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豊かに暮らしていくために必要なこと

翌日に会議するんじゃなかったの? というツッコミをもらったのでちょっと内容を書き換えました。

「ところで祖父様、国力を上げるにはどうしたらいいと思われますか?」



「唐突な質問だな。火急の問題が起きていることを理解した上で聞くのだから、それなりに意味のあることなのだろうが」


侯爵はサラの質問の意図がわからず首を捻った。


「本来であれば、『国力とは何か?』 というところから学術的に話を始めるべきなのでしょうが、ひとまず『国の豊かさ』と『国の強さ』と言うことにしておきましょう」

「まぁ確かにそういった概念ではあるな」

「ライ麦を育てた農家は、貧しい土地でも豊かに暮らせるよう工夫をしたのです。今回は運悪く麦角菌に侵されてしまいましたが、着眼点は悪くありません。おそらく指導者がいると思うのですが、その方が今回のことで周囲から責められることのないよう、配慮いただけないでしょうか。頑張った方々が『工夫なんてするだけ無駄なんだ』と思うようになって欲しくないのです」

「ふむ」

「今回のライ麦に対する金銭的な補償に加えて、指導者の方や協力した農家の方が、今後も改革計画を検討できる支援をして欲しいのです」


要するに農業改革の研究費を出せということなのだが、これを理解してもらうにはいろいろ説明が必要になるとサラは判断した。


「国が豊かになる方法はいろいろあります。国としての立地条件から考えれば、『温暖な気候と肥沃な大地によって農作物がよく取れる』あるいは『鉱山などの天然資源が豊富である』などでしょうか」

「まぁそうだな」

「そうした条件に恵まれていなくても、今回のライ麦のように別の作物を植えたり、品種改良をするといった工夫をする農家もあるでしょう。あるいは職人の技術によって新しい製品を作りだし、豊かになる工業国などもありますよね」

「うむ」

「このように人が生きていくために必要な活動が国を富ませるわけですが、そのすべてにおいて必要なのは『知識』もしくは『技術』です」


サラは、テーブルの上にあるカップアンドソーサーを持ち上げた。


「このティーカップを作るには、『作り方』という知識が必要です。おそらく原材料の配分や焼き時間などさまざまな情報の集合体でしょう。ですが知識だけあっても、実際に手を動かして製品を作り上げるには、訓練によって培われる職人としての技術が必要です」


そしてサラはコクリと、やや冷めたハーブティを飲んだ。


「今飲んだお茶を淹れるにも、やはり知識が必要ですよね。先程の侍従は、どんなハーブをどのくらいの割合で混ぜるか、お湯の温度や抽出時間はどうするかなどにも拘ったはずです。上手く淹れるための訓練もしたでしょう。つまり技術を身に付けたわけです。同じようにハーブを栽培した方々にも『ハーブの育て方』という知識が必要であり、実際に作業して栽培技術を身に付けたはずです」

「なるほど」

「このような知識を得る行為が『教育』であり、技術を得る行為が『訓練』です。肉体を使う作業であれば、体力づくりも訓練の一環と言えるかもしれません」

「それで、サラは何を伝えたいのだ?」

「農民であろうと、職人であろうと、あるいは商人、文官、貴族、王族などすべての人に教育や訓練は必要だということです。もちろん男女も関係ありません。そうすることで新たな価値を創造し、国を富ませることができるのです」


侯爵は「ククク」と笑い出した。


「サラよ、言いたいことは理解するが、決して外では口にしてはならん。農民や職人と王族を同列に語るなど、不敬罪に問われるぞ」

「確かに仰る通りですね。今後は弁えた言動を心がけます」

「だが、言いたいことは理解した。要するに学びや訓練の場を設けて支援しろということだな?」

「はい。そうして領を富ませることは、国を富ませることに繋がると存じます」


そこにロバートが口を挟んだ。


「サラは、豊かさと強さって言ったよね。それは豊かになると他国から狙われることにもなるということだよね?」

「その通りです。そして、祖父様や伯父様であれば、強くあるためにも知識が必要であることを理解されているのではないでしょうか?」

「戦略や戦術ということか?」

「実際に戦争が起こってしまえば、それらも重要です。しかし、実際に戦うことなく勝利することの方が、もっと重要だと思われませんか?」

「外交ということか?」

「政治のレベルで考えれば外交ですが、商業的な観点で言えば貿易と言えるかもしれません」

「商売で国を強くするというのか?」

「それもひとつの手段でしょう。欲しい物があるから戦争をするんですよね? だったら、その欲しい物を売ればいいのです」

「貧しくて対価を支払えないから戦争を起こす国もあるかもしれないよ? 略奪の方が早いって思うかもしれない」

「局地的な略奪行為は成功するかもしれませんね。ですが兵站、つまり糧食、武器、薪、薬品などを前線に供給する運用ができないような国や組織は、放っておいても自壊します。戦争はお金がかかるものなのです」


侯爵とロバートは身を乗り出しながら聞いていた。どうやら興味がある分野らしい。


「それはそうだろうけど、それを理解しない相手だったら?」

「うむ。自分たちの家族を養うために、略奪で食料を奪おうとする輩もいるだろう」


サラはすくっと立ち上がって、先程のチーズを皿から摘まみ上げた。


「では前線で何日も食べていない敵国の兵士に対して、声を上げてみましょうか。『今すぐ投降すれば食料をやろう。希望するなら我が国の国民として迎えよう。家族を連れてきても構わない。ただし受け入れるのは最初の100名だけだ』と」

「愛国心が強ければ投降しないかもしれない。あるいはこちらの言うことなんて信じないかも」


するとサラはロバートにチーズを渡し、反対側の手にはグラスを握らせた。


「では敵国の兵士に偽装させた間諜をもぐりこませましょう。そしてわざと投降させ、敵軍の目の前で飲み食いさせましょう。何なら酒宴を目の前で繰り広げても良いですね。娼婦のお姉さま方も呼んで」


レベッカも心得たように、ロバートにしな垂れかかるような仕草を見せた。


「祖父様、これで敵国の兵士たちは、どれくらい士気を高くしていられるでしょう?」

「我先にと投降してきそうだな。サラよ……なかなかにえげつない手だな」

「それは最上の誉め言葉ですね。喧嘩を売ってきた相手を徹底的に叩き潰し、二度とこちらに手を出さないよう思い知っていただくことはとっても重要です。そのためには武力はもちろん、知力と資金力がとても大事なのです」


サラはにっこりと侯爵に微笑みかけて元の位置に戻り、レベッカも姿勢を正した。


「ですが、こんな風になる前に解決するほうが良いとは思っておりますが」

「どうしてだい?」

「そうですね『少女というものは誰も戦争嫌いなものです』とでも言いたいところですが…」

「さっき『徹底的に叩き潰す』って言ってたよね?」


ロバートがすかさずツッコミを入れる。


「まぁ正直に言えば、戦争はお金がかかり過ぎるからでしょうね。徴兵すれば農家の働き手も減りますし、生産性も低下しますしね。だから飢えている隣国には手を差し伸べて恩を売っておく方が、長い目で見れば得なことの方が多いです」


『それに、やっぱり人が死ぬのはイヤだもの』


「戦争するよりも取引をする方が得だと相手に思ってもらえればいいのです。ですがそのためには相手を知らなければなりません。相手の国の風土、宗教、習慣など文化を知り、何を求めているかを知っていれば、手を差し伸べることも容易でしょう。政治的に見れば外交ですね。これが商人の目線になると、相手を知ることで何が売れるか、あるいは何を買えるかになるんですけどね」


侯爵は顎に手をやり考える仕草を見せた。見ればロバートもそっくりな仕草で考え事をしており、さらに血の繋がりを感じさせた。


「要するにサラが言いたいのは、すべてのことに知識や技術が必要で、学びや訓練の場を用意することが国力の向上に繋がるということだろうか」

「仰る通りです。武力にしても、むやみやたらと剣を振り回すよりも、剣術を基礎から習う方が強くなりますよね? それと同じことではないでしょうか」


侯爵は再びワインをグラスに注ごうとしたが、ボトルの中身が空になっていることに気付いた。


「酒が切れたな。今日はここまでとしよう。明日は早くからライ麦畑に赴かねばならんのだろう?」

「ひとまずは、朝一番に錬金術師ギルドと薬師ギルドの人をパラケルススの実験室がある塔に呼んで会議をする予定なのですが」

「急ぎであれば現地に集まって対策するほうが早いだろう。これから早馬で両ギルドに通達を出しておこう。お前は明日、私の馬に同乗すると良い」


『え、そこは馬車じゃないの?』


「父上ずるいです。僕もサラを乗せたい!」

「お前は私が帰った後も時間があるだろうが。今は私に譲れ」

「あの、馬車じゃないんですか?」

「急ぐなら馬車よりも馬の方が良いだろう」

「なるほど。理解しました」




サラたちが侯爵の部屋を後にすると、侯爵と侍従の二人だけとなった。


「サラお嬢様は、亡くなられた奥様によく似ておられますね」

「そうだな。顔立ちは似ていると思っていなかったが、中身は驚くほど妻に似ているな」


侍従が部屋から出ていき、一人になった侯爵は窓から月を眺めた。月光は亡くなった妻の髪色を想い出させたが、同時にサラも同じ色合いであったことにも気付く。


「アーサーのやつめ、生きておれば許しておったものを……」


その小さな呟きは誰にも聞かれることはなかった。

いつも誤字報告ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
某自由と正義の国とか、そこの支援を受けてガチで神の国やってる国とか、喩えとして真っ先に出てこない人は、認知が歪んでますよ(笑)。 教育って大事ですね。
何故か親切にすると自分が偉いから貢がれてるんだとつけ上がる不思議な国もあるんですけどね そういう奴を見分けて付き合い方を考えるのにも知識が必要なんですよね
何処かのC国やK国みたいに 「我が(あるいは我々が)盟主で在らねばならぬ。そうなっていない現在は間違っている」 と他国へ侵略の手を伸ばす国もあります。
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