錬金術師という生き物
サラが魔石を作り終えるのとほぼ同じタイミングで、アリシアも魔法陣を描き終えた。
「アリシアって魔法陣を描くの速いよね」
「ありがとう。でも、ぽろぽろと魔石を作っちゃうサラに言われると複雑ね」
「その魔法陣は暗号化されているの?」
「ううん、ここから別の魔法陣を使って暗号化するのよ」
「暗号化された魔法陣って、第三者が解析することもできる?」
「絶対できないとは言えないかなぁ。解析には時間が掛かると信じたいところではあるけどね」
「別の人が暗号化した魔法陣をアリシアなら解析できちゃったりする?」
「どうだろう……暗号化の仕組み次第だと思う。マギの力を借りたら、意外となんとかなっちゃう物は多いかもしれないわね」
アリシアはサラの質問から、相手が何を望んでいるのか理解した。
「移動ポータルを解析されるかもしれないって考えてる?」
「うん。解析されて悪用されたりしたらイヤだなって思って」
「分解されたら自壊するような仕組みをいれる?」
「できるの?」
「可能だけど、絶対に解析されないとは言い切れないわ。常にリスクはあると考えるべきよ。それに、いつか誰かが仕組みに気付くと思う」
アリシアの説明を聞いて、サラは深いため息をついた。
「実は移動ポータルだけじゃないの。王室にゴーレムを献上しないといけなくて……」
「え? ゴーレムは献上しない方針じゃなかったの?」
「アリシアにはまだ見せたことなかったと思うんだけど、こんな形のクマの中に転生者の魂を放り込んだの」
サラは作りかけのテディベアをアリシアに見せた。
「……ごめん。想像の斜め上を行っててよくわからない。転生者の魂?」
「細かい事情は今度ゆっくり話すけど、とにかく私の転生に巻き込まれて9年前からアヴァロンの国王陛下に憑依してた魂があったの」
「サラと一緒に?」
「うん。私はサラとして転生できたんだけど、その魂は転生できずにこの世界を彷徨った挙句、アヴァロンの国王陛下に憑りついちゃったのよ。放置しておくわけにもいかないから、魂を引っぺがして器に入れてクマに押し込んだのだけど、魂そのものが草臥れてボロボロになってるから、魂に魔力を注いで修復中なの。ちゃんと修復出来たら、向こうの世界に送り返すつもり」
「えっと、その魂の器がゴーレムのユニットの代わりに入っている感じなの?」
「その通り!」
サラのわかりにくい説明であっても、おおよその状況を理解できるのがアリシアの優秀さである。
「サラ、魂の器にはどうやって魔力供給しているの?」
「ゴーレムみたいに指先からジワジワと?」
「属性の指向性を定めてる?」
「適当に注いでるわ。たまに光属性を注ぐと、ぷすぷす焦げたような臭いがするかな」
「魂の器の構造はよくわからないけど、属性が偏ると器が壊れちゃうかも。ゴーレムのユニットに魔力を供給するときは、仕込んである魔法陣で指向性のない状態に変換しているのよ。もし魂の器にそういう機能がないとしたら……」
「負荷がかかって壊れる?」
「そう思う。下手に指向性を与えないためには、アメリアに専用の魔法薬を作ってもらった方がいいかも」
「吸いだした魔力の液体をそのまま注ぐのは?」
「それでもいいけど、過剰供給になって割れたりするかも」
「わかんない。面倒だし、カップに魔力入れておいて自分で飲んでもらう?」
「今、サラが抱えているそのクマと同型なら、液体を飲ませるのは難しそう」
言われてみれば、その通りである。
「ちょっと器を作った方に相談してみるわ」
「その方がいいわね」
よもや異世界の神が作ったというわけにもいかないので、サラは曖昧な表現に留めた。
「それでね、その魂の器の入ったぬいぐるみなんだけど、国王陛下に憑依してたせいで熱病に罹った王女殿下が心配でしょうがないみたい。今も王宮で王女殿下に寄り添っているわ。話し相手くらいしかできないとは思うけど」
「気分はおじいちゃんってこと?」
「そんな感じ。でも、目が覚めたら引き離さないといけないでしょ。だから同型のぬいぐるみというかゴーレムを献上しないといけなくなったのよ」
「別におじいちゃんならそのまま置いておけばいいじゃない。その方が幸せでしょうし。魔力供給も薬を配達すれば済むじゃない」
「魔力供給だけの問題じゃないのよ。その魂は前世では詐欺師だったの。犯罪者を王女の側に置いておくわけにはいかないわ」
「本人が反省していて王女殿下のことを心配しているのなら、構わないんじゃないかと思うけど……、まぁサラの心配は理解できるわ」
ひとまずアリシアもサラの説明に納得した。
「で、ぬいぐるみ用のゴーレムユニットが欲しいのね?」
「そうなの。でも、マギに接続するわけにはいかないわ。うっかりマギと通信してることがバレたら、グランチェスター家が密偵として潜入させたと責められてしまいそうだし」
すると近くに居た司書ゴーレムが、近づいてきて会話に加わった。
「お言葉ですが、そのぬいぐるみはマギの端末にすべきです。危険な状況に追い詰められれば、マギが痕跡を綺麗さっぱり削除できます。最後に通信した時の状態はマギの内部にバックアップされていますから、ソフィア商会に持ち込んでもらえれば再起動してリストア可能です」
「マギと通信していることを知られたくないのよ」
「ゴーレムたちは通信が途切れても単体で稼働できるよう設計されています。周囲の状況を確認してから通信するようにすればいいのです。そもそも、すべてのゴーレムは常に略奪される可能性があります。大勢で絡めとるように略取されるかもしれません。そのため、自力での脱出が不可能だと判断したゴーレムは、魔法陣を消してユニットを自壊させます。すべてのゴーレムが、マギの存在を隠蔽するように設計されているのです」
ゴーレムの発言を横で聞いていたアリシアが、くすくすと笑いながらゴーレムの言葉を継いだ。
「マギったら、すっかり私の台詞を奪ってしまうのね。もちろん、私が描いた魔法陣の暗号化も、そう簡単には破られないと思ってるわ。隠蔽能力はおじいちゃんよりも高いって自負してるんだから」
これは事実であった。魔法陣の効率化、暗号化、機能の隠蔽といった技術は、リヒトよりもアリシアの方が高度で洗練されている。最近ではリヒトが描いた魔法陣をアリシアが改善するケースも増えている。
「正直、マギは自分のデバイスを王宮に置きたいだけでしょ」
「否定はいたしません。王宮で情報収集ができる最大のチャンスですから」
「清々しいくらいに正直ね。マギらしいけど」
「もちろん隠蔽能力には自信があります」
「魔力でどんな風に通信しているのか、アリシアから聞いても全然理解できないんだけど、他の魔法使いに通信していることがバレる危険は?」
「皆無とは申せませんが、極めて低いかと」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「魔力で意思疎通するという発想ができる錬金術師は、リヒト様とアリシア様以外にいらっしゃらないからです。おそらくアリシア様もリヒト様の資料が無ければ、魔力で通信するという発想には至らなかったと思います」
「なるほど。そういうことね。だとしたらマギのデバイスにしましょう。ユニットを取り出される、あるいは魔法でスキャンされるようなことがあれば自壊するよう設定してもらっていいかしら?」
「承知しました」
マギはゴーレムを通じてサラに了承の意を伝えたが、アリシアはもう少し深く考え始めていた。
「マギ、サラの言うことは正しいわ。今でも通信は暗号化しているけれど、そもそも通信しているような不審な魔力の乱れを作ってはいけないのよ」
「ですがどうしても微弱な揺れは出てしまいます」
「どうせゴーレムが会話をするためには内部で魔力が動くのだもの、その揺らぎに紛れてしまいましょう。通信するとき、この子はちょっとおしゃべりなクマになるのよ。でもね、会話の揺らぎと通信を一緒にすると、干渉するんじゃないかと心配なのよね」
「そのあたりの処理はマギの得意分野です」
「そうそう。さっきサラは『ユニットを取り出される、あるいは魔法でスキャンされるようなことがあれば』って言ったけど、外部からの魔法攻撃で一定以上のダメージを受けた場合も自壊させましょう。こちらの動きを止めてから分解するかもしれないわ。私の方でも検討するけど、いくつかプロトタイプの魔法陣を描ける?」
「承知しました」
サラはぽかーんとした表情でアリシアとゴーレムを見ていた。常々『アリシアは天才だ』と言っていたリヒトの気持ちが理解できる。サラやリヒトの知識を吸収し、この世界の魔法や錬金術と組み合わせ、次々とんでもない物を作り上げている。
「アリシア、何度も言うけどあなたって本当に天才ね」
「何度も聞いたけど、ありがとう。今までのユニットだと安全面で心配だから設計しなおさないといけないわね。そのクマに入れるにはサイズも大き過ぎるし。基本設計が変わるわけじゃないから、今日中にできると思う。移動ポータルよりも先にやっておくわ」
「ありがとう」
「どういたしまして。最近はマギがサポートしてくれるから、作業がとっても捗ってるわ。もうマギが無かったころには戻れないかも!」
「アリシア、それって普通の錬金術師の視点を失ってない?」
「否定できないかも。それじゃ、作業するから私は研究室に行くわね」
「よろしくね」
「任せて!」
サラのやらかしで無理難題を押し付けられることが多いのに、アリシアはいつでも楽しそうな態度を崩さない。そう思い至ったところで、リヒトやアメリアも休む暇もなく熱病対策で駆けまわっているのに、いつだって笑顔で患者に接していることに気付いた。
ワーカホリックである自覚のあるサラは、自分が忙しいことをあまり苦にはしない。だが、自分のペースに他人を巻き込むことには躊躇がある。
『熱病が収束したら、彼らは一息入れるべきだよね。まぁ、私は小麦市場で戦が控えているんだけどさ』
だがサラは気付いていなかった。彼らもサラと同じように、仕事が趣味であることに。




