控え目に言って最高
「ねぇポチ、土にも麦角菌あるよね?」
「既にいくつかの菌核は胞子をとばしちゃってるみたいよ」
「多分、イネ科の植物さえ植えなければいいとは思うんだけど、取り除くことはできる?」
「範囲広いから正直キツイかもぉ」
「そっかぁ」
やはり土は深耕しないとダメそうだ。更紗の時代であれば、機械で一気に耕すこともできるが、この集落の人数では大変だろうことは想像に難くない。
『しょうがない、もういっちょやるか』
「みなさーーん。今から順番に土を掘り返していくので、巻き込まれないように注意してくださいねーー」
再び歓声が上がり、端の方の畑から順番に土が勝手に掘り返されていく。もちろん麦の根を取り除いて穴に放り込むことも忘れない。
しかし、その様子を見ていたレベッカは大きなため息をついた。
「サラさん…気持ちはわかるのだけど、流されてません? 私もサラさんが魔法で刈り取りを手伝うことには賛成したけど、せいぜい風属性の魔法で刈り取るのと、土を掘るくらいかと。まさか刈り取った麦を運んで穴に放り込んだり、土を掘り返したりするとは思ってなかったわ」
「駄目でしょうか?」
「駄目というか、サラさんは目立ちたくないんじゃありませんでした?」
「あっ!!」
サラは慌てて周囲を見回すと、辺り一面の畑からライ麦や雑草は姿を消し、土は掘り返されて新しい畝となっていた。農家の人々からの歓声はまだ続いている。
「あはは……」
「まぁ、手遅れですね。魔力の方は大丈夫?」
改めて自分の中の魔力を探ってみたが、『さっきより少し減ったかな?』 といったレベルで、枯渇にはほど遠い感じがする。
「サラの魔力は枯渇しないよ。だって自分の魔力ほとんど使ってないもん」
ミケがサラの耳元で囁いた。
「え、どういうこと?」
「いまサラが身体に蓄えられる魔力の量は、この国の王と同じくらいかな。人間としてはかなり多い方だと思う。レベッカよりもずっと多いよ。だけど、その魔力ですらほとんど使ってないの。サラって無意識に自然の魔素を取り込んで魔力にしちゃってる」
「えっ!?」
「たぶん、魔力枯渇で死にかけたから、ちょっとでも魔力が減ると身体が慌てて魔力を補給しちゃってるんじゃないかな」
「そんなこと普通できるものなの?」
「普通はできないよぉ。妖精でも無理。うーん…ドラゴンならできるかも」
「は!?」
サラが驚いて固まっていると、ポチもにゅるりと現れてミケにじゃれ付きはじめた。
「そうだねー。サラはドラゴンみたいだねー」
「ポチもそう思うよねー」
「うんうん。きっとサラならブレスも吐けるよ!」
そして2匹はサラの目の前にふわふわと浮いた状態で、器用にお座りの姿勢を取った。
「「人間卒業おめでとー」」
2匹の発言にサラは頭を抱えた。
「卒業って…」
「じゃぁ失格にする?」
『太〇治かっ!』
「レベッカ先生…、どうしましょう。私、人間卒業してしまったみたいです」
「あら、やっと気づいたの? じゃぁ卒業のお祝いしないとね」
頭を抱えたサラの発言を、レベッカはさらりと流した。
「まぁ冗談は置いておくとして、どうして人間卒業しちゃったの?」
「ミケが言うには、私は自分の魔力をほとんど消費しないで魔法を使っているらしいのです」
サラはミケとポチに指摘されたことをレベッカに説明した。
「そうなの。サラさんはブレスも吐けるドラゴンになっちゃったのね」
「いえ、そこだけ抜き出されるのは違う気がします!」
「ふふっ」
『異世界転生はチートになるってことは薄々わかってたけどさ、女の子なのにドラゴンってひどくない? せめて悪役令嬢にして!!』
なお、サラは人間卒業にショックを受けているが、そもそも魔法を発現したときに中二病の発作を起こし、レベッカの制止を振り切って魔力が枯渇寸前になるまで魔法を発動しまくったのはサラ自身だ。完全に自業自得である。
「サラさん、一応言っておくけど。魔力の蓄積量は成長と共に増えていくはずだから、現時点で国王陛下と同じくらいなのであれば、成長期が終わる頃にはこの国で一番魔力量の多い人間になっちゃうと思うわ」
「ど、どうしましょう!?」
「どうしようもないわね。サラさんにできるのは開き直ることくらいじゃないかしら」
レベッカはにっこりと笑って、サラの動揺をバッサリと切った。というより、匙を投げたとも言えるだろう。
「ひどいっ」
「ひどいのは無自覚にとんでもない魔法を使ったり、この世界では知られていない知識をぽろぽろ零しちゃうサラさんの方だと思うわよ? 庇う余地が無いのだもの」
「うっ…」
レベッカの指摘があまりにも的を射ているため、サラは反論することもできない。
「とはいえこのままでは確かに問題でしょうね。今回は危機的状況だったから仕方ないけれども、関係者には他言無用であることを徹底しておきなさいね。とはいえこれだけの人に見られてしまっているから、知られてしまうのは時間の問題でしょう。こちらの集落の方だけならともかく、錬金術師ギルドと薬師ギルドがたくさんいる状況ですからね」
「……手遅れ感満載ですが、一応後で口止めをお願いしておきます」
「その方が良いでしょうね」
このやり取りを聞いていたアリシアとアメリアは、落ち込むサラに声を掛けた。
「えっと、錬金術師ギルドの方は私と父で、なるべく外部に漏れないように手配しますね。どこまで有効かわからないですが、妖精の力を借りたってことにしてみます」
「私もアレクサンダー様と一緒に頑張ってみます!」
「二人ともありがとう」
「大丈夫です。人間をご卒業されても、サラお嬢様はサラお嬢様ですから!」
「はい。乙女としてどこまでも付いていきます!」
『うれしいけど、うれしくなーーーい』
今日のうちにやるべきことを魔法で終わらせてしまったため、農家の人々やギルド関係者はサラが刈り取ったライ麦や雑草を放り込んだ穴の周辺に集まり始めた。
「ねぇポチ。あそこにある麦と雑草の一部を、この周辺で育てる植物に生まれ変わらせることはできる? ひとまずは秋植のものだけでいいんだけど」
「できるけどサラの魔力を借りるよ? ドラゴンっぽいやつじゃなくて、サラの中にある魔力を使うことになるけど」
「どれくらい使う?」
「植える分だけなら、半分くらいかな。存在の変換にはたくさんの魔力が必要なんだ」
「そっかぁ。それじゃぁ魔力枯渇で倒れない程度まで使っていいから、馬鈴薯とかの作物を多めに出してもらえる? 植えるヤツじゃなくて収穫するレベルのやつ」
「できるけど、サラは大丈夫?」
刈り取ったライ麦や雑草は、サラが掘った穴の半分ほどの体積にまで積みあがっている。存在を変換しても、たくさんの植物が残ることになるだろう。
「うん。いいよ。今日はもう魔法でやること無さそう。穴の中に残った植物を焼却するくらいは、他の人に頼んでも良いと思うの」
これにはレベッカも同意する。
「どうせならロブにやらせましょう」
「伯父様ってそんなに強力な魔法使えましたっけ?」
「火と風の属性があるから、発火さえすれば火を大きくすることはできるはずよ。アカデミーで習った魔法制御を忘れてなければね」
どうやら、レベッカはロバートを揶揄うネタを思いついたようだ。微笑んではいるが、いたずらっ子のような視線になっている。
「あまりやり過ぎると伯父様が落ち込みますよ?」
「そのあたりは加減を知ってるから大丈夫」
どうやらレベッカとロバートの間では、何度も繰り返されたやり取りのようだ。だとすれば、サラが口を挟むのは野暮というものだろう。
だいぶ日も傾いて夕刻が近づいている。そろそろ皆も空腹を感じ始める頃合いだろう。侯爵、ロバート、レベッカ、サラ、および護衛の騎士たちは近くの街にある領主館へと引き上げて夕食となるが、ギルド関係者などはこの付近にテントを設営するらしい。既に準備を始めている人たちもいる。
そこでサラはポチに種や苗を出してもらうついでに、それらを収穫する際の状態も見てもらうことにした。もちろん実際に味わってもらうつもりだ。
「じゃぁポチ、お願いね。あ、馬鈴薯は多めでお願い!」
「わかったーー」
ポチはサラの周りをくるくると回り、まずは種や苗を取り出し、次いで収穫物を取り出していく。リクエスト通りに馬鈴薯が多めだ。一部は領主館に持って帰って料理してもらう予定である。
サラは自分の魔力がどんどん消費されていく不思議な感覚を味わっていた。前世で成分献血をしたときに少し似ているような気がする。
「はい。おしまーい」
「もういいの?」
「うん。これ以上だしても意味ないでしょ?」
サラが周りを見回すと、たくさんの種や苗、そして収穫物が山のように置かれていた。それをアリシアとアメリアがせっせと整理している。
「あらら。これはたくさんだね」
「わたしが思ってたより、サラの魔力は多かったよ。それでも残ってる魔力は半分の半分くらいにはなってるから気を付けてね」
「わかったわ。ありがとうポチ」
「どういたしまして」
サラはポチの頭を指先で軽くなでなでしてやった。ポチは尻尾をぶんぶんと振って上機嫌である。ミケもサラの髪にじゃれ付きはじめ、ちいさなもふもふ天国となった。
『もふもふ……控え目に言って最高!』
もふもふは正義です