真夜中の魔法少女
ちょっぴり恥ずかしい晩餐を終えて自室に戻ったサラは、マリアに手伝ってもらって夜着に着替えた。最初の頃は着替えを手伝ってもらうことに気兼ねもあったのだが、否応なく慣れた。なにせ貴族のドレスを一人で着るのはとても大変だからだ。
ベッドに横になりながら、サラはミケに声をかけた。
「ねぇミケ。服を脱がないと大人になったときに困るんだよね?」
「うん。だって服は大きくならないもん」
「勝手に服も着替えたりできないかなぁ」
「無理に決まってるじゃない。サラって頭いいのにバカよね」
ミケは、もそもそとサラのベッドに潜り込んで答えた。
「ソフィアの時はサラと違う年齢になったほうがバレにくいかなって思ったの。でも、サラとソフィアをすぐに交代させないとダメ! みたいなときに困ると思うのよ」
「妖精の恵みを便利機能みたいに言わないで欲しいわ」
ミケはぷんすか怒っている。
「ごめんごめん」
ポチも現れて、サラのお腹の上で伏せの姿勢を取った。
「それって、妖精の恵みで大きくなったり小さくなったりしても、洋服を着てる状態にしたいってことよね?」
「うん」
「妖精の恵みじゃ無理だけど、サラの魔法を一緒に使えばいけるんじゃないの?」
「ん? どういうこと?」
ポチはふわふわと浮き上がり、窓の近くに置かれた花瓶に近づく。前足を花にちょんと乗せると、花はみるみる形を変えて1本の糸に変わった。
「要するに、服ってほとんどが植物でできてるってこと。まぁ、一部は金属だったり、革や獣毛だったりもするけど」
「そうだね」
「サラができあがりをイメージできるんだったら、木属性の魔法で木綿や亜麻でできた服をつくれたりしない?」
「えっ、そんなこと試したことないんだけど」
サラはベッドを降り、姿見の前にいって夜着姿の自分をまじまじと眺める。夜着の布は木綿100%で、縫い糸も木綿だ。
『なんかいけそうな気がしてきた』
「ドレスになーれ」
呪文にそれほど意味はないのだが、言葉を発した方がイメージを補助しやすいことにサラは気づいていた。とはいえ、中二病っぽい詠唱はしたくないというのが本音だ。
次の瞬間、夜着が靄のように変化してサラの体に巻き付き、シュルシュルと昼間に着ていた外出着のドレスのデザインへと形を変えていった。体感的には10秒程で変化が終わったように感じられたが、あくまでも体感なのでもっと早いかもしれない。あるいは遅いかもしれないが。
「うわー。できたよ! ポチ凄い!」
「うーん。できたのはいいけど、これはちょっとまずいんじゃないかしら」
夜着はリボンなどの飾りが無いシンプルなデザインなので、昼に着るドレスと比べると布が少ない。そのため布が足りなくなり、非常に丈の短いドレスになってしまったのだ。辛うじて裾が踝の位置まであるロング丈の夜着だったので、超ミニのドレスといった風情でおさまっているが、大人のドレスに変化させれば、破廉恥極まりない格好になってしまうだろう。
「圧倒的に布が足りないかな…」
「そうだね」
ポチがしょんぼりしていると、ミケがベッドの中から顔を出した。
「それなら布を持ち歩けばいいんじゃないの?」
サラは布を持ちあるく情景を想像してみた。ソフィアの年齢をいくつにするかはわからないが、貴族のドレスに必要な布素材ともなれば、かなり嵩張るだろう。
「そんなに沢山の素材を持ち歩くのは無理だよぉ」
「どうして?」
「いつも大きな荷物を抱えて歩く女の子になっちゃう」
「あれ? サラって収納魔法をまだ使ってないの?」
「は?」
『待って待って。収納魔法って、異世界転生のテンプレのアレよね? 鑑定と並ぶ超チート能力の一つじゃない!?』
「ミケ、この世界には収納魔法があるのね?」
「あるわよ。無属性の魔法だから、滅多に発現する人いないけど」
「そんなに希少なの?」
「うーん、ここ300年くらいは見てないかも。そもそも保有魔力で収納できる量が決まるせいで、魔力の多い人じゃないとまともに使えないのよ」
『希少能力過ぎる!』
サラはベッドに置いてあった枕を掴み、脳内で何もない空間に収納場所があることをイメージした。
『あ、なんかできるような気がしてきた』
サラは更紗時代に務めていた会社の倉庫、倉庫に導入されていた物流用の産業用ロボットなどを想像していた。つまり、収納しておけるだけではなく、迅速にモノを探し当て、適切な相手に届ける仕組みもセットで想像したのだ。
さっそくサラは手元にあった枕を収納することをイメージした。すると手元にあった枕は瞬間で消え去り、次に枕を取り出すことをイメージしたら取り出すことができた。
「ミケ~、あっさりできちゃったみたい」
「サラならできるって思ってたよ」
「ありがとう!」
さっそくサラは部屋の中にあるシーツやカーテンを収納し、取り出すのと同時にドレスを作り出す訓練をしてみた。
「うーん、なかなかドレスを細部までイメージするのは大変かも」
「「がんばれー」」
ミケとポチがサラの周りをくるくる回りながら応援する。そして2時間ほど経ったところで、無事にドレスに変化させることに成功した。
「できたーーーーー」
全力でサラが喜んでいると、不意にミケが言った。
「ねぇサラ。最初からドレスを収納しておけばよくない?」
「あ…」
サラが直接ドレスを仕舞うことを想像できなかったのは、グランチェスター家に来てからサラは自分自身の手で着替えができなくなってしまったことに原因がある。
平民時代のサラは、着替えを一人で済ませることができた。その頃着ていた服は、下着の上にワンピースを着て、さらにその上から上着やオーバースカートを重ねるといった感じの服装だった。母親のアデリアは布製のコルセットのようなものを着けていたが、紐は前で締めるようになっていたので、やはり一人で着替えていた。
しかし、グランチェスター家で用意されたドレスは、普段用の簡易なものでさえ、メイドの手を借りなければ着ることができなかった。慣れればできるのかもしれないと考えたことはあるのだが、やたらと紐は多いし、いろんなパーツがある。ちなみに大人の女性のドレスだと、金属のピンで留めたり、下手したらその場で体に合わせて縫い留めたりすることもある。
おかげで更紗の記憶が蘇った今も、このドレスを一人で着替えられる気はしない。いや、更紗の記憶があるからこそ、ゴムやファスナーの便利さと比べてしまうのかもしれない。
『あれ、もしかして魔法があればドレスを一人で着替えられるようになるかも?』
サラはクローゼットを開けて仕舞ってあるドレスをじっと見つめ、布を変化させるのと同じようにドレスを身に纏うことをイメージしてみた。最初はなかなか上手くいかなかったが、試行錯誤を数回繰り返した後、一人で着替えができるようになった。
『やばい、これ超絶便利!』
サラはこれまでの経験から、一度成功してしまえば、以降はスムーズに魔法を使えるようになることを知っていた。つまり、サラは歌舞伎役者もビックリな瞬間着替えをマスターしたのである。
そして、いよいよミケの出番となった。
「サラは何歳になりたい?」
「ひとまず16歳かな。成人の年齢だし」
「わかったわ」
ミケはぴょんとサラの頭の上に飛び、頭上をくるくると回りはじめた。ミケが飛び回っている軌道からは光の粒が零れ落ちる。その光の粒がサラに触れた途端、サラの体は内側から熱くなり、視界も高くなっていく。
サラは慌てて自分の服を靄状に変化させて身体の周りに纏わせた。
「はい。おしまーい」
ものの数秒であっさりと成長は終わった。サラが鏡を見ると、背の高い美少女が立っている。ひとまずサラはシーツとカーテンを変化させて簡素なワンピースに着替えた。
『あ、予想以上に胸がある。ウエストほそーい』
成長した自分のスタイルが良いことに、サラは気を良くする。
「凄いよミケ! ありがとう!」
「どういたしまして。それにしてもサラってすっごく美少女になるのね。今も綺麗な子ではあるけど」
ポチもふわっと浮いて、サラの背後から鏡を覗き込んだ。
「ねぇねぇミケ。サラが美女になったのも見たくない?」
「見たーい」
妖精たちははしゃぎ始め、サラの年齢を適当に変え始める。結局、肉体年齢が還暦近くなっても、サラは美人と呼ばれる容姿であることを知るに至った。シワがあっても美人とか、なかなか卑怯な身体である。
「私の理想は可愛いおばあちゃんだったんだけど、綺麗なおばあちゃんになるってことがわかったわ」
「それ自分で言う?」
「たぶん、この姿を見る人はそんなに多くないと思うの。だから言うのは自分しかいないと思って」
「なるほど」
ふとサラは思いついた。
「ねぇミケ。肉体年齢を変えられるなら、髪の色や瞳の色は変えられる?」
「それはできないかな。私はモノの時間を操作できるけど、変身させてるわけじゃないの。サラはサラにしかなれないわ」
「なるほど。でも、年齢が変わるだけでもすごいよ!」
「ふふんっ」
ミケはドヤ顔である。そんなミケに、ポチも楽しそうにじゃれついた。
なお、この遊びは深夜まで続き、サラは疲れてソファーにうつ伏せで寝てしまった。辛うじて元の年齢に戻って夜着に着替えていたが、シーツやカーテンはそこらに放り出しっぱなしであったことから、翌日部屋に入ってきたマリアは相当驚くことになる。
マリアはこのことをレベッカに報告したため、レベッカは目を覚ましたサラに事情を確認した。サラは素直に夜中に妖精と遊んでいたことを伝えると、レベッカから長時間お説教されることになった。
そして、サラが肉体年齢の操作、収納魔法、着替え魔法などについても報告すると、レベッカは頭を抱え、「今日はお休みにしましょう。サラさんも寝不足でしょうから」と言って、部屋を出て行った。
『どうしよう…レベッカ先生に呆れられちゃったかも!!』
実際のところ、レベッカはこれらの魔法が外にバレない方策を考えるために休みにしただけである。そして、サラの心配は、とても『今更』であった。