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乙女の秘密

アインからの話を聞き終えたところで、テオフラストスと娘のアリシアがテントに入ってきた。


「ライ麦の刈り取りを始めたようですね。我々の方でも菌核のある畑のおおよその範囲を特定しました」


テオフラストスはこの周辺の地図を取り出し、サラの前にあるテーブルに拡げた。


「ありがとうございます。錬金術師ギルドはお仕事が早いですね」

「今回は薬師ギルドとも協力しあって人海戦術で何とかなりましたが、そう何度も使える方法ではありません」


サラも立ち上がって地図を覗き込んだ。


「この印をつけたところが、菌核が確認された畑です。それほど範囲は広くないようにも見えますが、いかがしますか?」

「残念ですが、安全のためにライ麦はすべて刈り取ります。それに、麦角菌はイネ科の雑草にも感染しますので、この印の個所を中心として周囲の雑草も刈り取ってしまおうと思います。既にこの地域の方々が『できるところから、どんどん手を動かす』と仰ってくださったおかげで、この部分から刈り取り作業が始まっております」


と、サラは地図のポイントを指さした。


「おそらくサラお嬢様であれば、そのように仰るだろうと思っておりました。ところで刈り取った麦や雑草はいかがいたしますか?」

「焼却処分を考えておりますが、胞子が風に乗って飛散しないかがやや心配です」

「では穴を掘って焼却し、多少の風属性魔術を使って飛散を抑えるようにしましょう」


再び地図上で、どの位置に穴を掘るかなどを検討し始める。そこにアリシアが疑問を口にした。


「ライ麦はすべて焼却してしまわれるのでしょうか? サラお嬢様は、麦角菌から薬も作れるという話をされていたように思うのですが」

「ほう」


テオフラストスも興味を示す。


「えっとですね、確かに人体に作用する薬は作れます。ですが、私自身が専門知識を持っているわけではありません。ですが、間違いなく危険な部類の薬だと思います」

「危険な薬、ですか?」


アリシアがキョトンとした目をした。そして次の瞬間「少々お待ちいただけますか」とだけ言い残してテントの外に飛び出し、大きな声でアメリアを呼んだ。するとアメリアとアレクサンダーが連れ立ってテントまで走ってきた。


「どうしたの? アリシア」

「サラお嬢様が、麦角菌からできる薬の話をされるので、アメリアも聞くべきだと思って」

「それは是非きかなきゃ。ありがとう!」


二人は数日ですっかり仲良くなったらしい。どうやらテレサは塔でお留守番のようだ。


「なんだか大人数になってしまいましたね」


サラがため息をつくと、テオフラストスも苦笑いを浮かべた。


「サラお嬢様。おそらく私も、そこにいるアレクサンダーも、ギルド員を全員招集したいくらい気になっていると思いますよ。私たちは三度の飯より新しい知識を求める生き物ですから」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものです」


錬金術師2名と薬師2名は揃って頷いた。


「改めて言いますが、私自身は薬学の専門知識はありません。ですが、この麦角菌から幻覚剤や堕胎薬が作れるという話は聞いたことがあります。また、出産時に出血が止まらなくなった時の処置薬などが作れるかもしれないのですが、本当に作れるのかどうかもわかりません」


『たしかLSDの原料になったはずだけど、どうやって作るのかとか全然知らないのよね』


「あぁ、確かに悪魔の麦で作ったパンを食べると、悪魔が見えるようになるという話を聞いたことがあります。あれは、幻覚作用なのですね?」


アメリアが発言すると、アレクサンダーとテオフラストスも続いた。


「そういえば、悪魔の麦のパンを食べ続けると、手足が腐り落ちるという話も聞くな」

「おそらく血流が阻害されて末端から壊死するのではないか? だとすれば止血に効果のある薬剤を作れるというのも納得できる」


『あ、検討会始めちゃったよ』


「えっと皆様が研究熱心なことはわかりました。この話題を始めたきっかけは、アリシアさんの『ライ麦はすべて焼却するのか』ってことからでしたよね?」

「はい。危険なので焼却するのは仕方ないとは思うのですが、貴重な薬を作れるのであれば研究してみたいです」


そこに侯爵が歩み寄ってきた。


「そこの娘は、アリシアといったかね?」

「はい。祖父様、彼女はテオフラストスのお嬢さんで、私の乙女たちの一人です。ギルドへの登録こそありませんが錬金術師です」

「お初にお目にかかります。アリシアと申します」


アリシアは礼儀正しく頭を下げた。


「ほう、例の乙女たちか。では、そこのもう一人の娘も乙女なのかね?」

「そうです。彼女はアレクサンダーさんの愛弟子である、薬師のアメリアさんです」

「侯爵閣下にご挨拶申し上げます。薬師のアメリアと申します」


こちらも同様に頭を下げた。


「そうか。優秀な乙女たちがサラの傍にいることは、実に心強いな」

「ありがとうございます。祖父様」

「だが、麦角菌の研究は許すわけにはいかぬ。グランチェスターは、この国の小麦の4割を生産している穀倉地帯だ。ここで麦角菌の被害が拡大してしまえば、グランチェスターの領民だけでなく、国民が皆飢えてしまうのだよ。お前たちが不用意に麦角菌を外に漏らすとは思わないが、危険は可能な限り避けねばならんのだ」


『まぁそうだよね』


「錬金術師や薬師が知識を求める気持ちを理解できないわけではないのだが、今回は諦めてくれぬだろうか」

「「「「承知いたしました。侯爵閣下」」」」


ふと、アレクサンダーはサラに振り向いた。


「ところでサラお嬢様。その知識はどこで得られたのでしょうか?」


『あ、やばい禁断の質問きちゃったよ!』


仕方なくサラはにっこりと貴族的に微笑んで答えた。


「それは乙女の秘密です」


この台詞を口にしたサラは、しばらく背中がむず痒かった…。

中身がアラサー女子(しかも超えちゃってる方)だと、乙女と言い切るのにもなかなか覚悟がいります。

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