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あいつにそっくり

「して、記憶が戻ったのはいつだ?」

「王都の邸で池に落ちた時です」


侯爵はしばし考えこんだ。


「お前が池に落ちたことなどあったか?」

「池の近くで発見され、熱を出して3日ほど寝込みました」

「あぁ! あの時か。あれは池に落ちたせいだったのか」

「正確には従兄妹たちにイジメられた結果ですね。アダムに突き飛ばされて落ちました」

「なんだと!?」


どうやら侯爵は、孫同士が諍いを起こしていたことに気付いていなかったらしい。


「まぁ故意に突き落としたわけではないと思いますが、はずみで池に落ちてしまった私を助けもせずに逃走しましたね」

「なんということだ」

「おかげで水属性の魔法が発現したので、今はそれほどは恨んでいません。仕返しもしましたし」

「仕返し?」


些細なイヤガラセについて詳細に解説すると、ロバートは腹を抱えて笑い出した。


「ぶはっ。その場で見たかった。サラ最高だよ!」

「私は見たが、とても情けなかった。特にアダムがな。あれが私の孫かと思うと…」

「思春期であることを差し引いても、窃盗は犯罪なので辞めさせてください」


男性二人はなんとも微妙な顔をしている。


「サラよ、お前は何歳だったのかね?」

「祖父様、女性に歳を尋ねるのはマナー違反だとは思いますが、()()()8()()です」

「いや、そうなんだが…」

「まぁ正直に答えますと、前世では33歳まで生きました。仕事帰りにタクシー…こちらの世界で言うと、辻馬車の事故で亡くなりました」

「え、僕より年上?」

「そうか、お前もアーサーや私の父上と同じように亡くなったのか」


言われてみれば、二人とも馬車の事故で亡くなっている。そう指摘されれば、更紗の事故も同じようなモノと言えなくもない。


「そうなりますね」

「ところで、女性に生まれ変わって不都合はないか?」

「へ? 私は前世でも女性でしたが?」

「「はぁっ?」」


『え、ちょっと待って、前世は男性って思われてたの?』


「私の前世は男性だと思われていたのですか?」

「これほど執務能力が高ければな」


『ああん? 要するに女性に執務なんかできるわけないってこと?』


「前世では女性も男性と同じく働いておりました。私は大きな商会の従業員で、外国との貿易に携わっていました」

「しかし、女性に男性と同じ能力は持てまい」

「いいえ私のように仕事をする女性などいくらでもおりました。女性の政治家もたくさんおりましたし、国や領のトップが女性ということも珍しくはありません」


更紗が前世で最後に記憶している英国の首相は女性であったし、当時の東京都知事も女性だった。まだ日本に女性の首相は誕生したことがないが、この先は何人も女性がその座に就くに違いない。


「血筋に男子がいなければそういうこともある。しかし、補佐する男性が傍にいるだろう。後継ぎが育てば自ずと交代するものだ」

「男性の王や領主にも、補佐する人は必ず付くではありませんか。人間が一人でできることなど限りがあります。当たり前ではありませんか」

「だが女性には理性的に判断を下す能力が無い」


『なん、だと?』


「何故そのように思われるのですか?」

「女性は感情的で理性的に考えることが難しい。数字にも弱く、執務には全く向いておらん。それに、魔法を発現しても制御することができず使いこなせない。サラ、今のお前も魔力が揺らいで私を威圧しておるではないか!」


侯爵に指摘されたことで、魔力が威圧になっていることに気づいた。感情がコントロールでき無かったことが原因だろう。よく見れば侯爵の額には脂汗が浮かんでいた。


その瞬間、サラはレベッカの言葉を思い出した。


『貴族には貴族の流儀があり、女性には女性の戦い方があります』


サラは漏れだした魔力を制御して威圧を抑え込み、貴族的に優雅に微笑んだ。レベッカがスパルタ式に叩き込んだ淑女としての所作を全力で披露する。


「これは大変失礼いたしました。グランチェスター侯爵閣下。ですが、私には女性が男性よりも劣っていると思われる理由がわかりません」

「優劣の話ではない。役割が違うと言っているだけだ。女性は家を守り、子供を産み育てる。そして男性はそれを守るものだ」


『あぁ、この理屈は前世でもよく聞いたなぁ。昭和っていうか明治のレベル?』


「生物学的な意味で、男女の役割に違いがあることは理解しております。ですが性別と能力は同じではありません。執務に向いた女性もいれば、執務に向かない男性もいるのです。この国での両者の違いは、学習機会の有無だけです」

「学習機会だと?」

「はい。アカデミーに入れるのは男性だけですから」

「女性にもガヴァネスがおるではないか。お前にもレベッカ嬢がいるだろう」

「そうですね。私はとても才能あふれる女性を師と仰ぐことができ、とても恵まれております。また、その機会を与えてくださったグランチェスター侯爵閣下やロバート卿にも大変感謝しております」


ロバートが慌てて口を挟む。


「待ってサラ。なんでそんなに他人行儀なんだよ。伯父様って呼んでよ!」


声を掛けられたため、サラはロバートの方に向き直った。


「では私の執務をご覧になったロバート卿にお伺いいたしますが、私の能力は男性に劣るものでしたでしょうか?」

「いや、サラは僕たちの中で一番優秀だったよ」

「ではレベッカ先生や執務メイドたちはいかがですか?」

「彼女たちも極めて優秀だった。文官たちが計算のミスを指摘されることも多かったし」

「そういえば、ロバート卿はギルド関係者に向かって威圧されたことがありましたね。もちろんあれは私を守るためであったことは承知しておりますが」

「そ、そんなこともあったね…」

「能力が劣る女性など執務室には入れられないということでしたら、執務メイドを戻すことは諦めますが?」

「勘弁して! そんなことしたら文官たちに何を言われるかわかんないよ!」


サラは侯爵に向き直り、言い放った。


「いま、私がどれだけ言葉を重ねたところで、グランチェスター侯爵に理解していただけるとは思っておりません。ですが、女性が働いて社会に貢献できる能力については、私自身が身をもって証明したく存じます。お許し願えますでしょうか?」


『これは、グランチェスターから追い出されるかもしれないな。独立計画も立てなおさないとなぁ…』


「では、私も微力ながらお手伝いいたしますね」


不意にレベッカが声を上げた。


「侯爵閣下。実は今日のホーンラビットは全部サラさんが仕留めたんですよ? 魔法でさっくりと」

「「は?」」

「私は弓も持っておりませんでしたわ」

「何っ?」


侯爵とロバートが驚いた顔でサラを見つめた。


「水属性魔法で3羽まとめてさっくりと仕留めていらっしゃいました。捌いた後には魔法で水洗いをされるものですから、それはそれは驚きましたわ。まぁ女性は魔力の制御が苦手ですから、男性でしたら驚くことではないのかもしれませんが」


やはり目が全く笑っていない微笑みを浮かべるレベッカとは対照的に、侯爵とロバートは驚愕の表情を浮かべていた。


「待て、水属性だと? あのホーンラビットは眉間に小さな穴が開いているだけで、他には一切傷が無かったぞ。どうやって仕留めたのだ?」

「こうやって?」


サラはテーブルの上に並べられたチーズに向かって、魔法で生み出した爪楊枝サイズの氷の矢を突き刺した。


『まぁホーンラビットの時は凍らせなかったけど、似たようなもんでしょ』


「「…!?」」

「申し訳ありません。魔力の制御が苦手なものですから、不調法になってしまって」


サラは氷の爪楊枝を手に取ってチーズをぱくりと口に入れ、その場で爪楊枝を蒸発させた。


「無詠唱…だと?」


『ふっ、イメージだけで魔法を発動できるならこっちのもの。厨二病舐めんなよ』


とは言え、実際には「ウォーターアロー」や「ウィンドカッター」など、それっぽい呪文を唱える方がイメージしやすいことも多いのだが。


「あ、こんなこともできますよ?」


テーブルの上に置かれていたカトラリーを手に取り、ぐにゃりと変形させて剣の柄とグリップのような形を作り、その先に炎を剣の形に顕現させた。


「なっ!!」


見た感じ的にはフレイムソードといった雰囲気で大変綺麗なのだが、実際には刀身がないので松明くらいの役目しか果たさない。斬りつけても、火傷を負わせるのがせいぜいだろう。サラからしてみたら、宴会芸くらいのノリの魔法だ。


『毎晩寝る前に、魔法で遊んでた甲斐があるなー。たのしー』


「わ、わかった。女性の能力を疑う発言は撤回するから、ひとまずそれを収めてくれ」


侯爵はどさりとソファの背もたれに身体を預け、手で額の汗を拭った。


「承知しました。グランチェスター侯爵閣下」

「それもやめろ。お前の祖母を思い出して寒気がする」


ロバートがニヤニヤ笑いながら説明した。


「僕らの母上はね、怒ると言葉遣いがものすごく丁寧になるんだ。父上のことを侯爵閣下って呼んで、僕らのこともフルネームで呼んでた。しかも魔力は家族の中で一番強くてさ、微笑みを浮かべながら威圧するんだよ。それはもう怖かった」

「そうなんですね」

「あぁ、お前はあいつにそっくりだ」

「それは大変光栄です」


サラの微笑みに、侯爵は顔をひきつらせた。

ロバートがサラの前世を男性だと思っていたのは能力のせいではありません。


サラ:じゃぁどうして?

ロブ:だって、ほら、会話してるとさ、そこはかとなく…おっさんっぽいから…。

西崎:だよねぇ

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― 新着の感想 ―
雇用機会均等法ってデスクワークだけに適用されるんですかね?
威圧に氷属性と地属性乗せて放つのはどう?氷は空気中にダイヤモンドダスト 地は地面を振動させて如何にもキレてますみたいな感じ
継承されることで蓄積されているモノが必須な職業は確かにあると思う。 伝統芸能とか、大半の人間が否定したいでしょうが政治家とか。本人の能力や知識以外のコネとか金、権力を有効に駆使するための知恵は『家』に…
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