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音楽とコンプレックス

昼食はレベッカとサラの二人だけで、庭にある見通しの良い東屋でとることにした。給仕のメイドやマリアもすべて下がらせ、完全に二人きりだ。四方を見渡せるため、会話を他の人に聞かれる心配もない。


「レベッカ先生。私の演奏や歌で『面倒なことになりそう』というのはどういうことなのでしょうか?」

「サラさんがピアノやヴァイオリンを演奏すれば、必ず評判になるでしょう。本格的な社交デビューはまだ先でも、貴族の子供たちを集めた演奏会などは頻繁に開かれているから、そのうちサラさんも呼ばれるようになるはずよ」

「私の身分は平民ですし、貴族に知り合いはいません。それでも招待されますか?」

「貴族社会は狭いから、サラさんを引き取ったことは次のシーズンには話題になるはず。グランチェスター侯爵の孫だから、貴族として振舞うことを表立って咎める人もいないわ。おそらく侯爵閣下か小侯爵夫妻を経由して招待状が届くでしょう」

「グランチェスター領に引っ込んでいたらダメでしょうか?」

「あまり領に籠ったままでいると、侯爵や小侯爵夫妻がサラさんを蔑ろにしていると陰口を囁く人も出てくるでしょうね」


『なんてこと! 平穏無事に独立資金を貯める予定だったのに』


この国の貴族は社交シーズンを中心に回っている。春に王都で議会が開かれるため、各地の領主や役職を持った貴族たちは冬の終わりまでに王都に集まってくる。この議会の開催期間を社交シーズンと呼び、夫婦同伴の舞踏会、女性たちが集まるお茶会、男性が集う狩猟大会などが開催されるのだ。


ちなみに、領主たちは議会が開かれる前に自領の収入を申告して納税を済ませる必要があるため、会期よりもかなり前から王都入りするのが普通だ。


王都に集まる貴族たちは大抵家族を同伴するため、成人を迎えた子息や令嬢は、社交シーズン中にいずれかの舞踏会に参加して社交界へデビューする。必ずしも成人した年にデビューする必要はないが、女性は行き遅れる前に顔を売ろうと成人した年にデビューすることが多い。


初夏には議会も終了し、王室主催の大々的な舞踏会で社交シーズンは幕を閉じる。領主たちはそれぞれの領地に引き上げるが、そのまま王都に残る貴族も増えており、社交シーズン以外でも、王都では頻繁に舞踏会やお茶会が開催されるのだという。


また、若い世代を中心に、夏場は避暑と称して比較的涼しい地域の友人宅を訪問する習慣もある。社交シーズンに王都で出会った男女が、避暑地で再会して縁を深めるケースも多い。ただし、仲が深まり過ぎて結婚を急がざるを得なくなったり、身分違いの恋で悲劇がうまれたり、時にはひと夏の恋に落ちたりするので避暑地では注意が必要らしい。


「理由を付けて王都に行かなかったとしても、どうせ晩秋にはグランチェスター領で狩猟大会が開催されるわ。参加者の大半は男性だけど、その間に女性や子供たちでお茶会や演奏会をすることが多いわ」


そう、領地に戻ったからといって社交が必要なくなるわけではない。秋や冬にはそれぞれの領地で狩猟大会を開催することは、領地をもつ上位貴族の義務のようなものなのだ。


「つまり祖父様や伯父様に招待された貴族の方々をもてなさないといけないのですね?」

「その通りよ。グランチェスター家の一員として過ごすのであれば、子供であってもその義務から逃れることはできない」

「でも、伯母様が主催されるんですよね?」

「困ったことにエドとリズは、いろいろ理由を付けて王都をほとんど出ないのよ。おかげでグランチェスター領では狩猟大会も、舞踏会も、お茶会も年に1回しか開催されないわ。終われば早々に王都に戻ってしまうから」

「別に良いではありませんか。その分、王都の邸でいろいろ主催していらっしゃいましたよ? 私は子供だったので参加したことありませんでしたが」

「サラさんがいると、クロエが目立たなくなってしまうものね。リズの性格を考えれば、然もありなんといったところね」

「伯母さまがそのようにお考えでいらっしゃるなら、私はあまり社交の場に出ることも少ないのではありませんか?」


レベッカはため息をつく。


「おそらく年に1度か2度は社交の場に連れていかれるはずよ。リズは悪評を放置できるタイプじゃないもの。そこでサラさんがピアノやヴァイオリンの演奏を一度でも披露してしまえば、おそらく色々な場所から招待されることになるでしょう。あまりにも評判が高ければ、王室からもお声がかかるかもしれないわね」

「手を抜いて演奏すれば…」

「サラさん、手を抜いて演奏する自信ある?」

「あぁ…えっと、どうでしょう…」


そう、演奏中のサラは音楽に没入してしまい、あまり周囲が見えなくなってしまうのだ。実はピアノやヴァイオリンの演奏中、何度かレベッカはサラを止めようとしたらしいのだが、いつもならすぐにレベッカの仕草に気付くサラは、それにまったく気づかなかった。


「自信ありません…」

「それは、もう音楽家というか芸術家の宿命のようなものだから諦めるしかないわ」


しょんぼりと返事をしたサラに、レベッカもこの才能を隠すことを諦めるしかなかった。


「でね、リズがサラさんの才能を知ったら、おそらく演奏会を開きまくりたがるはず。あの人は昔から目立つことが大好きだったから、たぶん『姪っ子を大事に育ててます』アピールをしながら、サラさんを見世物みたいに引っ張りまわすと思うわ。そのせいで、自分の娘が劣等感でヒステリー起こしたとしてもね」

「あ、それは想像しただけでイヤですね」


見世物にされるのもイヤだが、クロエからのイヤガラセがエスカレートする未来しか見えないのがもっとイヤだ。


「魔法の発現と同じように、サラさんの才能が見つかってしまえば、必ずエドやリズは利用しようとするわ。貴族ってそういう生き物だもの。そして、サラさんが目立つ存在になれば、いずれ妖精の恵みを受けていることも露見してしまうでしょうね」


妖精の恵みを受けているということは、強い魔力の持ち主であることを意味する。つまり何らかの属性の魔法が発現している可能性が高いということだ。そして注目されていれば、うっかり全属性を持っていることがバレてしまうかもしれない。


「それはとても危険ですね」

「だから人前でピアノやヴァイオリンを演奏したり、歌ったりしないことを強くお勧めするわ」

「それで通用するでしょうか?」

「自分でいうのもアレなんだけど…リズは私の音楽の能力を良く知ってるから…」

「から?」

「サラさんには、きちんとした音楽教育はできていないと思ってるはず」

「なるほど」


レベッカは少々顔を赤らめつつ、諦めたように言葉にした。


『やっぱりコンプレックスだったんだ。私の絵画能力みたいなものね』


「だからね、キタラあたりをもって拙い演奏をしてくれば、年齢相応に見てもらえるんじゃないかと思うの。それでも私の演奏よりはだいぶ上手なんだけど…」


『あぁ、先生が自分の傷口に塩ぬっちゃってる!』


「とりあえず、魔法でも音楽でも目立たない方向で頑張ります。そして、できるだけ早くグランチェスター領に戻ります」

「王都には私の家もあるから、サラさんがいつ訪ねてきても良いように手配しておくわ。隠れ家にはできるんじゃないかしら」

「ありがとうございます」


昼食を終えたところで、レベッカは手元のベルを鳴らして下げていたメイドたちを呼び、サラに乗馬服を着せるようマリアに指示した。


「今日の午後は歴史のお勉強の予定では?」

「予定を変更しましょう。本邸とパラケルススの実験室の間には距離があるから、馬で移動できるようにしておく方が良いんじゃないかしら。まずは私と一緒に馬に乗って、乗馬の感覚に慣れていきましょうか」

「はい!」


どうやら午後も、なかなか楽しい時間になりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「子息や令嬢」という表現。 「子息や息女」または「令息や令嬢」のほうが統一感があると思います。
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