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リラックスタイム

「あー、生き返るわぁぁぁ」


パーティが終わった後、サラとクロエはこっそり乙女の塔に帰還し、”使用人用”の浴室へと足を運んでいた。


「サラのお部屋の浴室も良いけど、やっぱり蒸し風呂と露天風呂の魅力には抗えないわ。どう考えても使用人用のお風呂の方が魅力的よね」

「同意するわ。こっちをメインにすべきだと思う」


乙女の塔の従業員用の浴室は、ハマムのような広い蒸し風呂である。乙女たちが塔に越してきたことで老朽化していた浴室は修繕され、その後はサラの提案で露天風呂まで設置されている。


二人は蒸し風呂に設置された石のベッドの上に横たわり、髪や身体をわしゃわしゃと洗われている最中である。


「お嬢様方、少しばかり気を抜きすぎではございませんか? お歳を召された方のようになっていらっしゃいますよ」


マリアがサラの髪を洗いながら窘めた。


「だって今日は本当に疲れたんですもの。っていうかクロエ、アンドリュー王子ってあんな人だったっけ。比較的まともな王子だと思ってたんだけど」

「妖精に関係することは、王室や貴族は敏感なのよ」

「それは知ってるけど、アレは無いわ」

「王室にとっては、それくらい切実な問題なんだと思うわ」

「正直、国政に妖精持ち込むのは賛成できないわ。その部分だけなら、ロイセンの初代王に同意できるかも」

「どういうこと?」

「あぁクロエはお勉強していない範囲なのかな。ロイセンの王家って以前はオーデル王国の貴族だったのよ」

「うん。それは知ってる。オーデルの王は代々妖精の友人がいたのでしょう?」

「そうそう。結局、ロイセン大公の反乱でオーデルは滅んだのだけど、その時にロイセン王は『人の営みは人が作るもの』って言ったんだって」

「そこまでは知らなかったわ。でも、それって当たり前のことよね?」

「確かにそうね。だけど、オーデルは不毛な土地を妖精の力で拓いた国だから、王室の方々にはさぞかし魅力的に映るんじゃないかしら。アヴァロンにはまだまだ未開拓の土地が沢山あるもの」

「そこまでわかってるなら、王子の気持ちも理解してあげてよ」

「気持ちはわからないではないけど、あの偉そうな態度がイヤ」

「実際、王子なんだから当たり前でしょ。今までが特別扱いされてたのよ」

「でもなんかヤダ。それに妖精には人間の身分なんて意味ないしね。魔力が多くて、妖精が見えて、その人を妖精が気に入ってくれないとダメなんだよ」

「地味に条件が多くない?」


トマシーナに身体を洗われているクロエは、うつ伏せの姿勢でサラの方に首を傾けた。


「実際そうなんだから仕方がないわ。そうやって妖精に名前を付けると、妖精の恵みが降ってくるの」

「若返るの?」

「そうじゃないわ。お友達と少しでも長くいるために、妖精たちは友愛を結んだ相手の身体が老いる速度をゆっくりにしてくれるの」

「じゃぁ、歳を取ってから妖精と友人になっても、そのままの年齢ってこと?」

「もちろんそうよ」

「でも、サラがソフィアに変身できるのは妖精のお陰なんでしょう?」

「それは私のお友達が、時間を司る妖精だから身体の年齢を操作できるの。今は自分の魔法でもできるようになったけど」

「え、自分の魔法でもできるの? それって私でも使える?」

「どうかなぁ。実は自分でも何の属性魔法なのか意識して使ってるわけじゃないんだよね。光と水が多めな気がするんだけど、他の属性も混ざってる気がするんだ。あと、凄く魔力を使うわ。大きな森林火災をおこしたブレイズでも、一回で魔力が枯渇してフラフラだったもの」

「私じゃ無理ね。残念」

「そうでもないんじゃないかな。クロエはグランチェスターの直系だし、伯母様の家も三代前には王室から王女が降嫁してるわよね。鍛えれば王室の方々に近いレベルまで魔力は増やせると思う。一回変身するくらいの魔力は確保できそうな気がするわ。ただ、元に戻るための魔力が足りないから、魔力を回復するために魔法回復薬を飲むか数日間は変身した姿で過ごすことになっちゃいそう」

「不便な魔法ねぇ」

「えー、詠唱に2日もかかる王室の最上位魔法の方が不便じゃない?」

「王室のインフェルノと一緒にしたら不敬でしょ」


クロエが少し身体を起こしてサラを窘める。


「あぁ、そんな名前だったよね。詠唱中にお腹痛くなったら中断しちゃうのかな?」

「ちょっと想像させないでよ」

「まさかクロエ、王子はトイレ行かないとか思ってるわけじゃないわよね?」

「そんな風には考えないというか、そういうことを考えたことがないわね」

「王子も人間だから食事したらトイレに行くし、お酒を飲み過ぎてリバースすることもあるでしょ」

「やーめーてー」


サラはちょっとクロエの反応が面白くなってきた。


「王子って剣術はどうなの?」

「近衛騎士団長を師匠にしていると伺っているわ」

「じゃぁ当然汗臭くはなるわね」

「それは仕方がないでしょう」

「入浴はするはずよね」

「当たり前じゃない。いつも清潔だし、いい香りがしてるもの」

「お一人で入られていると思う?」

「さすがに使用人が付いてるでしょ」

「それって、男性と女性のどっちかしら?」

「サラ!!」


クロエは顔を真っ赤にして大きな声を上げる。


「あら、大切なことよ。アダムだって入浴するときにはメイドに身体を洗わせてるじゃない」

「最近は侍従に洗わせてるわよ」

「そうなの? 私が王都にいたときはメイドだったはずだけど」

「サラのイヤガラセのお陰で、お母様が変えたのよ。クリスもまとめて侍従に洗われてるわ」

「そういえば、乙女の塔では侍従がアダムの身の回りの世話に来るって言ってたのを断った気もするわ。っていうか貴族の令息ならそうあるべきよね」

「貴族家の令息は、アカデミーにはいるタイミングで身の回りのことを侍従に任せるようになることが多いの。男子寮にメイドは入れないから」

「あぁ、なるほど、交代するタイミングを逸してたわけね」

「そういうこと」

「じゃぁクリスも今のうちから慣れておくべきね。クリスなら絶対合格するから」

「アダムにも頑張ってもらわないとね。マーグお姉様のためにも」

「え、マーグはお姉様なのに、なんでアダムは呼び捨てなの?」

「アカデミーに入学したらお兄様って呼んであげる約束してるの」

「ぷっ。アダムがお兄様の威厳を発揮できることを祈っておくことにするわ」


身体と髪を洗い終えた二人は、そのまま露天風呂へと向かった。この日も空には冴え冴えとした月が浮かんでおり、湯けむりの中でぼんやりとした魔石灯の光と月の光が幻想的な光景を作り出していた。


「綺麗ね。この光景を使用人だけで独占していたのかと思うと、ちょっぴりズルいって思っちゃうわ」

「乙女の塔で働いている使用人たちへの福利厚生の一部ですもの。私たちは、ちょっと借りてるだけ」

「王都にも作らない?」

「祖父様か伯父様におねだりしなさいよ。ただ、王都にはグランチェスター領のような雄大な自然がないから、景観はあまり良くないでしょうけどね」

「そこは庭園のような施設にすればいいのよ」

「クロエ、祖父様と伯父様が浴室にそこまでお金掛けてくれるとは考えにくいわ」

「だからサラにお願いしてるんじゃないの」

「なんで私が?」

「王都に来ることだってあるでしょう?」

「あるけど、夜は乙女の塔に戻ればいいだけでしょ」

「やっぱりズルいわ」


クロエは可愛らしいふくれっ面をしている。だが、この件については、サラにも少しだけアイデアがあった。


「さすがに個人用ってわけにはいかないけど、王都に入浴施設って考えていないこともないのよね」

「え、本当?」

「王都の店舗用に購入した敷地は、元々貴族の別宅だったお陰でかなり広いの。そこに女性だけのリラクゼーションサロンみたいなのを作っても良いかなって。ソフィア商会の美容製品や化粧品を体感してもらうのに良さそうでしょう? もちろんマッサージの得意な女性従業員を雇用するつもりよ」

「それ、イイ!」

「もちろん貴族だと専属の使用人を連れてくる人もいるでしょうけどね。超VIPのお客様しか入れないスペースも用意するつもり。貴族はそういうの好きでしょう?」

「大好物よ!」

「そこでは、ソフィア商会の魔法薬を使った施術が行われるかもしれないって噂を流したりしたら……?」

「お母様と私に大勢の貴族女性が寄ってくる!」

「もしかしたら、超超超VIPには、本当に魔法を使うことになるかもしれないけどね」

「サラが?」

「他にもできる人を育てられると良いんだけど、今のところは私だけね。もしかしたら、リヒトが専用の魔法陣を描いてくれる可能性もあるけど、肌質や体質は人それぞれだから難しいと思うのよね」

「でもソフィアだってバレるんじゃない?」

「そこは老婆に変身して、濃いメイクで誤魔化す感じになると思うわ。なんならベールを被るかも」

「どう考えても、身体の年齢を操作できるのが羨まし過ぎるわ。お肌だけでもあれだけインパクトがあるんですもの。年齢を操作できる魔法薬があればいいのに!」

「さすがに無理よ」


サラとクロエは顔を見合わせてころころと笑った。


『あれ、でも本当に無理かしら。ミケやノアールはお酒の熟成をコントロールできてるんだから、友愛を結んだ相手以外の時間も操作できるってことだよね。ってことは、クロエの時間も操作できるかもしれない。仮にその魔法を魔法陣として描けるなら、魔法薬も開発可能だったりする?』


肉体疲労のテンションで、サラはとんでもないことを思いついてしまった。少し眠気が襲ってきていることも手伝って、サラの脳内では再放送でも数回しか見たことがないレベルのとても古いアニメソングがぐるぐるしはじめた。


「ひとまず赤いキャンディーと青いキャンディーが作れないか考えてみる」

「は?」

「青いキャンディーは削っちゃだめよ。ニンゲンヤメマスカになっちゃう」

「ちょっとサラ、あなた寝惚けてるでしょ」

「むにゃぁ」


よく見るとサラの身体は湯船にぷかりと浮かんでいる。


「ちょ、ちょっとサラ! マリア、サラが大変!!」


慌てて駈け寄ったマリアがサラの身体を掬い上げる。トマシーナの手を借りて眠ってしまったサラの身体を拭いて夜着を着せ、そのまま部屋までサラを運んでいった。


「仕方ないわね。今日は朝早くから大変だったもの」

「それはクロエお嬢様も同じですよね。何日もあまり良く眠っていらっしゃらないのではありませんか?」


静かになった浴室では、マリアとトマシーナの代わりにイライザが控えている。


「王子がいらっしゃるなら手を抜くわけにはいかないでしょう」

「ふふっ。不思議ですわよね。昼は王都で華やかなティーパーティーに参加し、夜はグランチェスター領の乙女の塔で入浴されているのですから」

「サラが非常識なのよ」

「ですが、クロエお嬢様もすっかり慣れてしまわれましたよね」

「難しく考えるのはやめたのよ。どうせ考えたところで何もわからないのだし、サラはサラの好きなようにしか振舞わないのですもの。だったら、ありがたく幸運を享受する方が前向きだと思ったの。それを当たり前だと勘違いしないようにする方が大変だけど」

「賢明でいらっしゃるかと存じます」

「最近自分でもそう思うわ」


そっとクロエが湯船から上がると、イライザは見えない位置に控えていた他のメイドたちを手招きだけで呼びよせ、クロエの身体を拭いてタオルを巻きつける。メイドたちに促されるようにクロエが浴室の外にある休憩スペースに向かうと、いつもは置かれていないラタン製のカウチに二人のメイドが控えていた。


乾いた布で丁寧にクロエの髪の水分を拭うと、最近アリシアとリヒトが製作したドライヤーもどきの道具で髪を乾かした。サラであれば魔法で一瞬だが、クロエはこうして使用人たちに世話を焼かれることが嫌いではなかった。


『なるほど。女性用のリラクゼーションサロンは絶対流行るわ』


サイドテーブルに用意された冷たいハーブティを飲みながら、クロエはソフィア商会のサロンに招待する友人たちの優先順位を検討し始めた。

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