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仕方がないことなのも理解している

カトラリーを元の形状に戻してテーブルの上に置くと、侯爵とロバートが同時に安堵の息を吐いた。


「申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのです」


『嘘です。驚かせる気満々でした』


「女性を蔑視するつもりはなかったのだが、サラを怒らせてしまったようだな」

「正直なところ不愉快ではありますが、仕方がないことなのも理解しています。あちらの世界でも女性はずっと差別されてきました。正確にはまだまだ差別は残っております。今でも不自由な生き方を強いられている女性の方が多いでしょう」

「ふむ」

「それでも私は私のできる範囲で女性の価値を証明したいと存じます」

「まぁ見せてもらうとするか」


侯爵の口許には微かな笑みが浮かんでいた。その表情があまりにもアーサーに似ていたので、サラは胸がキュっとなった。


『そうか前世の記憶があっても私はサラなんだ。祖父様の孫で父さんの娘だ』


「前世の私は恵まれていました。私が生まれた国では、すべての国民が男女とも7歳になる年から9年間、教育を受けることが義務となっていましたので」

「9年間も!?」

「そうです。子供には教育を受ける権利があり、親は自分の子供に教育を受けさせる義務があると定められています。もちろんすべての国がそうだというわけではないので、この国に生まれただけでも幸運だったと言えるでしょう」


ロバートが目を見開いて驚いている。


「義務教育が終わっても、大半の子供たちは高等教育を受ける学校に3年間通い、その後も専門教育をうけることが多いのです」

「皆が学者になる国なのか?」

「大半は商会のような組織の従業員となりますが、文官の職に就く者、薬師のような職に就く者など進路はさまざまですね。色々なことを学んで自分の適性を知り、あるいは将来の夢のために能力を伸ばします」

「アカデミーでも2年目には専攻を選ぶから、そういうものだろうか?」

「似ていると思います。そうして自分の能力を伸ばし、さまざまな職業から自由に選択するのです。なお、人材を採用する側が、性別を理由にすることは法律で禁止されております。純粋に能力で採用を決めなければなりません」


『まぁ、なかなか守られてない気もするけどね。明らかに総合職と一般職では男女比率違ってたし』


「それで、サラはどれくらい教育を受けていたのかな?」

「私は義務教育が終わった後に、3年の高等教育と4年の専門教育を受けて商会に入り、他国に渡って仕事をしながら、2年間の専門教育も受けましたね」

「え? じゃぁ18年も教育を受けてたってこと?」

「正確には義務教育の前にも3年ほど保育園と呼ばれる幼児教育機関に通いましたし、義務教育や高等教育を受けつつ、予備校と呼ばれる私塾にも通っていました」


『まぁ就職してから通った2年間のビジネススクールはともかく、それ以外は割と普通だよねぇ?』


「それは、能力も高いはずだ。僕らの何倍も勉強してたんだから」

「しかしすべての国民に教育など無駄ではないのか。農民に学問は必要ないだろう」


そこで、サラはとても重要なことを思い出した。


『そうだ、こんな話をしている場合じゃなかった!』


「いいえ祖父様。農民にも学問は絶対に必要です。今、領内のライ麦が、病魔に侵されています。すぐに対処しなければ、被害が領内に広がってしまうかもしれません」

「なんだと!」


侯爵が慌てて立ち上がった。


「もしやサラ、転生者であることを明かす気になったのはこのためか?」

「いえ能力を隠すことを諦めただけで、転生者であることを告げる予定はありませんでした。実は伯父様やレベッカ先生にも転生したことは明かしていなかったんです。言っても信じてもらえるとは思えませんでしたから」

「まぁ確かに。グランチェスターの当主にならなければ、私も信じられなかっただろう」

「本当は可能な限り隠しておきたかったのです。平穏無事に生きて、大人になったら独立するつもりですので」

「なんだと! グランチェスターを出るつもりなのか!」


『あ、反応が伯父様そっくり。さすが親子だ』


「はい。私は平民ですから、いずれそうなりますよね?」

「しまった、そうだった」


『おい、こら。忘れてたんか』


「そのあたりは後で話しましょう。急いで対応が必要なことが多すぎて、派手に動くことになりそうです」

「ふむ。隠しておくのが難しいと判断したわけか」

「隠していて申し訳ありません」

「まぁ良い。そういう話も含めて『後で』なのだろう?」

「う、あ、はい。そうですね」


ロバートは傍らから例のライ麦が入った箱を取り出した。侯爵に見せるために持ち込んでいたようだ。


「父上、これが病に侵されたライ麦です」

「なんだ、この黒い種子は」


サラは文官たちに説明したように、麦角菌について侯爵に説明した。


「前世にも麦角菌はあったのか?」

「はい。ただ、あちらの世界は技術が進んでおりますので、被害が出ることはほぼありません」

「なるほどな」

「この畑で栽培されているライ麦は大半を処分せざるを得ないでしょう。土壌の汚染も懸念されますので、来年も麦を栽培すべきではありません。今回たまたま発見できましたが、他の地域にも被害がないとは限らないので調査が必要です。放置すれば、グランチェスター領の小麦が全滅しかねません」

「なっ! そこまでか」


若干話を盛ったことは否定できないが、麦角菌の汚染を食い止めることは重要なので、サラは危機感をあおり続けることにした。


「ですが、麦を処分することに、栽培していた農民たちは反発するでしょう。しかも来年の麦の栽培も禁止するのですから余計です。いきなり麦の疫病などと言っても、おそらく農民たちは納得できません。知らないのですから当然ですよね?」

「それが農民にも学問が必要になる理由か?」

「自分たちが育てた麦を処分する理由が理解できなければ、領主が理不尽なことをしているとしか思われないでしょう。処分を恐れて、疫病の発生を報告しない農民が出てくるかもしれません。そうなれば待っているのは悲劇だけです」

「しかし、処分する麦の分は補償するのだぞ」

「その通達が正しく伝わると思いますか? たぶん書面ですよね。それってどれくらいの農民が読めるんでしょう。もちろん文官たちも説明するでしょうし、農民にも代表するような方はいらっしゃるでしょう。ですが、全員が相手が理解できるまで繰り返し説明できるとはまったく思えません」

「なるほど。サラの言いたいことは理解した。私は領主でありながら、本当の意味で領民の生活をわかっていないのかもしれないな」


この侯爵の呟きを否定することは簡単だ。孫として『そんなことない。祖父様は全力を尽くしていらっしゃいます』などと慰めるべきなのかもしれない。だが敢えてサラは、慰めを口にすることはしなかった。領主という立場はそれほど甘いものではなく、領民の生殺与奪の権は領主の手の中にあるからだ。


「ところで祖父様、国力を上げるにはどうしたらいいと思われますか?」

冒頭でサラが価値を証明すると言ったとき、最初に浮かんだおじーちゃんの台詞は「では見せてもらおうか、女性の価値とやらを」でした。

『いかん、これじゃフ〇フ〇ン〇ルだよ! いや、シ〇ァか?』などと、西崎が勝手にジタバタした結果、シンプルに「まぁ見せてもらうとするか」に書き換えました。

さらに書き進んでいくと、『うひゃぁ冨〇義〇じゃん!』など一人で、ぐるんぐるんしていました。


夜中の妙なテンションというヤツですね。

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― 新着の感想 ―
転生者バラシ苦手なのでここら辺までかなー 楽しく読ませて頂きましたm(_ _)m 女性進出は喜ばしいことですが、現代社会のように少子化にならないように願うばかりですね…
侯爵…見せてもらおうか。転生者の女子の性能とやらを。 サラ…男女の性能の違いが、能力の決定的差でない事を教えてやる!
サラ、そのうち念能力で強化系と操作系を使えそうです。 魔法と妖精を使えば、ジャ○ジャン拳とか出来そうですね。私的には……○チさんみたいに糸で治療とかも出来そうかと(*>ω<*)
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