禁猟区と木こりと猟師
「それで、ベンさんの従妹の方の容体はいかがなのですか?」
「いや、それほど酷いものではなく、足を挫いた程度だそうだ」
「それはひとまず安心ですが、ご令嬢が怪我をされるなど確かに尋常ではありませんね」
「狩猟場の管理に関係する怪我でもありますし、グランチェスター家からもお見舞いをお送りしたほうが良さそうですね」
「そうだね。女性の喜びそうなものをいくつか…ってサラ、レヴィは一緒じゃないの?」
不思議そうな顔をするロバートに、サラは答えた。
「伯父様、今気が付かれたのですか?」
「てっきり後から来るのかと思ってたんだ」
「今日は授業が中止になりました。レベッカ先生は、少々頭が痛むとのことで」
「えっ! レヴィが病気!?」
ロバートは突然慌て始めて、ソファから立ち上がった。
「その、私の行動のせいで、レベッカ先生は頭を抱えられただけなのですが…」
とサラが発言した時には、既にロバートは執務室を飛び出していった後だった。それを横で見ていた侯爵がぼそりと言った。
「それでサラ。今度は何をやらかしたんだ?」
「なんとも説明しづらいので、本日の執務後にでも…」
「ふむ…また人払いが必要そうな内容か」
「その方が良さそうです」
「まぁ良い。今日はお前のピアノで心を落ち着けてから聞くとするか」
「それでは、祖父様がまだ聞いたことのない曲にしますね」
「そうか。楽しみだな」
それからは和やかな昼食となった。ロバートは早々にレベッカから部屋を追い出されたらしく、すごすごと執務室に戻ってきた。
「病気じゃないって部屋にも入れてもらえなかったよ」
「最後まで私の説明を聞かずに飛び出すからです」
「だけど、レヴィは相当青ざめてたよ。いったいサラは何をやらかしたの?」
「それは今夜にでもお話します。祖父様ともお約束をしましたので」
「そっか」
ロバートはテーブルの上に残っていた食べ物を綺麗に平らげた。どうやら走り回ってお腹が空いていたらしい。
「ところで、サラならこの問題をどうやって処理する?」
「うーん。暴動に関する処罰と、木こりと猟師の待遇は分けて考えますね。木こりと猟師の待遇については、2つほど提案がございます」
「申してみよ」
「一つ目は、木こりが身を守るために狩猟場内で狩った獲物については、木こりのものにはせず、必ずウォルト男爵に納めさせることを徹底することですね。それと、どのエリアで、どのような状況に陥ったから狩らざるを得なかったのかについても報告義務を負わせるべきでしょう」
侯爵はしばし考えこむ。
「ウォルト男爵はその獲物をどう処分すべきだと思う?」
「売却益はすべて領に納めさせるべきでしょう。もともとウォルト男爵には、管理費を領から支給しているのですから」
「でも、それだと木こりから不満がでるんじゃないかな?」
ロバートが意見を述べる。
「もちろん出るでしょう。ですが、もともと禁猟区の特例に過ぎません。いつまでも不満に思うようであれば、木こりを辞めていただくほかないでしょう」
「なるほど。違法な狩猟を辞めさせるにはそうするしかないか」
サラは頷いた。
「して、二つ目の施策は?」
「狩猟場の一部を、猟師に開放すべきかと。宿屋や放牧場などの施設に近いエリアであれば、危険もかなり減らせるのではないでしょうか? 魔物ならともかく、多くの野生動物は基本的に人間を避けます。餌が不足しなければ人里に降りてくることは少ないと思うのですがいかがでしょう?」
「うーむ。畑ではシカの被害もかなり多いのだが」
「であれば、畑の近くでも狩猟可能なエリアを増やしましょう。ある程度の獲物が確保できるのであれば、猟師が専業でもやっていけるのではありませんか? 理想は木こりとの兼業ではありますが」
「サラの提案は理解した。私も狩猟を許可するエリアを設けることは考えていたが、木こりの獲物を取り上げることまでは考えていなかったな」
「取り上げるって、私が木こりの皆さんにヒドイことしてるみたいじゃないですか!」
「実際取り上げるのであろう?」
「それは、猟師の方との公平性のためです!」
「ははは」
「ところで、暴動には厳しい処罰を与えるべきって言ってたよね」
「はい。怪我人が出ているようですから、暴力事件として厳正に処罰することは大切だと思います。それに、『暴動を起こせば自分たちの意見は通る』などと領民が考えるようになることの方が怖いです」
「なるほど」
「ですが、領民が為政者や他の領民に意見を伝える手段を失わせたくはありません」
「意見を伝える手段?」
ロバートは首を傾げた。何を指しているのかを理解していないようだ。
「集会を開いて窮状を訴える、領都など人が多いところを行進して不満を訴える、ビラなどを配るといった抗議活動は、禁止すべきではないと思っています」
「しかし放置すれば暴動に発展するではないか。そういう集団の行動は、王都でも早い段階で解散させるのだが」
侯爵はこうした民の集団行動を危険視しているようだ。
『そうなんだよねぇ。この国は民主主義ではないから、集会やデモは違法とされるのが普通っちゃ普通なんだよ。だけど民衆の不満を弾圧するのは凄く危ない気がする』
「領民の意見に直接耳を傾けるのは大切だと思われませんか? 彼らの不満がどこにあるのか、何故生じているのかを見極め、冷静に対処することは為政者の責務とは考えられませんか? もちろんすべての不満をなくすことはできません。ですが、より良い統治を目指すのであれば、そうした場を設けるべきでしょう」
「ふむ」
「集会や行進が暴動に発展しやすい側面を持っていることは理解しています。多くの民衆の前で行う集会や行進は、事前に許可を取るよう法整備を進めるべきでしょう。安全のために騎士団を事前に配置することもできますしね。それに、許可されていない集会などは違法なのですから、堂々と取り締まることができます」
「堂々と許可を申請できないような活動は、違法性が高いと判断できるわけだな?」
「それもありますが、申請された時点で、どういった集団がいて、どのような不満を訴えているのかがわかるではありませんか。早めに対処できる可能性も高くなります」
「なるほどな」
「お前の意見はよくわかった。大変参考になったぞ」
「拙い意見ではございますが」
「うーむ。それを拙いと言ってしまうか」
侯爵やロバートだけでなく、文官たちも苦笑を浮かべている。
なお、文官たちはサラたちに聞こえないように小声で会話をしていた。
「アカデミーの教授たちと議論のテーマにしてもよさそうな話だよな」
「いやぁ8歳のサラお嬢様にそれをやられたら、アカデミーの学生たちが恥じ入って登校拒否するかもしれないぞ」
「確かに!」