侯爵との話し合い 2
「それより、お前はどこまで自分の能力を明らかにするつもりだ?」
これを問われるのは仕方がないとサラも思っている。非常事態だったとはいえ、能力をあまりにも多くの人に見せてしまったからだ。
「なるべく隠しておきたいという気持ちはあったんですが…」
「まったくそうは見えないが、まぁ気持ちだけはあったということか」
「不徳の致すところです」
嘆息しつつもレベッカはサラをフォローする。
「困っている人を放っておけないサラさんの性格のせいかもしれませんね」
「そうだね。激務で倒れていく文官たちを放っておけなかったのを見てわかってたよ。僕たちの指示に従うだけでも良かったのに、ゼンセノキオクを使いまくりだったし」
「もう少し考えてから行動に移していただきたくはありますけどね。サラさんは、考える前に行動しちゃうようなところがありますから」
『うっ、耳が痛い…。でもさ、あのまま放置してたら絶対終わらないって…』
「妖精のお友達がいることは隠せなくなるでしょう」
「時間の問題だよね。サラがいくつくらいで年齢を止めてしまうのかはわからないけど。10年ちょっとくらいかな?」
「外見だけならそうでしょうけど、サラさんの性格を考えると隠しておくのはかなり難しいのではないかしら」
「あぁ、まぁ確かに。ぽんぽん種やら苗やらを取り出すしね」
『ぐぬぬ…。否定できない。だって便利なんだもん。チートだけど』
レベッカにもまだ伝えていないが、ミケが協力すれば外見年齢を誤魔化すことは容易い。だがサラの性格が問題なのであれば、確かに隠しておくのは難しい。サラ自身もなんとなく自覚はしていたし、前世から変わらないこの性格が変わるとはまったく思えなかった。
なにせ更紗は残業している同僚を見かければ手を貸し、別チームのプロジェクトにトラブルが発生したと聞けば協力を申し出ていた。『ワーカホリック』と『世話焼き』が融合すると、プライベートな時間はどんどん削られていく。結果として恋愛からはどんどん遠ざかっていくのだが、更紗は死ぬまで気づかなかった。いや、死んでも気づいていないのだ。
「まぁそんなところだろうな。私もサラが能力を隠しておけるとはおもっておらん」
「そ、そんなに私って駄目ですか?」
「駄目と言うか迂闊だ。もう少し慎重に行動しないと、あっという間に王室に目を付けられるだろう。レベッカ嬢はお前のためにいろいろ手を回していたようだが、お前は考えなしに予想の上を行ってしまうからな」
「はい。申し訳ございません。レベッカ先生にも大変ご迷惑をおかけしました」
レベッカの方に向き直り、改めて謝罪した。レベッカも微苦笑といった表情だ。
「思い切って誰も文句が言えないくらい能力を見せつけてしまうという手もないわけではないのだけど、聖女みたいな扱いをうけることになりそうよね」
「王室よりも力を持っていると思われたら、グランチェスターが反逆の罪に問われる可能性もあるな」
「ひっ!」
サラは侯爵が『反逆』という恐ろしい単語を口にしたことに怯えた。この国で反逆の罪を犯せば一族郎党処刑である。
「まぁ反逆しても、こちらが勝って国を掌握すれば良いだけではあるがな」
侯爵は豪快に笑ってワインをぐびりと呷った。
「ま、まさか祖父様は国を欲していらっしゃるのですか?」
「サラはどう思う?」
「どう、と言われましても…できれば穏便に生きていたいです」
サラに向かってニヤリと侯爵は笑いかける。
「私もだよ。領を治めるだけでもこれだけ苦労するというのに国など冗談ではない」
「よかったぁぁぁ」
『すっごくびっくりした。祖父様のジョークのセンスは最悪だよ!』
「とはいえこのままでは王室から目を付けられてしまうのも時間の問題だろう」
「つまり、私に自重しろと仰っているのですね?」
すると、全員がサラを残念な目で見つめた。
「サラよ…、お前は賢いが鈍いな。先程のやり取りを綺麗に忘れてしまったか? お前に自重ができるくらいなら、最初からそうしていただろう。そろそろレベッカ嬢は匙を投げていると思わんか?」
「うっ! 薄々そうかなって思い始めていました」
レベッカがガヴァネスらしい口調で、改めてサラの置かれた状況を説明し始めた。
「本来、貴族なら魔法の発現や妖精の恵みを受けたことは慶事よ。継嗣となる男子が魔法を発現すればお披露目のパーティを開催するような家まであるくらい。そして、貴族女性であれば一気に結婚市場での価値が上がるわ。属性が多ければ多いほど希少性が高いから価値も上がるわ」
『うん、まぁそれには気づいてたよ』
「サラさんのお母様が平民でも、ロブの養子になれば貴族になるわ。複数属性の魔法発現という付加価値がつけば、いろいろな家から縁談が舞い込むことになるわ。『普通』ならね」
「つまり、私は『普通』ではないわけですね」
「まさか普通だと思っていたわけではないでしょう? 全属性魔法への適性、王族と比肩する魔力量、しかも妖精の恵みによって強大な力を長期に渡って行使できるのだから」
ロバートと侯爵も話に加わった。
「サラの能力はそれだけじゃないよね。ゼンセノキオクでさまざまな危機を乗り越える力がある。僕らも助けられたしね」
「うむ。今回の麦角菌に関しても、大事になる前に対処ができたからな。下手に放置していたら、小麦も全滅していたかもしれん。国や領を治める上で、貴重な知識を持っていることは、とてつもない価値を持っていることと同義だ」
『うーん。改めて言われると、私って本当にチートだわ』
「要するにサラさんは、とんでもなく高い付加価値を持っているのよ。すべての能力を知られてしまえば、王室もサラさんを放っておくことはできなくなる。本来、グランチェスター家であれば将来の王妃として候補に挙がることも可能ではあるのだけど…」
「私の母が平民だから、王妃は無理ってことですよね?」
「ええ、その通り」
「後宮で窮屈な思いをして生きるのは絶対にイヤです! ついでに奥さんを2人以上持つ男性と結婚するのもイヤです」
「気持ちは分かるわ。私もたくさんの女性とふらふら遊ぶ男性なんてイヤですもの」
『あ、レベッカ先生ちょっと怒ってる? もしや伯父様、過去にやらかした!?』
「まぁ私も孫娘が後宮に囲われるのを好ましいとは思えんな。貴族であれば名誉と思うべきなのだろうが、どうにも、な」
「侯爵閣下は愛妻家でいらしたから。お二人は私の憧れでした。将来、こんな夫婦になれたらいいなってずっと思ってました」
「ノーラもレベッカ嬢が娘だったら良かったと言ってたよ」
「とても光栄です」
『そっか、祖父様と祖母様は仲の良い夫婦だったんだね。貴族でもちゃんと愛情に溢れた結婚はできるんだなぁ』
「少々話は逸れてしまったが、何にしてもこのまま無策でいれば、否が応でも王室とかかわりを持ってしまうことになるだろう。しかも、お前自身は自重ができん」
『自重できないことを完全肯定!?』
「まぁ自重できるのであればすべきではあるが、ここは最悪の状況を想定して動くべきだろう」
「はい…。申し訳ありません」
食事を終えた侯爵は、席を立ってサラの席のところまで歩いてきた。そして同様に食事を終えていたサラを抱え上げた。
『また抱え上げた!! なんで祖父様はそんなに抱っこが好きなのよ!』
「謝ることはない。サラはサラらしく生きれば良い。ただ、少々自由度を上げるための施策が必要になるだけのことだ」
「施策ですか?」
「うむ。お前が欲しがっていた別の身分を用意した。名前はソフィアだ。始祖の伴侶の名前でもある。要するに私たちの祖先だ。商会もソフィア名義で設立できるよう手配済みだ。商会の本店も領都に用意してある。お前は商会の名前でも考えておくと良い」
「本当ですか! 祖父様ありがとうございます!!」
「ふふ。礼を言うことでもなかろう。この商会にはグランチェスター領の危機を救ってもらわねばならんからな」
「領の備蓄ですね?」
「それだけではない。サラの知識でこの領の特産品を増やして欲しい」
「商会で取り扱う商品を自力で増やせということですね?」
「そうなるな」
侯爵は腕の中にいるサラと視線を合わせた。その表情は恐ろしく真剣で、サラは少しだけ恐怖を感じてしまった。
「サラが本気を出すのであれば、おそらく商会は注目されることになる。そして、その経営者であるソフィアも同じように多くの人の目を惹くことになるだろう。もしお前がその多才な能力を振るう場面に遭遇したら、可能な限りソフィアとして解決して欲しいのだ」
『要するに、不思議な力を持った謎の女性を演じるってことかな?』
「力を持っているのはソフィアで、サラは平凡な少女のままでいるということですか?」
「そうだ。周囲から舐められないために魔法の発現くらいは公にすべきだと思うが、全属性であることは明かす必要はない。妖精の恵みを羨む貴族はいると思うが、社交を最低限にしておけばそれほど騒がれまいよ」
「そういえば、レベッカ先生が、次のシーズンには、多分王都で子供たちのお茶会とか演奏会に参加することになるかもって仰ってました」
レベッカは侯爵とサラに向かって頷いた。
「ええ。アーサーは私たち世代の女性に人気がありましたからね。駆け落ち騒動も、随分と社交界を賑わせました。そのアーサーが亡くなったことや、娘を引き取ったことは必ず話題になります。リズの性格を考えれば、慈悲深い伯母の役を演じるため、必ずサラさんを社交の場に引っ張り出すでしょう」
「それはサラが僕の養女になってもかい?」
ロバートが口挟んだ。
「ロブが拒否すれば、リズが無理強いすることはできないでしょうね。だけど代わりにグランチェスター家がサラさんを不当に閉じ込めて、社交させないようにしているという悪い噂が流れてしまう可能性があるわ」
「そういうもの?」
「貴族女性は幼い頃から、少しでも良い家に嫁げるよう、社交の場に顔を出して評価を得ようとするのよ。狩猟の大会で素敵な男性に刺繍したハンカチを差し上げたり、剣術大会で飾り紐を差し上げたりするわ。あなたも沢山もらったでしょう?鼻の下を伸ばして」
「僕は鼻の下なんか伸ばしてないよ!」
『あ、なんかレベッカ先生の発言にトゲがある。やっぱり過去にやらかしたっぽいな』
「要するに、そういう機会を女性に与えないことが、引き取った子を虐げてると思わせてしまうってこと」
「なるほどなぁ。女性の社交は難しいんだね」
レベッカは嘆息して考える素振りを見せた。
「サラさんがピアノかヴァイオリンを演奏したら、かなり騒ぎになるでしょう」
「それは私も懸念している。ノーラもピアノは得意だったが、サラの演奏はそれ以上の素晴らしさだった。曲も転生前の世界のものなのだろう?」
「はい。その通りです。私のお気に入りの一曲でした」
「音楽家として生きて行くこともできそうなレベルだが、果たしてそれはサラにとって良い結果となるかわからんな」
「別に音楽家になりたいわけではないです。趣味で良いんですけど」
「であれば隠すべきだろうが、果たしてサラに隠しておけるだろうか?」
「な、なるべく頑張ってみます。ピアノではなくキタラとか演奏しておきます」
「まぁ期待はしないでおく」
そして侯爵は抱っこしているサラに優しく声を掛け、背中をぽんぽんと叩いた。
「私の配慮が足りずサラには苦労を掛けてしまったが、お前は私の可愛い孫娘だ。普通の貴族のように生きていく必要はない。だが、どうかグランチェスターを去ってしまわないでくれ」
「僕もサラを愛してるよ。できれば僕の娘になって欲しいな」
「良かったわねサラさん。もちろん私も大好きよ」
サラの視界がじわじわと滲んで、侯爵のジャケットの上に水滴がぽつりぽつりと落ちた。
サラは目を真っ赤にしながら、鼻声で答えた。
「私も皆様が大好きです」