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今後の方針

「商会の話が出たついでですので、今後の方針についてもご相談させていただいてよろしいでしょうか?」

「そっちの方が本題だと思うんだけどね」

「いえ、ここから先の話は、商会が無いと進めにくいのです」

「ふむ?」


ロバートが首を傾げる。


「グランチェスター領は、現金を稼ぐ必要があることは承知しているかと思います。そしてその現金はできるだけ外貨、つまり他領や王都から収入を得たいのです」

「うん。それはわかるよ」

「先日もお話したように、まずは乙女たちとエルマ酒を蒸留した『エルマブランデー』を作りたいと考えています。蒸留した後は樽に詰めて熟成させたいので、最低でも3年はかかると思います。即金になるものではありませんし、そもそも成功するかもわかりません」

「まるで飲んだことがあるような言い方だねぇ」


『ぎくり』


「もちろん味見は、伯父様方にお願いしますね。3年後でも、私はまだお酒を飲める年齢には達していないので」

「まぁ当然だね」

「サラお嬢様の作られるお酒なら、きっと美味しいことでしょう」

「酒精が強いと聞いていますので今から3年後が楽しみです」


『おお、なんか男性陣のウケがいいな』


「ただ3年間じっと待つというわけにもいきませんので、エルマ酒も王都で販売しようと思います。これも以前お話したように、割れないような上質な瓶に詰め、輸送時や販売時でも品質管理を徹底させます」


すると、ベンジャミンが口挟んだ。


「ポルックスも指摘していましたが、コストに跳ね返ってくると思います」

「はい。私もそう思います。そのため製造、輸送、販売、アフターサービスといったすべての工程を、新たに設立した商会が一括管理することで中間マージンを省くことを検討しております。同時にエルマ酒を差別化し、特別なエルマ酒として販売することも検討しております」

「エルマ酒は、どちらかといえば庶民の酒だと思いますが…」

「お手頃なエルマ酒と、高級品質のエルマ酒を分けて販売するのです。高級品質は年ごとに限定本数のみ販売とし、決して追加をしてはいけません。瓶やラベルにシリアルナンバーを入れてもいいかもしれませんね」

「それで高級品として売れるのでしょうか?」

「高級品と周りが認知することが重要なのです。厳選した材料、信頼できる製造工程、輸送や販売時の品質管理を証明し、他のエルマ酒とは差別化するのです。そうだ、ポルックスさんにエルマ酒を仕込む名人の方を紹介して欲しいとお伝えいただけます?」


要するにサラが狙っているのは、グランチェスター産エルマ酒のブランディングである。


「そういえば伯父様は、エルマ酒は女性にも飲みやすいと仰られてましたよね?」

「うん。ほんのり甘くて飲みやすいから、エルマ酒を好む女性は多いよ」

「どちらの女性とエルマ酒を楽しまれたのかは聞かないでおきますが、貴族の女性にも受け入れられると思われますか?」

「いろいろ誤解があるような気もするけど…… 確かに貴族女性でも好きって人は結構いるね」


『やっぱりそうよね。前世でもシードルを好む女性は意外に多かった。あの炭酸が好きって友人もいた……ん? 炭酸?』


「伯父様、ワインから作られる発泡酒はないのですか?」

「ワインで? 聞いたことないな」


『ってことは、スパークリングワインはこの世界には無いんだ!』


「では絶対に炭酸入りのエルマ酒を売れるようにしましょう。女性向けにかわいらしい瓶に詰めても良いかもしれません」


ここで、サラの脳裏に数日前のやり取りが過った。


(え、この花瓶を手作りされているのですか?)

(彼女の父がガラス職人でして、彼女も子供の頃から色々作っているそうです)


『そうだ、ジェームズの婚約者はガラス職人の娘だ!』


「ジェームズさん、婚約者さんと、そのお父上を紹介してください!」

「へ? あぁガラス瓶!」

「その通りです。できれば女性ウケの良い装飾的なものも作りたいので、婚約者さんの意見も聞きたいです」

「なるほど。承知しました」


そこで話を区切ったサラは周囲を見回して爆弾を落とした。


「そんなわけで、私はレベッカ先生とのお勉強と、商会経営、それに乙女たちとの製品開発でとても忙しくなる予定ですので、今後の執務のお手伝いは難しいかと思います」


「「「ええぇぇ!」」」


ロバートと文官が悲鳴のような声を上げて驚いている。


「伯父様には今朝伝えましたよね? なんで二回目も驚くんですか。執務はもともと私のお仕事ではありませんし、祖父様に隠れてまで続けることではないです。もちろん相談は受け付けますが、それよりも商会運営を軌道に乗せる方が重要です」

「いや、でも急過ぎないか?」

「うーん…それじゃ、今期の決算報告書を作成するところまでは、ギリギリお付き合いします。でもそれ以上はダメです」

「そんな……」

「そろそろ思い出していただきたいのですが、伯父様も文官の方々も『アカデミー卒のエリート』ですよね? そして、私は正真正銘の8歳の小娘です!」


まさしく正論である。男性陣は肩を落としてがっくりしているが、女性陣は全員こくこくと頷いていた。


そんなロバートと文官たちに、サラは追い打ちをかけた。


「あ、パラケルススの実験室と秘密の花園は、グランチェスター家の私有財産ですが、こちらの使用料は商会から支払います。秘密の花園の植物ですが、こちらの収穫物は商会が一括買い上げで宜しいでしょうか? 元々打ち捨てられていた場所でもありますので、お許しがあれば譲渡という形でも構いませんが?」

「さすがに不動産譲渡は父上の許可がなければできないよ」

「ですよね。ひとまず料金は手形で支払いますが、利益が出るまでの間は換金を求めないでくださいね。あぁもちろん、伯父様が出資してくださる額次第では、即金で支払えるかもしれませんが」

「サラ、僕の懐を空っぽにする気なのかい?」

「いいえ。実験室や花園で商品開発を頑張りますし、伯父様には出資額に応じた配当をきちんとお渡しして懐を温めるつもりです」

「まぁ期待しておくよ」


『むぅぅ。ちょっと舐められてる。まぁ実績がないんだから仕方ないか』


「レベッカ先生にもきちんと伺っておかなければならないことがあります」

「何かしら?」

「学びに果てがないことは承知しておりますが、私の教育はどの程度の進捗なのでしょうか。どのくらい仕事に時間を割くことができるのでしょう」

「正直なところ、今の年齢に見合った教育は十分でしょうね。数学や経営学などに至っては、アカデミーの教授陣並みかもしれません。ただ、成人するまでに貴族女性が身に付ける教養全般となると、文学や歴史といった部分に不足があると言えるかもしれません。もっとも『侯爵令嬢』としての教養なので、サラさんが平民として生きていくのであれば不要かもしれません」

「なるほど。ではレベッカ先生には引き続き、不足を補っていただきたく存じます。教育を受けられない人の方が圧倒的に多いこの国で、無条件で学習する機会を与えられているのです。学習しないなんて、もったいないじゃないですか。それに乗馬も教えてくれるんですよね?」


前世の記憶では補えないことも多い。知識を貪欲に吸収し、スキルを身に付けていかなければ、サラの求める自由と生活レベルの維持は難しい。グランチェスター侯爵が許してくれている間に、可能な限り高い能力を身に付けるべきだろう。


「そうね。サラさんとは一緒に遠乗りしないとね。もっとも基礎学習の大半は必要ないと思うので、時間の余裕はできると思いますよ? それに文学や歴史なんて、一気に詰め込んでも覚えられませんから、ゆっくりやっていきましょうね」

「はい、レベッカ先生!」


こうして、夜の自習室での密談は幕を閉じた。ロバートや文官はもう少し話をしたそうな表情を浮かべていたが、8歳の身体に睡眠というタイムリミットが来てしまったので強制終了となったのだ。


うとうと眠ってしまったサラを部屋まで抱えて行ったロバートは、「僕はたぶん結婚できないと思うんだ。本当に娘にならないかい?」と呟いたが、その発言は誰にも聞かれることはなかった。

伯父様の最後の呟きをちょっとだけ変えました

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「夜の」と一言つくだけで淫靡な雰囲気が漂うのは何故?
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