朝飯前のできごと
翌朝はレベッカがサラの部屋に直接訪れた。
「おはようございますレベッカ先生。朝からどうされましたか?」
起き抜けの目を擦りながらレベッカに挨拶し、訪問の理由を尋ねた。
「おはようございます。サラさん、今朝は侯爵閣下も朝食をご一緒したいそうよ。たぶんロブも同席するわ」
「そうなんですね、昨日も伯父様が一緒でしたし、朝食はしばらく賑やかかもしれないですね」
ベッドから起き上がり、マリアが用意してくれた水で顔を洗う。レベッカはソファに座って、身支度中のサラに話しかけた。
「サラさん、魔法の発現を侯爵閣下にお知らせしましょう」
「遅かれ早かれ魔法の発現は伝わってしまうでしょうから、先に自己申告しておくのは良いかもしれないですね」
レベッカは物分かりの悪い子供に言い聞かせるような口調になる。
「まだ自分の価値を正しく理解してないようね。私の伝え方が悪かったのかしら」
「全属性を持っていて、妖精の友人もいる自分が希少な存在であることはレベッカ先生から教えていただきました」
「希少ねぇ。まぁその通りではあるんだけど、現在、この国において全属性なのは、サラさんを除けば畏れ多くも国王陛下と皇太子殿下のお二方のみってことも話したわよね?」
「はい。伺いました」
「加えて、今の王室の方々の中には、妖精と友愛を結ばれた方はいらっしゃいません」
ここに至り、やっとサラは自分が置かれている危険な状況を認識しはじめた。
「もしかして、妖精の恵みを受けた全属性持ちって私だけってことですか?」
「理解していただけたようで何よりね。サラさんは、私など足元にも及ばないほどの稀有な存在よ。生き方を自分で決めたいのなら、秘匿すべきことは徹底して守らないと。このままではエドだけじゃなく、王室や教会から囲い込まれてしまうわよ」
身支度を終えたサラはレベッカの座るソファに移動し、優雅に腰を下ろした。
「正直、そこまでとは思っていませんでした。どうしたらいいのでしょう…」
「魔法を発現したことは既に知られていると思った方がいいわ。でも全属性ってことは隠すべきでしょうね」
「どの属性を申告すべきでしょうか」
レベッカはしばし考えるような仕草を見せた。
「そうねぇ。既に風属性や土属性の魔法は色々な人が目にしてしまっているから申告は避けられないわよね。あとはグランチェスター家に多い火属性と、最初に発現した水属性も隠し通すのは難しいのではないかしら」
「難しいでしょうか?」
「だって便利だから。サラさん使っちゃうでしょ?」
「確かに」
サラは頷かざるを得ない。なにせ下男に任せれば済むはずの草刈りに、さっさと魔法を使ってしまったのだから。
「四属性を発現ってだけでも凄いのだけど、他にいないわけではないわ。アカデミーの学生の中にも数人はいるでしょう」
「それでも、かなり貴重な人材って感じになっちゃいませんか?」
「確かにそうね。でもサラさんは女性だから、使える魔法そのものに期待はされないはずよ」
「魔法を発現しているのに、使うことは期待されないのですか?」
魔法を発現してるのに使うことを期待されないとは、なんとももったいない話だ。しかし、確かに貴族女性が魔法で草刈りをするなどは考えにくい。
「残念ながら貴族女性が魔法を使う場がないのよ。例外は光属性の治癒くらいかしら?」
「聖女ということですか?」
「教会では治癒魔法が使える女性を聖女と呼んでいるけど、治癒魔法が使える男性は神官なのだから、女性も神官で良いとおもうのだけど…」
「そのあたりは、男性のロマンということにしておきましょう」
「ふふっ、サラさんにかかれば教会も形無しね」
「別に貶めているつもりはないのですが…」
「ともかく、四属性以外は隠しましょう。まだ発現前ですから嘘ではありませんしね。妖精の恵みについては、ギリギリまで隠しておいた方がいいと思うわ。せいぜい15年くらいが限界でしょうけど」
「わかりました。レベッカ先生の仰る通りにします」
すると、それまでの深刻な雰囲気を吹き飛ばすように、レベッカはいたずらっ子のような微笑みを浮かべた。
「それでね、たぶん侯爵閣下はサラさんに、お祝いをくれるって言い出すと思うの」
「どのくらいのおねだりが許されるんでしょう。現金とかダメですよね」
「もちろんダメです。魔法の発現のお祝いとして家長から受け取ることが多いのは土地や邸なのよ。あるいは価値のある魔石や宝石、美術品もあるわね。自分の財産を持っている女性は、嫁いでも婚家で蔑ろにされにくいですし、仮に離縁されたとしても生活に困りませんからね」
「魔法の発現って、そこまで価値があるものなんですか!?」
「ええ、その通りよ。だからね、サラさんは侯爵閣下に、パラケルススの実験室のある塔と周辺の土地の権利をおねだりしてみたらどうかと思うの」
「!!!!」
『そ、そんな奥の手があったか!!』
「そんなこと許されるでしょうか?」
「ロブが余計なことを言わなければ、ただの打ち捨てられた塔と庭だもの。『グランチェスター領に自分のものだと思えるものが欲しい。せっかくなら曾祖父様が遺された塔で勉強したり、魔法を練習したい』とか言えばいいんじゃないかしら?」
「資料の調査という名目で、人を雇う許可ももらえれば完璧ですね」
「そのくらいなら、クロエのドレスやアクセサリー代より安いと思うに違いないわ」
サラとレベッカは顔を見合わせて腹黒い笑いを浮かべ、手を繋ぎながら朝食が用意されたコンサバトリーへと向かった。