レベッカの過去
今日は朝の予約時刻に間に合いませんでした。
「まぁ私も貴族女性でありながら、結婚に魅力を感じられない変わり種ですけどね」
「そうなんですか?」
「これでも私にだって昔は婚約者がいたのよ?」
「ええっ!?」
『レベッカ先生って昔は婚約してたの? その人どうなったの!?』
「サラさんの年齢を考えると、話すことにちょっと躊躇があるのだけど、他の人の口から勝手なことを言われる前に教えた方がいいかもしれないわね」
「あまり話したくないことなのであれば、無理に仰らなくても…」
「少し長くなるから、続きはロヴィの上でゆっくり話しましょうか」
レベッカはサラを再びロヴィの鞍に乗せたのちに自分も跨り、常歩でゆっくりと来た道を引き返し始めた。
「私が婚約したのは16歳の時だったわ。祖父の代から交流のある子爵家の長男で、私より1つ年上だったわ」
「レベッカ先生は、その方がお好きだったのですか?」
「普通の政略結婚ね。好きでも嫌いでもなかったけど、ご縁があって一緒になるなら相手に尽くそうってくらいのことは考えてたかも」
「……レベッカ先生でも、政略結婚をしようとしたのですね」
「当時は今より若かったし、それが普通の貴族女性だって言い聞かせられてたわね」
ふっと、レベッカは自嘲した。
「相手はまだアカデミーの学生だったから、結婚は卒業後にする予定だったの。そんなある日、彼が研究を発表をする機会があると聞いて、私は彼を応援するためにアカデミーに行ったの。そこで出会ったのが、留学中の隣国の第二王子だったわ」
『あ、なんかイヤな予感してきた』
「隣国というと、ロイセンですか?」
「ええ。ロイセンの第二王子、アドルフよ」
隣国のロイセン王国は軍事国家である。かつて存在したオーデル王国の領主に過ぎなかったロイセンは、強力な軍事力を背景に独立して公国となり、瞬く間にその支配地域を拡大していった。その後、オーデル王家の継嗣となる姫がロイセンに嫁いだことで両国は1つとなり、ロイセン王国が誕生した。
ロイセンが王国となってから200年は経過しているが、好戦的な気風を変わらず持ち続けており、王族の多くは『欲しいものは力づくでも手に入れる』という性格を隠さない。
「女好きだったアドルフ王子は、私を見るなり腕を掴んで『妾となれ』と言い放ったの。もちろんその場でお断りしたのだけど、その後王子はさまざまな圧力をかけて私に迫ってきたわ」
「最悪ですね」
「それでも家族は私を守ろうとしてくれたし、国王陛下や王妃殿下も国としてロイセンに抗議してくれたのだけど、アドルフ王子は諦めなかった。その年のシーズンの終わりには、ロイセン王国から正式に第二王子の側室として求婚の使者がやってきたの」
『うわー、執着系王子だ』
「王子は『妾ではなく側室なら不満はないだろう』と言い放ったわ。だけど陛下はこれを侮辱と捉え『我が国は自国の貴族令嬢を家畜のように売り渡さない』と言い返し、王子と使者をロイセンに送り返したの」
「つまり国家間の問題に発展してしまったということですか?」
どうやらレベッカの美貌は、国同士の火種を生み出してしまったらしい。しかし、どう見てもレベッカは被害者でしかなく、王室も自国の令嬢を守ろうとしたに過ぎない。
「そんなつもりはなかったのだけど確かに両国間に緊張が生まれて、貿易にも影響が出たことは否定できないわ。私は婚約者を持つ貴族令嬢として、当たり前のことをしただけのつもりだった。だけど少しずつ、周りの私たちを見る目が冷たくなっていったわ。小さな所領しか持たない子爵家の次女のせいで、国が不利益を被っているって」
「それはレベッカ先生のせいではないではありませんか!」
レベッカは訥々と話を続けた。
「先に耐えられなくなったのは婚約者の方だったわ。直接イヤなことを言われるわけじゃないけど少しずつ招待状が減っていき、そのうち家業にも少しずつ影響が出始めたの。おそらくアドルフ王子の圧力もあったと思うわ。それまで優しかった彼の母親も、だんだん私に冷たくあたるようになったわ」
どうやら少しずつ取引量が減っていったり、取引先を変えられたりと言ったことがあったらしい。露骨ではないが、じわじわとダメージが大きくなるイヤなやり方だ。
「2年も経たないうちに、私たちの婚約は解消されたわ。そして、それを待ち構えていたかのように、アドルフ王子から求婚状が王室を経由して届いたの。今度は婚約者も居ないから断る名分がなかった」
「え、それじゃぁ…」
「陛下は私の両親と私を呼び出して『イヤなら断っても構わない』と言ってくださったけど、明らかに疲労の色が濃かったし両親の顔色も悪かった。だから私も『嫁ぎます』としか言えなかったわ」
「そんな!」
残念なことではあるが、隣国であるロイセンと我が国のアヴァロンでは国力がまったく違うのだ。ロイセンは強力な軍事力はもちろんのこと、元はオーデル王国のものだった肥沃な土地と海上貿易の利権を持つ。国土の広さはそれほど違わないのだが、未開拓地域を多く抱えるアヴァロンが太刀打ちできるような相手ではないのだ。
「そして私は王妃殿下から直接お妃教育をうけることになったの。側室とはいえ妃として嫁ぐ以上、単なる子爵令嬢の教養では足りないということね。まぁ近隣諸国との関係性のような内容が多かったから楽しかったけれど」
「気になっていたのですけど、父と伯父様は幼馴染なのにレベッカ先生の味方になってくれなかったんですか?」
レベッカはくすっと笑って言った。
「その頃、アーサーはアデリアのことで侯爵と揉めて大変だったのよ。本来なら私に構うどころじゃなかったはずなのに、アーサーもアデリアも私のこと真剣に心配してくれたわ。ロブに至っては、家を一緒に出ようって言ってくれてた」
「えっ! 駆け落ちのお誘いですか!?」
「そうじゃなくて『一緒に冒険者になろう』ですって」
『伯父様…ヘタレ?』
「現実味がないわよね。剣術は微妙で、魔法も小さな火の玉を飛ばすくらいのことしかできない癖にね」
そんなことを言いながらも、レベッカはとても綺麗な笑顔を浮かべていた。
『あぁレベッカ先生も嬉しかったんだ』
更紗は生涯独身だったが、喪女だったわけではない。それなりに男性とお付き合いした経験はあったし、結婚を意識した相手がいなかったわけでもなかった。そんなアラサー女性としての経験で、レベッカの気持ちは理解できた。
「確かに無謀なお誘いですね。そういうとこ伯父様ってお坊ちゃんですよね…」
「本当にそうね」
二人はくすくすと笑い始めた。きっと今頃ロバートは盛大にくしゃみをしていることだろう。
「ところがね、私がロイセンに出立する前日の朝に、突然アドルフ王子の訃報が飛び込んできたの」
「ええっ!?」
『まさか伯父様が、漢気を発揮した!?』
「理由はお家騒動よ。第一王子と第二王子は側室腹だったのだけど、側室の実家は次代国王の外戚として権威を振るう気満々だったらしいわ。第三王子は王妃の産んだ嫡子だけど、側室とその実家の勢力に押されていたそうよ。だけど年を追うごとに増長する側室の実家の勢力を苦々しく思ったロイセン王は、自分の息子たちを含めた側室側の勢力を一掃することに決めたの。結局は第三王子が家臣が居並ぶ玉座の間で兄二人を誅殺し、その場で側室側勢力の罪状を明らかにしたのですって。側室は幽閉されて王から毒薬を賜り、一族は即日処刑されたそうよ」
「はぁ…」
『血生臭い話ね。ドラマみたい』
「そして、翌週には王太子が自らアヴァロンに訪れてアドルフ王子の非礼を詫び、王室に有利な交易条約を締結し、私にも大量の贈り物をくださったの」
「急転直下ですね」
「どうやら誅殺の理由の中には、他国の令嬢に対する非道な振る舞いも含まれていたらしいわ」
「なるほど、それは形だけでもお詫びしないわけにはいきませんね」
「おかげで私は自由の身になった。でも既に元婚約者には別のお相手がいたし、そもそも私も彼とヨリを戻したいなんて思えなかったの。状況から仕方ないとはいえ『お前のせいで家が傾いた』とか言われたんだもの。もう少し思いやりのある言い方ってあると思うわ」
『そりゃ無理だよね』
「社交界には私のことを『男を破滅させる女』とか『傾国の美女』とか言う人たちもいたわ。まぁ後者は、ちょっと恰好いいかなって思ったけど」
「レベッカ先生の美貌が原因ですものね」
「その頃になると、もう結婚にまったく興味をもてなくなったわね」
「なるほど」
「そしたら陛下がね、皆がいる前で『レベッカ嬢は妖精の友人もいるようだし、結婚したいと思えるまでは好きに生きるがよい』と仰ってくださったの。王都に隣接する地域に小さな所領まで与えて下さったわ」
「それは、良かったですね? と言っていいことなのでしょうか」
「考え方次第かもしれないわね。一般的な貴族令嬢としては生きていけなくなったけど、小さな土地の領主ではある。この国では女性に爵位が授けられることはないから、私の死後はオルソン家の所領になるけどね」
「レベッカ先生のお子さんには引き継げないのですか?」
「それは婚外子を勧めていらっしゃるの?」
「あ、いえ、そういうことではないのですが…」
この世界では結婚していない女性から生まれた子は婚外子として扱われ、正当な権利を持たない。そのため、貴族の妾から子供が生まれた場合は、正妻から生まれた子として届け出るのが普通だ。どうしても正妻が認めない場合には、実子であっても『養子』として届けるのだという。
「ちなみに陛下からは密書も受け取っていて、私と結婚した相手はたとえ平民であっても子爵位を授けてくださるのだそうよ」
「え!?」
「要するに私に爵位を授けられないから、好きな相手と結婚したら相手に爵位をくれるって言ってるの。私に対する謝罪でしょうね」
「そうだったんですね。表沙汰にしないのは、爵位目的の求婚を避けるためですか?」
「ご名答。サラさん合格よ」
晴れ晴れと笑っているレベッカを見ていると、いまのレベッカが自由を謳歌していることが伝わってくる。彼女は貴族女性としての義務として婚約し、国のために自分の幸せを諦め、謂れのない侮辱に耐えた結果、本当の自由を手に入れた強い女性なのだ。
「じゃぁ、あとは自分のために恋をするだけですね!」
「あら恋じゃなくてもいいじゃない? 今はサラさんと友情を深めるのがとても幸せよ」
「私もレベッカ先生が大好きです!」
「ふふふっ。じゃぁ私たちは両想いね」
カポカポとしたロヴィの足音と、二人の乙女の笑い声が緑濃い森にこだましていた。
『だけどレベッカ先生、恋はまだここにありそうですよ?』
サラは空気の読めない伯父の、困ったような笑顔を思い出していた。
やっと、住んでいる国の名前でてきました。
もしかしたらウッカリ過去に書いていて、矛盾してたらどうしよう(;'∀')