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謁見の間 6

『そういえば、あの者も乙女の一人であったな』


ふと王の視線がアメリアを捉えた。


「アメリアよ。其方も顔を上げるがよい。この場に面倒な儀礼はいらぬ」

「御意にございます」


ようやく、アメリアはゆっくりと顔を上げた。だが、王を直視することなく目線は下を向いたままである。上位者から尋ねられた場合には儀礼を省くことも許されているが、アメリアは上位貴族の令嬢のように優雅な態度を崩さなかった。


「ふむ。平民と聞いているが、其方の所作はまるで貴族の娘のようだな。貴族家の庶子であったとは聞いておらぬが」

「両親もグランチェスター領に生まれ育った平民でございます。正式に結婚した両親との間に生まれた長子として記録されております故、おそらく間違いはないかと存じます。所作について申し上げるのであれば、王宮でお勤めされている皆様方を真似ているに過ぎません。間違いでないことを祈るばかりでございます」

「驚いたな。確かに王宮の侍女たちは子供の頃から淑女教育をうけた貴族の令嬢ばかりではあるが、真似だけでそこまでできるとは」

「あまりにも貧しい生まれであったが故に、学べる時に貪欲に学ぶことが癖になっているのかもしれません」

「貪欲に学ぶ、か……なるほど。その姿勢をずっと続けていられることこそが、其方が優秀である理由であるのだろう」

「畏れ多いことにございます」


改めてアメリアは優雅な所作で深々と頭を下げた。王が指摘したことで、その場にいた多くの参列者もリヒトではなくアメリアに注目し始めた。


「謙遜は不要だ。妻や息子の嫁たちが騒いでおる化粧品も、其方が開発を担当したと聞いておる。ハーブティも好評だとか。そういえば、男性用に販売していた商品の一部が販売終了になったことを惜しむ者も多いらしいな。アカデミー連中はアリシアという娘のことで騒いでおったが、其方もなかなかに侮れぬ」


王の発言は、アメリアにではなく実際にはソフィアを牽制していることは明らかであった。


『こちらの手の内を知っていると言いたいのね。だけど、実際にはどこまで知っているのかしら』


王の発言を受け、王よりも一段低い位置に立っていたアンドリューが口を開いた。


「陛下、アメリアの魔力回復薬は、実に高い効果を発揮するのです。なにしろ、枯渇寸前だった私の魔力を一晩で完全回復させてくれました。オリジナルのレシピのようですが、彼女は我が国の正式な薬師ではないので、広く販売できないのだそうです」

「ほほう。アメリアよ、そのレシピを公開し、アカデミーで検証する気はないか? アカデミーの薬師たちからの認可があれば、ソフィア商会で販売することも可能だが」

「畏れながら陛下、私の独断で薬のレシピを公開することはできません。私は乙女の塔に所属する研究者であり、発明や発見に関する権利は雇用主であるサラお嬢様がお持ちなのです」

「其方はソフィア商会の従業員ではないのか?」


この問い掛けには、ソフィアが答えた。


「陛下、アメリアの所属はあくまでも乙女の塔でございます。ソフィア商会は、グランチェスター家のサラお嬢様との契約により、乙女の塔の発明品を商品化する独占的な権利を持っているに過ぎません」

「その契約に期間は定められておるか?」

「無論でございます。国法に従い、10年ごとに契約を見直す一文が記載されております。また、期間内であっても権利者であるサラお嬢様、あるいは発明者であるアメリアの申し出があれば、契約の見直しや解除も可能でございます。契約更改や解除については、中立性を重視し、国によって任命された公証人を立会人とするように明記いたしました」


王は短い発言の中で『ソフィア商会はアメリアの能力を不当に搾取しているのではないか?』という意図を込めていた。これに対し、ソフィアはさらりと『不当な契約ではないし、いつでも見直しできるようになってるよ』と答えたのである。


事実、乙女たちの契約は、この世界では考えられないくらいに破格の内容である。しかし、王は乙女たちの契約内容を詳細に把握してはいなかった。


「特別に王宮医官として召し上げ、アカデミーの研究室への出入りを許可することもできる。其方の力を国のために役立てるのはどうだ?」

「畏れながら陛下、私は王宮医官の方々がどのようなお仕事をされていらっしゃるのかをまったく存じ上げません。いずれも優れた薬師であられるのでしょう」

「そうだ。王宮医官として採用されるには、アカデミーでも優秀な成績で卒業していなければならない」

「であるのならば、私に王宮医官を務めることは難しいかと存じます。どうかご容赦くださいませ」

「何故だ?」

「優秀な成績でアカデミーを卒業された薬師の方々からしてみれば、私は運よく陛下の目に留まっただけの無学な小娘に過ぎません」

「其方は特別なのだ。無礼な態度を取らせるようなことはさせぬ」

「まさにそのことが問題なのでございます。陛下にお守りいただけることを疑ってはおりません。しかしながら、特別扱いされたままで、他の王宮医官の方々と良い仕事ができるとは思えないのでございます。王宮医官になるために多くの努力をされてきた方々の前で、無学な田舎娘が浅薄な知識を(ひけ)らかすような振る舞いはできません」


アメリアは、アレキサンダーの弟子の中でも唯一の女性である。他の兄弟弟子たちは、アカデミーの入学を志してアレキサンダーの元で学び、アカデミーを卒業した後は2年程助手を務めてから一人前の薬師として独立していく。アカデミーの入学には年齢制限があるため、15歳になってもアカデミーに入学できなかった弟子は薬師を諦めてアレキサンダーの元を去っていくのだ。だが、最初からアカデミーに入る資格のないアメリアだけは、アレキサンダーの助手であり続けるしかなかった。


兄弟弟子の中には、アメリアを見下したり差別したりする者もいた。もちろん、親切な兄弟弟子も沢山いたので、イヤガラセをされても庇われることは多かった。だが、露骨に見下されることも、親切に庇われることも、結局は彼らがアメリアのことを自分と同じ薬師の弟子とは見ていないのだということにアメリアは気付いていた。


常日頃から、アメリアは『好きじゃなければ、女性の身でこの仕事は続けられない』と考えていた。王宮医官という仕事が何をするかはよくわからないが、その仰々しい役職名から考えてもあまり楽しそうではない。妖精が管理する花園もなければ、近くに大好きな師匠(アレキサンダー)もいないのだ。自分たちが特別な存在だと考えている優秀な医官たちに交じって仕事するなど、少し想像しただけでもゾッとする。


「そのように自らを卑下する必要はないのだが……」

「陛下の慈悲には深く感謝を申し上げます。ですが、私は身の丈に合った生き方をしたいと存じます。私にとって、乙女の塔で気ままに研究を続けられることは、とても楽しく有意義な時間なのでございます」

「そこまで申すのであれば、無理強いはすまい」

「畏れ入り奉ります」


アメリアが再び深々と頭を下げて顔を伏せると、王はついと顔を上げてソフィアを見遣った。


「ソフィアよ、この調子ではアリシアも同じように王宮で働いたりはしないのだろうな」

「その件につきましては、どうかアリシア本人に尋ねてくださいませ。彼女が王宮で働くことを希望するのであれば、引き留めることはいたしません」

「契約不履行で訴えたりもしないということか?」

「御意にございます。常に契約は見直しが可能であり、職業選択の自由を奪うことはございません」


ソフィアはニッコリと笑った。実際、アリシア自身が王宮で働きたいというのであれば、それを引き留めるつもりはない。だが、アリシアは乙女の塔で研究することを選ぶことを疑っていなかった。王宮がアリシアやアメリアにとって最高の職場環境を提供できないことは、火を見るよりも明らかだからだ。


『さてさて、この王様はどんな条件で彼女を引き抜くつもりでいるのかしらね』


ソフィアは内心でほくそ笑んだ。


「ふぅむ。ところでソフィアよ。其方は乙女らとどのような契約を交わしておるのだ? ここで言いにくいのであれば無理強いするつもりはないが……」

「それほどの条件ではございません。雇用契約はサラお嬢様と乙女たちの間で交わされており、基本報酬はグランチェスター領の1年目の文官と同程度であると伺っております」

「1年目か。だとすればそこまで高くはないな」


王は事も無げに呟いたが、その場に控えていた多くの文官たちはアカデミーで学んだこともない女性が、それ程の報酬を得ていることに少なからず驚いた。


「ふむ。"基本"というくらいだから、他の報酬もあるということだな?」

「然様でございます。サラお嬢様は、乙女たちが開発した製品の権利を開発者に帰属するような契約を交わしております」

「な、なんだと!!」


王は驚きのあまり椅子から立ち上がった。それ程、サラと乙女たちの契約はこの国の常識から大きく外れているのだ。


「権利が雇用主に帰属しないのであれば、報酬の支払い損ではないか」

「サラお嬢様は、開発製品の利用契約を締結しております。つまり、開発製品で得られた利益は、サラお嬢様が受け取る権利があるということでございます。しかしながら、サラお嬢様の予想よりも得られた利益が大きい場合には、特別報酬が支払われることもあるそうです。どの程度の報酬なのかについては、私の立場では分かりかねます」


本当はわかっているのだが、正確な数字をあげるつもりはなかった。ソフィアは意図的に説明しなかったが、実は金額の大小にかかわらず、商品から得られた利益は、自動的にサラと開発者に配当として支払われる仕組みになっているのだ。そこに『予想よりも大きい』などの曖昧さはまったくない。そんなことに頭を使うのは無駄なことだとサラは考えていた。


そのため、彼女たちの収入は、既にグランチェスター領の上級文官であるジェームズやベンジャミンよりも多い。シュピールアの売上によって莫大な額の配当を受けているアリシアに至っては、既にロバートの年収を軽く上回ることが確定している。その事実が下手に周囲に知られてしまうと、良からぬ考えを持った男性が彼女たちに近づいてくる危険性すらある。


「で、では、権利を持ったまま、他の組織に移籍することも可能ということか!」

「御意にございますが、果たしてどの組織であれば、乙女の塔と同じレベルで彼女たちが利益を得られるのかについては、甚だ疑問でございます。開発した製品が必ずしも利益を得る保証はないにもかかわらず、サラお嬢様は乙女たちに高額の報酬を支払い、開発費用も負担されております。ソフィア商会としましても、サラお嬢様がより多くの利益を得られるよう乙女の塔が開発した製品を独占販売しておりますし、輸送料や宣伝費なども当方が負担しております」

「そう考えると、乙女の塔は不利益や損害を被る可能性の高い事業なのだな。仮に乙女たちを雇用できたとしても、権利が自分たちのモノにならないということか。なんとも難しい……」

「サラお嬢様はグランチェスター家に属するお方でございます故、グランチェスター領の地場産業を育てる意味合いもあるのかと愚考いたします」


『まぁ、必ずしもそうじゃないんだけどね。こう言っておけば無理強いはしにくいでしょ。王室もグランチェスターを敵に回すわけにもいかないだろうし』


だが、この話は王よりも、この場にいた多くの商人たちに大きな影響を与える結果となった。あわよくば乙女たちを自分たちの商会に引き込もうと目論んでいた者にとって、乙女の塔の契約条件はあまりにも衝撃的であった。がっくりと肩を落とす者、あんぐりと口をあけたままになっている者など態度はさまざまであったが、それでも商人たちが心の中で考えたことは同じであった。


『そんな条件で契約できるわけがない!』


乙女の塔と同じ契約で彼女たちと契約することは不可能ではないが、そんな契約を締結したことが他に知られれば、多くの工房や職人たちから契約の見直しを迫られてしまうことになることは明らかである。製品開発の多くは赤字のまま終わってしまうことの方が多い。そのため多くの商人が『乙女の塔はたまたま当たりを引いたに過ぎない』と断じ、『裕福な領地の領主一族だからできること』だと鼻先で嗤うことで溜飲を下げた。


しかし、人の口には戸が立てられないものである。乙女の塔と乙女たちとの契約は瞬く間に広がり、錬金術師や薬師をはじめ、多くの職人たちが一斉に自分たちが開発した製品の権利を主張し始めるまでに、それ程の時間は残されていなかった。

3日目。

新刊が出るよ……という告知はそろそろ飽きてる人もいそうなので省略!

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― 新着の感想 ―
不十分と気付くだけでもチートなのに利益につなげる算段、横槍を防ぐ、武力、政治力とかチートレベルですよね、チートなんか悪用ばっかしてイメージだし、保護と尊重とモラルに使うのが一番のチートですかね。 お…
更新ありがとうございます♪ のびのび働けて、結果にコミットする職場、これは辞められませんね。
そもそも損害出ても魔石で儲けられるから問題ないって前提があるせいでどこも真似出来ねえ… 株と不動産で儲かってるから趣味の飲食店は格安でってやってるようなもので都合のいい部分だけ真似されると結構危ない
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