ってきた。
「132名いるそうよ」
「あら? 傭兵の数より多いですね。猟師も交じってるのかしら。でもまぁ、誤差の範疇ですね」
サラはロバートに向き直り、実に黒い笑顔を浮かべた。
「ロバート卿、やっちゃっていいですか?」
「え、サ…ソフィアが?」
「皆様の協力は必要になりますけど」
「どうしてもやるのかい?」
「そろそろだいぶ眠いのです。眠ったあとに、ここを維持できる保証がありません」
実はちょっと嘘である。土属性の魔法でこの場を形成しているが、一度作り出したものは、もう一度魔法で崩さない限り、そのままの形で残るのだ。サラはそのことを知っていたが、どうにも少年を虐待した傭兵たちが許せなかった。
「それは怖いね。わかった。ソフィアの好きにしていいよ。僕らは何をすればいい?」
「では、彼らを昏倒させて一時的に拘束しますので、その間に全員の手足を縛ってもらっていいですか?」
「はぁ!?」
サラはにっこりと微笑んだが、周りの大人たちは『何言ってるんだコイツ』といった目で見ている。
「ではいきますね」
サラはドームの周囲を風の壁で覆い、さらに傭兵たちがいる範囲の外側も風の壁で囲った。目には見えないので傭兵たちには気づかれないはずだ。
そして傭兵たちがいるエリアに向け、一気に炭酸ガスを大量に吹き付けた。
『どれくらいの量なら大丈夫かわからないのよね。うっかり死んじゃったらごめんね。でも、私たちを攫おうとしたんだから仕方ないよね』
ものの1分ほどで、傭兵たちはバタバタと倒れ始めたため、サラは倒れた人から順番に土属性の魔法で地面に貼りつけていく。10分と経たずに、周辺には誰も立っている人がいなくなった。
『いやぁ二酸化炭素中毒って怖いなぁ。あれ?酸素欠乏症だっけ? まぁどっちでもいいか』
全員を拘束し終えたサラは、外側に作った風の壁を消し、しばらく待ってから内側の壁も消した。次に土属性で作った土台とドームを元に戻し、大人たちに彼らを縛るように依頼した。
「こんな人数を縛る縄がないよ!」
「言われてみればそうですね。じゃぁ、彼ら自身が着ている服を拝借しましょう」
サラは魔法で傭兵たちの服を丈夫な縄に変化させていく。
「ソフィア…容赦ないね」
「だって私たちは攫われるところだったんですよ? そうじゃなきゃウォルト男爵邸が略奪されてたかもしれませんし?」
「確かにそうだね」
サラはウォルト男爵邸の使用人たちの方を振り返って言い放った。
「ウォルト男爵邸で略奪を働こうとしていたヤツラに、同情はいりますか?」
「「「「「いりませんっ!」」」」」
結果、略奪や誘拐を計画していた傭兵たちは、攫おうとした女性に身ぐるみを剥がされ、略奪しようとした邸の使用人に縛り上げられたのであった。
そこにひょこっと先程の少年が顔をだした。
「お姉さんすごいね!」
サラは少年の方を振り返って言った。
「ありがとう。少年。でも、あなたは服を着た方が良さそうよ? 多分荷台になんかあるはずだから」
指摘されて少年が俯くと、さきほどまで辛うじて身に纏っていたはずの服が綺麗さっぱりどこかになくなっていた。
「&$(#@!!」
声にならない叫びをあげ、少年は荷車の荷台に飛び込んだ。
『まぁ、あれだけ炎に炙られてたらねぇ…』
当然だが、サラは中身がアラサーなので10歳の少年が全裸でも、なんら動揺することはなかった。




