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オコッテナドイマセン

掲載後に下書きにしていた別のテキストを張り付けていたことに気付いて急ぎ修正しました。

大きく変更はないのですが、修正箇所と追記があります。


乙女の塔から王都邸の自室に戻ると、マリアが困ったような表情でウロウロしていた。


「ただいま」

「サラお嬢様! 侯爵閣下がお呼びでございます。『お召し替え中』とお伝えしてはおりますが、お戻りにならなかったらどうしようかと思案しておりました」

「慌てさせてごめんね。でも、グラツィあたりに言えばすぐに伝言は届くわよ」

「ゴーレムの使用人たちは、小侯爵夫人とレベッカ様に呼ばれているのです」

「……無断で?」


サラの纏う雰囲気が少しばかり剣呑になった。グランチェスター家の大人だからといって、サラ個人の所有物やソフィア商会の商品を自由に使って良いわけではない。自律的に動作しているため忘れがちではあるが、ゴーレムに……というよりもマギに命令できるのはサラ自身であるべきだ。


「命令系統をちゃんと決めないと駄目ね。乙女たちやリヒトのサポートは私が許可してるけど、グランチェスターの関係者には許可していないわ。いざという時に、私を優先してもらえないのは問題だと思う」


あまり時間もないので、サラは手早く魔法でドレスを着替えた。着替えを理由にマリアが時間を稼いでくれたことを考慮した結果、乙女の塔に向かう前に着替えた邸内用ドレスではカジュアル過ぎると判断したのだ。


グランチェスター侯爵の執務室に到着すると、サラはノックをしてから声を掛けた。


「祖父様、お呼びと伺いました」

「入れ」


執務室では、大きな机に向かってグランチェスター侯爵が書類仕事をしていた。その背後には大きな窓があり、眺めの良い庭園を門の方まで見渡せるようになっていた。もっとも、今日は王都でも雪が降っているため、すべてが真っ白に染まっている。


「このお部屋に入るのは久しぶりですね」

「最後に入ったのは、お前がグランチェスター領に住みたいと言い出した時だったな」

「随分前のような気もしますが、まだ1年も経っていないのですね」

「確かに」


グランチェスター侯爵は立ち上がってソファの方に移動した。床には毛足の長い絨毯が敷かれているため足音は全く聞こえず、侯爵の業務を補佐していた執務メイドがお茶を淹れ始めた。


『祖父様も執務メイドを使うようになったのね』


「申し訳ありません。昨日は祖父様方のお帰りを待てずに寝てしまいました」

「仕方あるまい。我らが戻ってきたのは深夜だったからな。王宮を辞した後、顔を出した商業ギルドで引き留められたのだ。穀物を扱う大商会の会長たちが次々と陳情してきてな。要は『ソフィア商会をなんとかしろ』ということだ」

「まぁ。それは大変ですわね」

「仕方あるまいよ。あ奴らも死活問題だろうしな」

「ソフィアに頭を下げるのはイヤだけど、グランチェスター家の当主には平伏できる方々ということですわね」

「その通りなのだろうな」

「それで祖父様、国王陛下からは……」


その時、カチャリとカップとソーサーがぶつかる小さな音を立てた。使用人への教育が徹底しているグランチェスター家のメイドとしてはあり得ない程お粗末な所作だが、これは『まだ自分はここに居る』という意思表示であり、『自分たちが退室するまで不用意に発言してはいけない』という警告でもあった。


「大変失礼いたしました」


執務メイドは控え目に謝罪を口にすると、そのまま作業を続けた。最近、このようにサラの迂闊な行動を諫める使用人が増えてきている。理由はわからないが、サラを陰からフォローしているように感じる。ひとまずサラは当たり障りのない話題を選び、執務メイドがお茶をサーブして執務室を退室するまで待った。


「王から直々にソフィアの正体を問われた。まぁ知らぬとは答えておいたが」

「ありがとうございます」

「アデリアなのではないかと疑う様子もあった。まぁ、容姿から母方の親戚だと推測したのだろう。ジェノア……というよりフローレンスの旧王室との結びつきを懸念してのことだとは思う」

「推測の方向性は理解できます」

「まぁアデリアが既に儚くなっていることは調べればすぐにわかる。おそらく王は確認のため私に下問されたのであろう」


サラは執務メイドが淹れてくれたお茶を一口飲んだ。


『あ、美味しい。マリアよりもお茶を淹れるのは上手ね。でも、お菓子の方は食べ方がわからないわ……』


執務メイドは、お茶と一緒に小さな焼き菓子を用意してくれていた。前世のビスコッティのように硬く焼いたお菓子なのだが、レベッカの淑女教育では、お茶にお菓子を浸して食べることを教えられていない。サラはお菓子には手を出さない方が無難だと判断した。


そんなサラの様子を見ていたグランチェスター侯爵は、サラが何を考えているのかに気付いた。


「淑女には敬遠されるが、その菓子は私が好んでいるのだ」

「騎士や兵士向けの非常食としてナッツやドライフルーツなどを混ぜこんだ物を商品化してもいいかもしれません。旅人にも喜ばれるでしょう」

「お前はすぐに商売に結びつけるのだな。まったく淑女らしからぬが、商人としては正しいのだろう」


ふっと笑顔を見せた祖父に対し、サラも柔らかな微笑みを返した。


「間違いなく私は商人ですし、私の記憶では両親もまた商人でございます。……ですが、母の実家のことは調べておいた方が無難そうですね」

「お前なら私よりも詳細に把握できるのだろうな。フローレンス商会は沿岸連合の中ではかなり独自性を保っている。シルト商会とも取引はあるが、ロイセンやアヴァロンに対する敵対的な行為に与しているかどうかまでは把握できていない。わからないといえば、アデリアが実家でどのような立場にあったのかについても皆目見当がつかん。訃報を送っても、弔問の使者が無礼な書状を携えてきたのみであった」

「無礼な書状?」

「要約すると『アデリアの相続権は娘のサラには引き継がれない』といった内容だな」

「弔意ではなくて、お金の話ですか」

「うむ。私はその場で『グランチェスター家は他国の商人に金の無心などせぬ』と怒鳴って書状を使者に投げつけて追い出した」

「母が駆け落ちしたことをご存じでいらしたのであれば、孤児となった私が貧しい暮らしのままだと考えてもおかしくはありません。私を引き取って養育費の名目で母の遺産を使いこみたい人がいないとも限りませんし」


だが、グランチェスター侯爵は厳しい表情を浮かべたまま、サラの意見を真っ向から否定した。


「いや、それはないだろう。私はグランチェスター家の当主として、アデリアの実家に訃報を送っている。封蝋にも当主しか使えない意匠を押している。沿岸連合でも名の知れた商会を経営しているのであれば、アヴァロンのグランチェスター家を知らぬはずがない」

「なるほど。私も母から実家の話をあまり聞いたことがありません。もしかしたら、記憶に残らないくらい幼い頃に聞いたことがあるかもしれませんが、まったく憶えていないので聞いてないも同然ですね」

「ふぅむ」

「まぁ父からも断片的にしかグランチェスター家の話を聞いてないんですけどね。正直、父が貴族だとは思っていませんでした」

「アーサーは、私や兄たちについて何か話したか?」

「お酒を飲むと、懐かしそうに話をすることはありました。悪い印象の話はまったくなかったですよ」

「そうか……」


言葉を詰まらせたグランチェスター侯爵の目には光るものが見えたが、サラはそっと窓に目を遣って指摘することはなかった。


「王都もすっかり雪景色ですね。温かい部屋の中から眺めている分には綺麗ですが、厳しい冷え込みに苦しむ人も多いかと思うと胸が痛みます。熱病も流行しているようですし」

「王都でも、熱病対策にギルドを巻き込むのであろう?」

「はい。それが一番効率の良い方法ですから。既に根回しも開始しています。パラケルススの名前を出した途端、薬師ギルドも錬金術師ギルドも大興奮でした。商業ギルドの人たちは、特効薬で稼げるかもしれないお金に跪拝している感じですね」

「かの御仁はまさに賢者と呼ぶに相応しいな。パラケルスス師の熱病対策がうまくいけば、その功績は計り知れないものになるだろう。叙爵される可能性も十分にある。すぐにでも王都に招聘されるだろう」

「もしかして、祖父様はリヒトが既に王宮に居ることをご存じないのですか?」

「なんだと!?」


どうやらグランチェスター侯爵に情報が共有されていないらしい。


「昨夜遅くにお戻りになったのでしたら、使者が入れ違いになったのかもしれませんね。昨日、マチルダ王女殿下が高いお熱を出したのです」

「あぁ、それは知っている」

「ゴーレムのソフィアが王宮におりましたので、ソフィアを通じてリヒトとアメリアの登城許可を得ました」

「だが、パラケルスス師やアメリア嬢はグランチェスター領に居たのではなかったか!?」

「その通りです」

「では、どうやって!?」


と言った次の瞬間、グランチェスター侯爵はサラをじっと見つめた。


「お前が移動させたのか?」

「はい。その件は伯父様にも同じことを尋ねられました。いろいろ情報を共有すべきだと思いますので、ひとまず他の方々もお呼びいただけますか?」

「エドワードの夫婦とお前の両親か?」

「そうですね。それと、クロエも一緒に呼んでください」

「知らないのは私だけか」

「結果的にそうなってしまいましたね」

「やれやれ……」


グランチェスター侯爵は頭を抱えながらも、サイドテーブルに置かれていたベルを鳴らして使用人を呼び、執務室に家族を集めた。




「どうやら、父上にもタネ明かしをするようだな」


執務室に全員が揃うや否や、エドワードが皮肉気味に声を上げた。


「まるで伯父様は随分前からご存じのような口ぶりですわね。1日程度は誤差だとおもうのですけれど。それと、この件には続報があります」

「まだ驚かせるつもりか」

「そんなにイヤそうな顔をしないでくださいませ。おそらく朗報です」

「お前が言うと不安しかないぞ」


エドワードは眉間に寄った皺を指先でほぐし始めた。だが、その隣にいたロバートは対照的に明るい表情を浮かべてサラを見つめている。


「サラ、僕はまだ転移の魔法を見せてもらっていないんだ。昨夜披露したのだろう? 僕にも見せてよ!」


エドワードとは対照的に、ロバートは子供のように目をキラキラさせながらサラの方に身を乗り出した。


「今からお見せしますが、正確には転移の魔法ではありません」

「どういうこと?」

「お父様は『空間収納』という魔法をご存じですか?」

「サラが使っているのは知ってるよ。グランチェスター領の小麦もたっぷり収納されてるんだろう?」

「その通りです」

「でも、サラ以外で他に使える人を知らないんだよね。古い文献にも記述されている希少な無属性魔法だとアカデミーで聞いたことがあるんだけど。空間収納を使える魔法使いが現れたら、商人たちの間で取り合いになりそうだよね」

「商人にも魅力的でしょうが、それ以上に騎士団というか軍隊に求められると思います」


サラは少しだけ厭世的な気持ちになった。


「まぁそうだろうな。故にサラの能力は隠し通さねばならない。収納魔法を使える魔法使いは貴重だ。下手をすればサラは戦場に連れ回されることになる」

「なっ。まだ幼い貴族の令嬢ですよ!?」

「国益を理由に迫られれば、断れる貴族は少ないだろう。他の貴族家からの圧力もあるだろうしな。まかり間違えば、グランチェスターは叛逆の罪に問われる」

「そんな……」


グランチェスター侯爵の指摘に、ロバートは絶望するような声を上げた。だが、空間魔法以外にもヤバい能力や秘密を沢山抱えているサラからしてみれば、この程度は驚くに値しない。


「いまさらその程度のことで驚かないでくださいませ。とにかく空間収納が有効な魔法であることは確かです。何しろ、どこからでも物を出し入れできる空間ですから。実は移動魔法も、この空間魔法を利用しています」

「は!?」

「簡単に説明すると、魔法で作られた空間に入り口と出口を作っているんです」

「えっと……入り口をココに繋いで、出口をグランチェスター領に繋ぐ感じかな?」

「仰る通りです。私が特定できる場所であれば入り口と出口に設定できるので、あとは空間収納を通り抜けるだけです」


サラはグランチェスター城の本邸にあるグランチェスター侯爵の執務室へと空間を開いて移動し、王都邸に向かって手招きをした。それを見た人々がゾロゾロと空間収納を抜けてグランチェスター城へと移動してくる。


「ほう! これは凄い。だが寒いな」

「何日も祖父様が不在なのですから、暖炉にも火を入れているはずがありません」


寒さに震えるグランチェスター侯爵に、クロエが冷静に話し掛けた。だが、そんな娘をエドワードが恨めしそうに見ている。


「父上、これはとても便利な魔法だと思いませんか。それなのに、サラとクロエは私に教えず、王都に移動している最中も風呂に入るためにちょくちょくグランチェスター領に戻っていたとか。私も連れて行ってくれれば、夜は柔らかいベッドで寝れたのにと思ってしまいましたよ」

「お父様に言えば、側に控える使用人や騎士にも隠せないではありませんか」

「でも、私たちには教えてくれても良かったのではなくて? 長距離移動は女性の負担が大きいことを知っているでしょうに」


エリザベスもエドワードに同意する。


「魔法を使っているのはサラですわ。誰に教えるかもサラが決めることですから、私のことを恨まないでくださいませ」

「私たちはクロエを恨んでいるのではなくて、羨んでいるだけよ。でも、サラと仲良くなったみたいで嬉しいわ」


レベッカは微笑みながらクロエに話し掛けた。そんなレベッカの発言を、サラが面白そうな表情で引き継いだ。


「これ、私が恨まれているってことであってる?」

「私じゃないなら、サラしかいないでしょうね」


サラの問い掛けに、クロエもイイ笑顔で頷いた。その様子は、確かに仲の良い従姉妹同士と言えるかもしれない。かつてイジメの加害者と被害者であったことを知っている大人たちは、二人の関係が改善していることを喜ばしく感じていた。


「それにしても話をするたび、皆が白い息を吐いてますね。こちらにお呼びしておいてなんですか、一旦王都邸の方に戻りましょう」


サラの提案に皆が頷き、一同は再びゾロゾロと来た道を引き返して王都邸に戻った。移動が終わると、サラは開いていた空間を閉じる。執務室内の温かい空気に一同がホッとしたところで、エドワードが口を開いた。


「お前がやると、実に簡単そうに見えるな」

「実際、魔法の難易度はそれほど高くありません。ですが、たくさんの魔力を必要とするので、発動できる人は限られてしまいますね。リヒトでもこの規模の移動魔法は発動できないそうです。お陰で、移動魔法を魔道具化するのはとても大変なのだとか」

「は? 魔道具??」


エドワードが何気なく発した言葉に応えるように、サラはにんまりと笑いながら爆弾を投下した。


「ええ。魔道具ですわ。元はリヒトのアイデアだったようですが、アリシアがより実用的な形で移動用の魔道具を開発してくれています。既に試作機の動作には成功しているので、そう遠くない未来に完成すると思います」

「なんだと!」


グランチェスター侯爵はそれだけ言うと、二の句を継げずにソファにどっかりと腰を下ろした。


「申し訳ございません。祖父様を驚かせるつもりはありませんでした。ですが、私のやらかしをフォローするため、リヒトとアリシアが頑張ってくれたのです」

「つまり、サラはまた何かやらかしてしまったということかしら?」


レベッカが微笑みながらサラに尋ねた。だが、レベッカの目はまったく笑っていなかった。心なしか蟀谷(こめかみ)に血管が浮き出ているように見える。


「お、お母様……怒っていらっしゃる?」

「イイエ、オコッテナドイマセンヨ」

「明らかに怖いですっ」


温かい王都邸の執務室に移動したはずなのに、サラの背筋を冷たいものが走った。


「それで、何をしたの?」

「実はリヒトには王都の錬金術ギルド、薬師ギルド、商業ギルドの連名で書状が届いていたのです。リヒトはその場で召喚に応じる旨の返事を(したた)めて、使者に持たせたそうです」

「……パラケルスス師は自筆でサインした書状よりも先に王都に到着してしまったという解釈で合ってるかしら?」

「お母様、ご名答です!」


サラは必死に笑顔で答えたが、能面のようなレベッカの表情はまったく変化しなかった。背後でエドワードがボソリと呟く。


「誰でもわかるだろ」

「あはは……。商業ギルドの『緊急』の封蝋が使われていたそうです」

「王室の早馬よりも速いと評判のアレよりも先に到着したということですわね。パラケルスス師も自重してくだされば良いのに……」

「彼は薬師ですから、幼女が高熱で苦しんでいると聞けば無視できないのでしょう」

「お前が後先を考えずにパラケルスス師に相談するからだ」


サラの乾いた笑いを聞いた周囲の大人たちは、一斉に頭を抱えたり眉間をもみほぐしたりし始めた。


「返す言葉もございません。そんなわけで、今は王宮やギルドもバタバタとしていますが、特殊な移動方法を持っていることはすぐにバレます」

「然もありなん」


基本的にサラの行動に口を挟むことが少ないロバートですら、今回ばかりは厳しい口調でサラに話しかけた。


「転生者同士で気安いとはいえ、サラはソフィア商会の会長なんだ。パラケルスス師とは仕事上の利害関係があることを忘れてはダメだ。サラから依頼されれば、パラケルスス師や乙女たちは断りにくいだろう?」

「はい。お父様」

「もちろんパラケルスス師は、利害関係などなくてもおそらく王宮に駆け付けるような御仁ではある。だからこそ、サラが彼らを守らなければならないんだよ。上に立つ者の役目とはそういうことだと僕は思うんだけどね」

「仰る通りです。すべて私の責任です」

本日、商人令嬢の4巻が発売されました。

それとですね、とうとうコミカライズも連載開始です。

ピッコマに先行で掲載されています!

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― 新着の感想 ―
そうそう、技術や能力を軍事転用するために強制徴用される危険をもっとサラに説教してやって、お祖父様!
執事メイドがカップ&ソーサーを配膳でカチャリと音を鳴らした のシーン くぅー 細かいエピソード痺れる めっちゃサポートしてるという説明好き
>要約すると最近、このようにサラの迂闊な行動を諫める使用人が増えてきている。 使用人間でサラお嬢様は迂闊だと周知されてるのね。でも王都邸の使用人は、小侯爵一家に同調してサラが虐められるのを見て見ぬ振…
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