グランチェスターへの忠誠
「そうそう、アレクサンダーさん。先程『薬草どころじゃない』と仰ってましたよね」
「はい。申し上げました」
「実は薬草も植えたい植物の中にあるんですけど、聞いてもらえますか? いまから妖精たちも呼びますので」
これにはテオフラストスも関心を示す。
「サラお嬢様、どのような薬草を検討されていらっしゃいますか?」
「まずジャガイモと一緒に、マリーゴールドやフラックスを植えたいのです」
「一緒に、ですか?」
「ええ、ジャガイモと相性が良い植物なので、一緒に植えると虫を寄せつけにくくする効果が期待できるんです」
「それは妖精の知恵でしょうか?」
『あー、コンパニオンプランツ的なことは前世の記憶なんだけどなぁ』
するとポチがするっとサラの髪の間から顔を出し、サラの耳元で囁いた。
「私たちの知恵って言っちゃっていいよ。どうせこれからいろいろ話すし」
「うん、ありがとう」
すると、次々とミケが花園の妖精たちを先導して、テントの中に入ってきた。なんと、彼らはわざと自分たちの姿を発光させている。サラの目には少し眩しい。
「おお、これが妖精ですか!」
「テオフラストスさんにも見えるのですね」
「ぼんやりとした光がたくさん見えますが、はっきりとした輪郭はわかりません」
周囲を見渡せば、みな妖精たちが飛び交う様子を目で追っていた。どうやら他の人たちにも光は見えているようだ。
「声も聞き取れますか?」
「いえ、残念ながら」
「ではこうしてみたら聞こえるでしょうか」
サラは風属性の魔法によって、妖精の声を聞き取ることができるのではないかと考えた。魔法を発動するため、サラはラジオやテレビの周波数を合わせることをイメージした。
「ああっ、小さなざわめきが聞こえてきます!」
テオフラストスが興奮して大きな声を出した。すると、その声に驚いた妖精たちが、一斉に乙女たちの後ろへ隠れるように移動した。
「お父様、妖精たちが驚いているではありませんか! いきなり大きな声を出さないでください」
「あ、すまない」
アリシアに怒られて、テオフラストスがしょんぼりと肩を落とす。その様子を見たポチがテオフラストスに話しかけた。
「大丈夫。ビックリしただけだよ~」
それを合図にしたかのように、隠れていた妖精たちが再びテントの中を飛び交い始めた。どうやら魔法は成功したらしい。
「皆さんが妖精の声を聞けるようになって何よりです」
そしてサラは妖精を交えつつ、ジェイドと彼の両親が持つ畑を区域ごとに区切り、イネ科以外の植物をいろいろ育成したい旨を妖精に伝えた。妖精は『連作障害』の知識も持っていたため、区画ごとに異なる植物を栽培し、それをぐるぐると換えていく輪作についても賛成してくれた。
コンパニオンプランツとして、マリーゴールド、ローズマリー、フラックス、カモミール、バジルなど薬草にもなるハーブも教えてくれた。前世には存在しない薬草も多く、妖精の知識はとても役に立った。その中にはテオフラストスとアレクサンダーが欲しい薬草も含まれていたため、やや多めに栽培できるよう配置していく。
フラックスは亜麻とも呼ばれている植物で、亜麻糸や亜麻布つまりリネンの原材料だ。なお、種子からは亜麻仁油と呼ばれる油もとれる。
この国の衣服は圧倒的に綿が多く、次いで羊やヤギなどの獣毛を使った毛織物、あるいは麻で織られた麻布が使われる。絹は他国から輸入する超高級品であるため、絹製品は富裕層しか身に付けることはできない。
こうした繊維市場に、サラは亜麻布を投入したいと考えていた。もちろん亜麻布がまったく存在していないというわけではないのだが、この国では栽培している農家が少ないためあまり見かけないのだ。しばらくの間は試験的な栽培に留まるだろうが、亜麻布で作られた布を使って、肌触りの良いシーツや肌着などを作ってみる予定である。
『しかも、フラックスはジャガイモのコンパニオンプランツなのよね。これって一石二鳥じゃない?』
時期的に春作には間に合わないので今回は見送るが、トマトとバジルという組み合わせの栽培も検討しているあたり、確実にサラは食いしん坊である。おそらくサラの脳内は、更紗時代に食べたカプレーゼ、ピッツァ、パスタなどでぐるぐるしているだろう。
大豆も植える予定でいるのだが、その一部は枝豆に適した品種にしたいとも考えているので、酒好きなのも否定できない事実である。本当はコーンも植えたいところではあるが、イネ科なのでしばらくは無理だ。
ひとまずジェイドとその両親の畑に関する栽培計画が決まった。錬金術師ギルドと薬師ギルドが必要とする薬草も栽培するため、成功すれば確実な収入となる。
『うーん。1年ちょっとじゃもったいないなぁ。来年の結果次第では、再契約も考えてくれるかなぁ』
と、思わず考えてしまうくらい、サラは栽培計画にのめり込んでいった。結果として、向こう4年くらいの計画を立ててしまったのだが、もちろんジェイドたちがこの計画を受け入れなければお蔵入りとなる。
『そうなったら別の地域でやっても良いかな。商会の契約農家ってのも悪くないよね』
「それでは妖精さんと会話するための魔法を切りますね。魔力がもったいないので」
「ずっと掛け続けていらしたのですか?」
「もちろん。そうじゃないと聞こえなくなっちゃうので」
「凄まじい魔力量ですね」
「いえ、それほどでも」
謙遜はしてみたが、実は魔法をずっと維持していても、それほど魔力は減っていない。ここは誤解されたままの方が都合が良さそうだ。
「さて、それじゃ私も外の刈り取りを手伝いつつ、栽培予定の作物を魔法で即席栽培してきますね。さすがに自分たちが何を育てるのかを知らないままでは気の毒なので、まずは栽培の成功例をお見せしたいのです」
「サラお嬢様は、木属性の魔法も使えるのですか?」
「確かに使えますが、今回はどちらかと言えば妖精たちの力でしょうね。私は魔力を彼らに譲渡するだけの役割だと思いますよ」
サラはテントの外に出て、地図上で計画したポイントに土属性の魔法で大きな穴を掘った。次に周囲を見渡して、既に刈り取られている麦の束を風属性の魔法で収集し、この穴に放り込んでいく。
次に近くで刈り取りをしていたジェイドに、大きな声で呼びかけた。
「ジェイドさーん。いまから魔法でこのあたり一帯の麦と雑草を刈り取るので、少し離れてもらえるよう、他の方に伝えていただけますかー?」
ジェイドは不思議そうな顔をしながらも、サラの指示通りに周辺で刈り取り作業をしていた人々に声を掛けて引き上げさせた。
人の退避が完了したことを確認したサラは、風属性の魔法で周辺の麦と雑草を一気に刈り取った。もちろん、刈り取った端からどんどん穴に放り込んでいく。20分程で辺り一面の畑からは麦や雑草が姿を消した。
「サラさん、魔力の残りは大丈夫?」
レベッカが心配そうに近づいてきた。
「まったく問題ないみたいです。魔力切れで倒れた反動なのか、凄く魔力量が増えてるみたいなんですよね」
『異世界チートの定番は、魔力切れ寸前まで使って昏倒だよね?』
本当にそれで増えたのかどうかは定かではないが、このくらいの魔法であればまったく魔力が減っているという実感がないのだ。
「大丈夫なら良いのだけど、無理は禁物よ?」
「はい。レベッカ先生」
ふと見回すと、農家の人々が全員サラとレベッカを見ていた。当然と言えば当然である。彼らからみれば、数日はかかる作業を半刻もしない間にあっさりと片付けたのだから。
しばしの沈黙の後、一気に歓声が上がった。
「サラお嬢様ありがとうございます!! グランチェスターに忠誠を!」