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妖精の恵みと教養

翌朝、朝食を終えると、ガヴァネスであるレベッカの到着が知らされた。


「はじめまして、レベッカ先生。サラ・グランチェスターと申します」


サラは緊張しながら、失礼にならないよう、なるべく丁寧な言葉を使って挨拶をした。見様見真似ではあるもののカーテシーもしてみる。


「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。ガヴァネスを務めさせていただくレベッカ・オルソンと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


明るいブロンドを緩やかに結い上げたレベッカは、とても美しい女性だった。ややハスキーな優しい声、落ち着いた雰囲気のドレス、そしてなにより優し気な微笑みが彼女を魅力的に見せていた。そしてカーテシーはサラよりもずっと優雅であった。


「レベッカ先生は、父やロバート伯父上の幼馴染と伺っていたのですが本当でしょうか。そんなお歳には全く見えないのですが」


アーサーは生きていれば今年で27歳のはずで、ロバートは30歳だ。しかし、レベッカはどう見ても10代後半にしか見えない。


「まぁ、サラさんはお上手ね。実はアーサーと同じ年ですのよ」

「ええっ!? 嘘ですよね」


実は王都の伯母はロバートの一つ上だったはずで、比べてしまうとレベッカが驚異のアラサーであることは明らかある。


「うふふ。ありがとう。でもね、ちょっとだけ秘密があるの」

「秘密ですか?」

「私には妖精の友達がいるの」

「うわぁ素敵! では、妖精の恵みを受けられているのですね」

「あら、サラさんは妖精の恵みを知っているのね」


妖精の恵みとは、契約した人間の老いる時間を緩やかにする妖精の魔法である。妖精は稀に気に入った人間と契約を結んで力を貸し与えるが、人間は妖精よりも寿命が短いため、妖精は少しでも長く一緒に居られるよう魔法をかけるのだ。


不老不死になるわけではない。ゆっくりではあるが確実に年は取るし、病気や怪我を防ぐ効果はないので、必ず長生きするわけではない。

しかし、若々しい外見をいつまでも保ちたいというのは多くの人間の願いでもあり、腕の立つ冒険者を雇って妖精を探す王侯貴族は後を絶たない。


「いいなぁ。私も妖精さんに会ってみたいです」

「では、そのうち私のお友達を紹介しますね。ですがサラさん、初対面で相手に年齢を尋ねるのはマナー違反ですわよ」


どうやら、すでにマナーの授業は始まっていたようである。レベッカはにっこりと少女のように微笑みながら、サラの指導を開始している。


「も、申し訳ございません」


サラは慌てて謝罪する。そういえば前世でも年齢を意識する国もあれば、聞くことが失礼にあたる国もあった。


『そういえば日本は比較的年齢を気にする感じだったけど、欧米では年齢の質問は避けていたような気がする。あ、でもアフリカの国だと、めっちゃ聞かれたかもしれない。やっぱり文化の違いは気をつけないとダメね』


商社勤務で海外出張が多い部署にいると、その国の文化を知ることがとても重要であり、下手をすれば命に係わることもあるということを、前世のサラは入社当時から先輩たちに教えられていた。


「いいのよ。ゆっくり覚えていきましょうね」

「はい。レベッカ先生」

「ふふっ。実は私もガヴァネスは初めてなの。手探りになっちゃうかもしれないけど、私が知っていることを可能な限り教えるつもりよ。一緒に頑張りましょうね」

「よろしくお願いいたします」


挨拶を終えた二人は、天気が良いことから庭にある東屋のひとつでお茶を飲みながら、今後の予定について話し合うこととした。


「サラさんは下町で育ったと伺ってましたけど、言葉遣いは丁寧ね。少し練習すれば侯爵令嬢として問題ないでしょう」

「まぁ、本当ですか?」

「ええ本当よ。ただ、会話の選び方や、貴族特有の言い回しなんかは覚えないとね」

「それは広く知識を学ばねばならないということですね」

「サラさんは聡明ね。相手の地位、家族構成、お家の事情などを知らないと会話するのは難しいわ。それに、歴史、文学、演劇、花言葉などの知識がないと、相手に褒められているのか、それとも嫌味を言われているのかもわからない。つまり教養が必要ってこと」


『確かに前世でもパーティーがあるたび、出席者の情報を確認してたなぁ。商談相手の家族の趣味まで調べてる先輩もいたっけ。派閥関係とかも面倒だったな』


「とても大変そうです。私にできるのでしょうか」

「子供のうちは見逃してもらえることも多いでしょう。でも、無知なせいで相手を傷つけてしまうこともあれば、嫌味を言われても気づかないほど教養がないと思われるかもしれない。そういう失敗が続くと、貴族社会で生きていくのは辛くなってしまうの」


その感覚はサラにも理解できた。前世でも"いわゆるセレブな方々"のパーティでは、オブラートに包んだ嫌味の応酬をたびたび見かけたものだ。もっとも自身はあくまでも商社の社員に過ぎないため、横から淡々と眺めていただけではあるのだが。


『アレの当事者になるってこと!? うわ、超面倒!!!』


「だんだん怖くなってきました」

「そうならないよう、貴族家は子供のころからお勉強するのよ」


ちょっと憂鬱になったサラであった。

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