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天使と妖精に救われる - SIDE ジェイド -

ライ麦騒動終了!

「なぜライ麦をすべて刈り取らねばならないのですか!」

「領主からの命令だ。金は補償するのだからつべこべ言わず刈り取れ!」


早朝に徴税官のアインがやってきてから、この集落は蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなった。


オレと両親は、この地域に最初にきた開拓者だ。オレがまだ幼い頃、両親と共にこの地域にやってきた。もともと両親が住んでいた地域では、長男がすべての土地を相続するしきたりだった。そのせいで次男や三男は自分の土地を持つこともなく、一生小作農のような扱いを受けていた。


そんな扱いに嫌気がさした両親と同じ境遇の仲間たちは、自分たちの土地を持つためにこの地域に入植し、ひたすら開墾していった。また、自分たちの辛い経験から、次男や三男が生まれたときは、その子のために新しい土地を開墾するという習慣まである。


そうして必死に開墾した土地ではあるが、なかなか思うように作物は実らなかった。雑草のような草を食べて飢えをしのぎ、家族を養うために狩猟に出かける日も少なくない。大型の魔物が集落に現れた時は全滅すら覚悟した。それでも自分たちの土地を切り拓くことを諦めず、助け合って生きてきた。


実はこの辺り一帯は、『村』や『町』という単位にすらなっていない小さな集落である。まだまだ未開拓の土地は多く、両親たちのように自分の土地を持ちたいという人が、さまざまな地域からやってくる。しかし、そうした開拓者の大半は挫折し、また別の土地へと去っていく。ここに残って農業を続けられるのはほんの一握りだ。


両親をはじめとする最初の開拓者たちは、後から入植してきた人たちがこの土地に根付けるよう、いろいろな支援を行っている。それでも、耐えられずに去っていく人の方が圧倒的に多い。それほど厳しい土地なのだ。


要するに人の増減が激しく、開墾の途中で放棄された土地も多いせいで、村や町として登記できないのだ。


この地域で小麦を育てることが難しいことは、かなり早い段階でわかっていた。しかし、入植者の大半は小麦農家で生まれ育っているため、ほかの作物の知識をほとんど持ち合わせていない。そのせいで他の作物を植えてみる勇気がなかなか起きないのだ。


だからオレは小麦に代わる作物を探すため、自分の畑の片隅で、試験的にいろいろな作物を作付けしてみることにした。そのほとんどは失敗に終わったが、小麦と育て方が似ているライ麦だけは、ふっくらとした実をつけてくれた。


オレはライ麦を大々的に育てることにした。最初は訝し気に見ていた隣人たちも、オレの成功を見て、翌年から少しずつライ麦を育てるようになった。そしていよいよ、今年からは集落全体で大規模にライ麦を育てることになった。


気が付けば、畑の隅で試験的にさまざまな作物を育てるようになってから10年以上の歳月が経っている。やっとここまで来たのだと、もうじき収穫を迎える麦の穂を感慨深げに眺めた。


そこで不意に違和感を覚えた。ライ麦の穂の中に、黒い種子が混ざっているのだ。中には角のように大きく飛び出した種子もある。


「なんだこれは?」


去年までは見たことがない状況に不安を覚え、オレは黒い種子のある株をいくつか伐採し、領都の文官宛に分析調査を依頼した。植物に病の兆候が見られるときは、このように検体を送るのが規則である。領都にいる専門家が確認すれば、その対処方法を教えてくれるのだ。領都の専門家の手に余る病気だった場合には、さらに王都のアカデミーに送って分析してもらうのだという。


そして3日後、早朝から徴税官のアインがやってきた。すべてのライ麦を刈り取れという命令に、『やはりあれは病だったか』という気持ちになった。しかし、一部の麦が病気であったとしても、黒い種子がついていない畑まで刈り取る必要はないと思うのだが、なぜすべてを刈り取れなどと命令するのか。しかも、来年もライ麦を植えることを禁止するなど、さっぱりわからない。これでは、オレを信じてライ麦を植えてくれてた仲間たちに申し訳がたたない。


集落一帯が騒然としていると、錬金術師や薬師がやってきた。彼らは挨拶も早々に、畑全体を観察しはじめた。どうやら病の広がり具合を確認しているようだ。オレは少しだけ希望をもった。専門家が確認して問題がなければ、残すことができる畑もあるかもしれないと。


その後、領主が一族とともにわざわざこの集落までお越しくださり、オレたちのような平民に直接お言葉をかけてくださった。しかし、領主はライ麦はすべて刈り取るという意見を曲げることはなかった。オレは絶望した。勝手に両の目から涙があふれて止まらない。


すると、突然領主の背後にいた少女が口を開いた。


「先に泣かせてしまったら、最後まで聞いてもらえないかもしれないではないですか」


それは月光を紡いだような髪を持つ天使であった。領主に向かって生意気なことを言うことすら愛らしく見える美少女である。おそらく、うちの長男よりも幼いだろう。


天使はオレの手を取って立ち上がらせ、「必ず皆さまの収入は補償いたしますのでご安心ください」と言った。


一瞬耳を疑ったが、領主も天使の発言に同意し、今年と来年の補償金まで出してくれると仰ってくださった。とてもありがたかった、そしてそれ以上に申し訳なかった。すべてライ麦を育ててしまったオレのせいなのに。


「こちらでライ麦を栽培することになった経緯を教えていただけませんか?」


あぁ、オレは天使にも責められる程の罪を犯したのだな。絶望的な気分になった。


「私が推進したのです。もし責任を取る必要があるのでしたら、私一人を罰してください」


しかし彼女はオレを責めなかった。それどころかオレたちに深々と頭を下げて感謝の意を示してくださった。信じられない。本物の天使に違いない。領都でも指折りの専門家ですら天使に頭が上がらないようだ。


天使は魔法の威力もとんでもなかった。オレたちだけでやれば数日はかかる作業を、一瞬で終わらせたのだ。しかも、天使は妖精を呼び出し、畑に植える作物を妖精からどんどん受け取っていく。


この後、領主がやってきて、天使の力のことは秘密にするようオレたちに通達した。オレたちは全員頷いた。助け合って生きる開拓者には、恩人を裏切るようなヤツはいない。妻のエルザも、率先しておしゃべりな女たちに口止めをしていた。


オレはこの騒動の途中から考えることを放棄していたように思う。だってそうだろう? 天使や妖精に人間の理屈など通じるわけがないのだ。


ただ知っていればいい。オレたちは天使と妖精に救われたのだということだけを。

いつも誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
貴族と領民の話を飛び越えて神話とか宗教の話になってるw
[一言] レベッカ先生が居た意味がまるでないww 全く隠れ蓑になってないやないか(突然の関西弁) 天使が妖精を呼び出したとか、全て普通にカモフラージュになってないww これは、徴税官が「(農民に)学…
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