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9歳の誕生日 2

サラの誕生日パーティーは、上位貴族を中心に500名近い招待客が押し寄せる大宴会となった。ギリギリ想定内ではあるものの、最大レベルの人数である。


振り返れば、送付した招待状に「出席」の回答が9割を超えたことからも、今回のパーティーが異常事態であることが窺えた。貴族はパーティーの招待状に返事をしないことも多い。良くて7割、悪ければ4割程度しか出欠の意向を明確にしない。ただし、出席の意を表明していないからといって来ないとは限らない。当日にふらりと現れることもあるため、実に面倒である。


事前に人数を想定しづらい理由は他にもある。1通の招待状でパートナーや保護者など複数人が出席できるのだ。特に未成年の子供を招待する場合、親兄弟、果ては親戚までがゾロゾロと付いてくることもある。


なお、王室には招待状を送っていない。彼らは出席の意思を表明さえすれば、どのパーティーにも参加できる。王室メンバーを門前払いにすることは不敬にあたるのだ。とはいえ、警備などの都合から早い時期に意思を表明することが多く、それほど自由度が高いわけではない……はずなのだが、王子や王女が若いうちはサプライズのようにやってくることもあるので、こちらもなかなか油断できない。


「リズ、飲み物や食べ物はどれくらい用意すればいいかしら」

「今回は想定するのが難しいわね」

「招待客にもパートナーはいるでしょうし、300名くらいって思っておけばいいかしら」


貴族家のパーティーは、余裕を持ってさまざまな準備をするのが常識である。もちろん大勢来ることを見越して気合を入れたにもかかわらず、閑散としたパーティーになってしまうこともある。だが、少人数のつもりで用意した結果、大勢の招待客が押し寄せて飲み物や食べ物、手土産などが不足してしまうことは主催する貴族家にとって大変な不名誉になってしまうのだ。


「ちょっとレヴィ、しっかりして頂戴。確かに淑女教育の教科書には『招待状に対して3倍から5倍の人数が来ることを想定する』って書いてあるけど、それって招待客のメインが成人って前提よ」

「子供への招待状は50通くらいだったわよね?」

「未成年は48名よ。親戚一同でやってくる家もあるかもしれないわ」

「本当に難しいわね。飲食物の手配もそうだけど、お土産の数も確保できるかしら」

「それはソフィア商会の担当だからなんとでもなると思うわ。当日に渡すのは小さな宝石の付いたアクセサリとカタログだけですもの。新しいやり方だけど、今後は流行りそう」


誕生日や結婚式などお祝い事の場合、招待客は贈り物を持参するのが常識である。これに対して主催者側では、返礼品としてお土産を渡すのだが、その内容がイマイチであることも多い。そもそも誰が参加するかもよくわかっていないパーティーで、それぞれの招待客にピンポイントで気に入ってもらえる品を用意するのは至難の業だ。


そこでサラは、前世の結婚式の引き出物によくある「カタログギフト」方式を採用した。招待客はカタログの中から気に入った品を選んでソフィア商会に手紙を送ると、後日ソフィア商会から希望の品が届く仕組みになっている。


このやり方はソフィア商会にとってもメリットが大きい。貴族たちの『名前』『住所』『誰をパートナーとして同伴したか』といった情報はもちろん、それぞれが『好む商品』を把握できるのだ。とても充実した『顧客リスト』が作成できることは間違いない。


「ねぇリズ。そんなにソフィア商会の商品は社交界で話題なの?」

「狩猟大会からバタバタしていて王都に戻っていないから、正確に把握できているとは言えないのだけれど、私に届く手紙の内容から考えると大流行って言えるでしょうね」

「そこまでなのね」

「ソフィア商会は王都に店舗を持っていないから、『欲しくても手に入らない』ってことも話題になる理由の一つね。お陰でこのパーティーの招待状を受け取っただけでも、羨ましがられるそうよ。そう考えると、出席者は招待状の7倍くらいまでは想定しておく方が無難だと思うわ」

「いくらなんでもそんなに来るかしら?」

「来るわよ。みんなソフィア商会の商品を手に入れたがっているもの」

「貴族は新しい物に目がないものね」


ちなみに、グランチェスター家が送った招待状は全部で70通だ。エリザベスの読みはとても正確であったが、本人からしてみれば『想定していた最大規模』だったことの方が問題であった。あまりにもギリギリで、余裕がなさすぎたのだ。


招待状に驚く程の返信が届いたことに気付いたエリザベスとレベッカは、アールバラ公爵家の別邸を借りていて本当に良かったと胸を撫で下ろした。王都にあるグランチェスター邸でもパーティーを開催できないことはないが、それでも200名を超えるとかなり厳しくなってしまう。その点、アールバラ公爵家所有の別邸は、王室の離宮を下賜された由緒正しい場所であり、1000人規模のパーティーでも余裕であった。


もっとも、こうしたパーティーは会場そのものよりも、パーティーを円滑に進めるための優秀なスタッフをいかに揃えるかの方が重要になる。グランチェスター家も優秀な使用人を雇用しているが、王都邸だけに限ると人数が心許ない。領地であるグランチェスター城から使用人たちを呼び寄せることも考えたのだが、熱病が流行している状況で大人数を移動させることに当主であるグランチェスター侯爵が反対した。そのため足りないスタッフもアールバラ公爵家の使用人に補ってもらうことになった。


いきなり使用人を貸し出されても、家によって指示系統が違うため、うまくいかないことが多い。しかし、ヴィクトリアが手配した使用人たちは揃って優秀で、グランチェスター家のやり方に柔軟に対応しつつも、会場の差配については的確な提案をしてくれるような人物ばかりであった。会場の所有者がアールバラ公爵家であり、慣れている彼らに分があるのは確かだ。しかし、彼らの態度には嫌味がなく、グランチェスター家の使用人たちの面子が立つように行動する。


グランチェスター侯爵家の女主人として、きっちりと役割を果たさなければならないエリザベスは、こうした事態に内心忸怩たるものがあった。ここまでお膳立てされてしまうと、『サラさんのエスコートですけど、うちのアルフレッドではいかがかしら?』というヴィクトリアの提案にも頷かざるを得ない。


エリザベスとレベッカも、ヴィクトリアの思惑に気付かなかったわけではない。既にサラとクロエから宮中晩餐会での様子は聞いており、アールバラ公爵家がサラを狙って動き始めていることは承知していた。だが、同時に『本物の6歳の子供』にサラが恋愛感情を持つとも思っていなかった。


もちろんサラもこれから子爵令嬢となるわけだが、政略結婚したくなるほどの利を、アールバラ公爵家がサラやソフィア商会に示せるとは考え難い。事実、サラは『特定の貴族家と親しくなりすぎて、他家との取引に影響が出る可能性を排除したいですね。グランチェスター家と近いのはどうしようもありませんが』と言っていた。


おそらくヴィクトリアの思惑は、サラによって一蹴されてしまうだろう。そう考えることでエリザベスは溜飲を下げた。そんなエリザベスを横で見ていたレベッカは、『淑女らしくはないけど、貴族的で腹黒いわ。こういうゲスゲスしい部分は相変わらずねぇ』と思わないこともなかったが、円滑な人間関係を維持するために沈黙を守った。




一方、本日の主役であるサラは、実際に見るまで自分の誕生日パーティーにこれほど大勢の人が集まるとは信じていなかった。


グランチェスター侯爵の孫とはいえ、一度は貴族籍を離れた三男の娘である。アーサーの駆け落ちは有名な話なので、サラが平民として育ったことを知らない貴族はほぼいない。

ソフィア商会の商品が魅力的であるというだけの理由で、矜持を大切にする貴族たちが平民の少女の誕生日を祝うためにノコノコやってくるなど考えられるものではなかった。


確かにサラが普通の女の子であれば、ソフィア商会の関係者であったとしても誕生日を祝うほど親しく付き合いたいと思う貴族はもっと少なかったはずである。だが、サラは普通とはかけ離れた存在であった。美しい容姿、音楽的な才能、魔法に至っては複数の属性を発現しており、上級貴族でもトップクラスの魔力を持っている。これだけでも『結婚市場』に高値で売り出す貴族令嬢としては貴重である。しかし、一部の有力者たちは、わかりやすいサラの才能よりも彼女との会話に価値を感じ取っていた。


貴族家の子供は総じて早熟である。というより、そうならざるを得ない環境で育つ。ませた子供たちの中には、大人ぶった態度で付け焼刃な知識をひけらかす者も多いが、サラは『聞き分けの良い子供』のように振舞っていた。年若い者たちはともかく、老獪な貴族たちにサラの演技は通用しない。耳聡い者たちは、ロイセンの王太子や自国の王子がサラに注目していることにも早々に気付いている。それくらいでなければ、魑魅魍魎の跋扈する社交界で生き残ることはできない。


社交界の、というより政界の主要人物たちは、グランチェスター侯爵家の関係者が想定している以上にサラの異質さに気付いていた。当然のことながら、アカデミーの教授たちとの騒動も把握しており、実際に論文にサラの名前が入っていることも確認済みである。


そうした状況を理解した上で、一歩引いた位置からサラを観察すれば、彼女の態度が意図的なものだということは容易に察することができる。ガヴァネスから教育を受け始めて数か月しか経っていないのだから当然である。とはいえ、まだ年齢が二桁にすら達していない少女としては、恐ろしく聡明であることは間違いない。


今から思えば、サラの能力を下手に隠そうとしない方向に舵を切ったのは、レベッカの英断と言えるだろう。豊かな生活を維持するためにサラが前世の知識を振り回せば、たとえグランチェスター侯爵家やソフィア商会という壁があっても隠しきることは難しい。金の匂いに吸い寄せられた海千山千たちであれば、サラという異質な存在にもすぐに気付くことだろう。隠しておけないのであれば、堂々と表に出す情報を自分たちでコントロールすべきだとレベッカは考えたのだ。


実はサラが迂闊な性格をしているかどうかはあまり重要ではない。ヒト、モノ、カネの新しい流れを作り出すということは、周囲にさまざまな影響を与えることと同義だ。ソフィア商会にうんざりするほどの密偵が現れたことからもわかるように、大勢がソフィア商会やグランチェスター侯爵家を注視している。


そんな彼らが『アーサーの娘のサラが来てから、グランチェスター侯爵家は大きく変わった』という事実に気付かないはずがない。そして、ソフィアとサラの容姿の類似性を考えれば、ソフィア商会との関係性に思い至らない方が不思議である。


パーティー直前にサラたちが王に謁見したことも、貴族たちには即座に知れ渡った。もはや知らない方が少数派である。王宮で働く使用人たちは、大抵どこかの貴族家の息が掛かっているため、隠し通路から入らない限り王に謁見した者の情報を隠すことはほぼ不可能なのだ。


こうして貴族とも平民ともつかない9歳の少女の誕生日パーティーは、さまざまな思惑が飛び交い、政界や財界の実力者たち、あるいはその息のかかった者たちがゾロゾロと参加する空恐ろしい会場へと変貌したのであった。

『商人令嬢はお金の力で無双する』の2巻は7/20発売です。

今回もSS書いてますので、よろしくお願いします。

https://tobooks.shop-pro.jp/?pid=180695224


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― 新着の感想 ―
貴族達はサラに注目はするとは思っていましたがここまでただの子供として見ていないとは。 パーティは主人公だと開いて悦に浸るだけはかなり少なく売り込みに意気込む、設営から人間関係注目が面倒なぁというのが多…
[良い点] 更新ありがとうございます♪ [一言] エリザベスとレベッカが大変そう。 特にエリザベス、色々複雑だろうな・・・ 次のクロエの誕生日は盛大にはなりそうだけど、多分来るのはサラとソフィア商会目…
[一言] 2巻予約完了しました。
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