王都の商業ギルド 2
「ははは。ソフィア殿はなかなかに手厳しい。美しい花には棘が潜んでいるということですかな」
次にソフィアに語り掛けてきたのは、ハーヴェイの左側に座っていた人物である。やせ型で背が高く、やけに大きな鷲鼻が特徴的であった。
「ローズ商会のセシル様からそのような言葉を頂戴するとは、なんとも面映ゆいですわ。私の個人資産をご購入いただいたことに、まだお礼を申し上げておりませんでしたわ」
「こちらこそ驚きました。あのような見事な魔石を扱えただけでも、実に光栄なことでございました。ですが、国宝級の魔石すら霞ませる程の美貌をお持ちの方と先に知っていれば、代理人ではなく直接ソフィア様にお会いするためにグランチェスター領まで出向いたことでしょう」
実際に顔を合わせたことはないが、セシルとは何度か手紙をやりとりしていた。ソフィア商会の資金を作るため、ローズ商会を始めとするいくつかの宝石商に魔石を現金化してもらったことがある。
互いに自己紹介はしていないが、同じく自己紹介しなかったアーチボルトの正体を把握していたことから、ソフィアが十分な下準備をしてから商業ギルド本部に乗り込んできたことをセシルは見抜いている。
「それにしても、魔石を気軽にアクセサリに加工されるのは、ソフィア殿くらいでしょうな」
ソフィアの髪飾りをちらりと見たセシルの発言にソフィアは少し驚いた。
「この距離でも髪飾りについている小さな石を魔石と判断できるのですね」
「長年、貴石を扱っておりますからな。ところで、そうした魔石のアクセサリも、ソフィア商会から販売予定なのでしょうか?」
『そこは気になるよね。気持ちはわかる』
「今の規模で、そこまで商売の手を拡げることはできませんわ。服飾部門の設立を検討しているため、アクセサリを作らせることもありますが、本格的な宝飾品を扱う余裕はございませんの」
「ほほう。それならば私どもと業務提携をいたしませんか?」
「ローズ商会との業務提携など畏れ多い。私どもはとても小さな商会ですのに」
『何度も小さい商会っていうのに疲れてきたなぁ。実際、うちには人間の従業員って30名もいないんだよね。もうちょっと何とかしないと』
「お互いにメリットがあれば、提携は成立し得るものでしょう。互いの規模はあまり重要ではございません。ところで、シュピールアに使われている魔石の産地を伺ってもよろしいでしょうか?」
『おっと、核心に迫ってきたわね』
「なんとも答えにくい質問ですわ」
「ご存じのように、アヴァロンの鉱山は王室または貴族が所有する財産です。相続によって騎士爵が所有することもありますが、貴族籍に名前の記載がない平民が相続することは法律で禁止されています」
「存じております。爵位を持たない貴族が鉱山を所有している場合、亡くなった後は貴族籍に名前が記載されている血族または王室に譲渡しなければならないのですよね?」
「そうです。もちろん、鉱山を譲渡する際には、相応の金銭が平民の遺族に支払われることになっています」
『鉱山を見つけたのに申告していないって思ってるわけか。確かに天然の光属性の魔石が採掘できる鉱山は、王室に献上されることが通例になっているものね』
「セシル様が仰りたいことはわかります。もちろん私は鉱山を所有しておりません。また、グランチェスター領も国に申告のない魔石鉱山を所有しているわけでもございません」
「では、どのようにして、あれ程純度の高い魔石を、しかも光属性の魔石をお持ちなのでしょうか」
ソフィアは少し冷めてしまったお茶を少しだけ口にし、小さな笑みを浮かべたままでセシルに向き直った。
「セシル様は、最近になってグランチェスター領の研究者がアカデミーに送った論文をご存じでいらっしゃいますか?」
「魔力の補充が可能な魔石のことですね?」
「はい。仰る通りです。あまり多くのことを語ることはできませんが、シュピールアに使われている魔石は、魔力が補充可能な魔石なのです。そのため、魔力が尽きたシュピールアをソフィア商会にお持ちいただければ、魔力が充填されている魔石に交換することが可能なのです。もちろん、料金は頂戴いたしますが」
「素晴らしい技術だとは存じますが、その話が魔石の産地とどのように繋がるというのでしょう」
セシルは不思議そうにソフィアに尋ねた。
「つまり、シュピールアに使われている魔石は、『加工』されているということですわ」
「!?」
この発言を聞いた瞬間、会議室に同席していた三人の商業ギルド関係者は、同時に目を剥いて涼しい顔で座っているソフィアを睨んだ。その様子があまりにも尋常でなかったため、ソフィアの背後に立っていたダニエルが警戒して剣の柄に手を置いたくらいである。
「加工するとはどういうことだ」
「ま、まさか魔石の純度を上げられるのか?」
「もしやあの魔石はすべてグランチェスター領で産出されているのか!?」
一気に捲くし立てるようにギルド関係者がソフィアに話し掛けた……というより怒鳴るように叫んだ。口調も少し荒れている。
「商会の技術は秘匿可能なはずですわ。それに、この技術は国王陛下より口外することを禁じられておりますの」
「既に勅命が下っているのか!」
「だが、それでは純度の高い魔石をソフィア商会が独占するということではないか!」
『王室の晩餐会に呼ばれたのも悪いことばかりではなかったわね。あの場の会話が漏れることはあり得ないから、勝手に想像してくれそうだし』
「私の個人的な見解ではございますが、魔石とは魔力の器に過ぎないと考えておりますの。貴石であることを否定するつもりはございませんが、容れ物である魔石そのものの価格は、もう少し安価であるべきではないでしょうか」
「な、なんということを。ソフィア商会は魔石の市場を壊すおつもりですか?」
「今すぐ何かをするつもりはございません。魔石は今後も必要になる貴重な資源であり続けるでしょう。ですが、貴重なのは魔石よりも中に貯められる魔力なのではないかと」
『魔力って再生可能エネルギーと言えなくもないわね。そう考えれば魔石ってただのバッテリーだよね。効率の良い魔力の保存を可能にする理論は、明らかにする方がいろいろな技術革新を起こしそうだけど、今すぐに安易に公開するのは危険な気がする』
魔石の流通ルートを明らかにしないまま、シュピールアを始めとする魔道具を販売し続けていれば、いずれソフィア商会がなんらかの手段で高純度の魔石を作りだしていることはバレるだろう。下手な小細工をするより、先にこちらに都合が良いように情報を開示してしまう方が制御しやすい。
「もちろん魔石の市場を崩壊させたいわけではございませんので、魔石関連の商品の価格を極端に下げたりはいたしません。もちろん魔石の卸業を営むつもりもございません」
「むしろ卸業を営んでくださる方が有難いのですが……。それにしても、アカデミーの教授が更迭される程の騒ぎであることは把握しておりましたが、それ程の内容だったとは」
ソフィアはとてもいい笑顔でにっこりと微笑んだ。なにしろ『自分たちは純度の高い魔石を安価に入手できるけど、他の業者のことを配慮して商品は高値で売り続けるよ。魔石関連の商品はめっちゃ儲かるんだぜ!』と堂々と宣言したのだ。満面の微笑みを浮かべても何ら不思議ではない。
『まぁアカデミーの錬金術師たちも、そのうち作り出せるかもしれないしね』
とはいえ、リヒトの300年以上の研究、アリシアの天才的な頭脳、サラの膨大な魔力や豊富な資金という条件が揃った乙女の塔を超えるのは容易ではないだろう。
「錬金術と言えば、ソフィア商会のゴーレムを販売する予定はあるのだろうか?」
突然、ハーヴェイが会話に割り込んできた。
「ゴーレムを販売するつもりはございません」
「購入を希望している貴族家も多いのですが、検討の余地はないのでしょうか」
「グランチェスター侯爵からも購入を申し入れられましたが、正式にお断りしております。ゴーレムについては国王陛下からの勅命でもお断りすることになるでしょう」
「理由を聞いてもよろしいかな?」
「ゴーレムには核となる魔石が必要です。先程も申し上げた通り、この魔石の価格を下げるつもりはございません。そして、この魔石は数日で空になりますので、常に魔力を注ぎ続けなければならないのです」
「核となる魔石とはどの程度の品質のものが必要なのでしょう?」
「直径が2センチほどの魔石が1つ、1センチほどの魔石が5つでございます。純度はセシル様にお買い上げいただいた物とほぼ同等と思ってくださいませ。しかも魔力補充が可能な魔石として加工しなければなりませんのでコストは2倍程度になるでしょう」
「はぁ!?」
これにはセシルが大きな声を上げた。何しろ、セシルはその2センチの魔石を2万ダラスで購入しているのだ。1センチの物であれば5千ダラスくらいだろうか。その2倍の価格の魔石が必要だと言われているのだ。5万ダラスを下回ることはないだろう。つまり、魔石代だけで一体9億円くらい掛かると言われているのだ。
「ソフィア商会にいるゴーレムたちは、稼働用の魔力を3重構造にしています。ひとつの魔石の魔力が尽きたら2つ目の魔石の魔力を使うようになりますが、魔力が少ないことを自覚して自律的に魔石を交換しようといたします。交換できる魔石がない場合には近くの人間に魔力の補給を促しますが、それでも魔力が補給されず2つ目の魔石の魔力を消費してしまった場合には、休眠モードに入るのでございます」
「休眠モードに入るとどうなるのですか?」
「ゴーレムの姿を維持し、不測の事態が発生して奪われそうになったら自壊します。もちろん、こうした構造を採用しなければコストダウンも可能ではございますが、あまりお勧めはいたしません」
「その理由は?」
「魔力が尽きた途端、あっさりと土塊に戻ってしまうためでございます。高額なゴーレムが土塊になることを冷静に見ていられる方は少ないのではないでしょうか」
ここまでの説明を聞いて、ハーヴェイはニヤッと笑った。
「ですが、その程度の金額なら購入したいと考える貴族家もあるのではないでしょうか」
「製造コストという視点であればその通りかもしれませんが、その他にもゴーレムには導入と運用にもかなりの出費が必要になりますの」
「ふむ。もう少し具体的に説明していただけますかな?」
「製造したばかりのゴーレムは赤子と同じなのでございます。人の言葉を理解することもなく、どのように身体を動かせばいいのかも理解しておりません。つまり、赤子を育てるようにひとつひとつ教えなければなりません」
「なるほど。しかし、学習のノウハウはソフィア商会にあるのでは?」
「ございますが、我々の手を離れた後のことまで責任を持つことはできかねます」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「ゴーレムは人と同じように常に学習し続けます。その中には善行も悪行も含まれておりますので、彼らの前で悪行を重ねれば……」
「むっ!」
「まさに赤子と同じです。ゴーレムは環境によってまったく違う物になってしまう可能性が高いのです。ご存じのようにゴーレムは丈夫で力も強いですから、うっかり暴走するようなことにでもなったときの責任はだれが負うのでしょう。少なくとも私どもは、製造者としての責任を負うことはできないと判断しておりますわ」
「……なるほど。ところで、運用コストというのは魔力のことだろうか?」
「然様でございます」
「どの程度の魔力が必要になるのだろうか」
「オルソン令嬢がすべての魔力を注いでも、1日稼働させるのが限界でございます」
「ま、待ってください。オルソン家のレベッカ様でございますか?」
「はい」
「あの方がすべての魔力を注いで1日とは……」
「王室の方であれば、3日程は大丈夫だと思われますが、さすがに王室の方に実験をしていただくわけには参りませんので」
『うーん。ゴーレムの燃費について、アリシアともう少し検討すべきかな。もしかしたらマギ自身に考えてもらうのもアリかしら。それにしても、あんなに魔力喰いのゴーレムを、大小合わせて100体以上稼働させてるなんて、自分の魔力量が怖くなってくるわ』
なお、最近は液化した魔力から魔石に魔力を注入する魔道具をアリシアが開発してくれたおかげで、サラは数日おきに大きなタンクに液化した魔力を溜めておくと、ゴーレムたちが勝手に魔力を魔石に移し替えてくれるようになっている。
「あまりにも現実離れしているので、俄には信じられません。ゴーレムを独占しておくため、大袈裟に仰っているというわけではないのですよね?」
「無理に信じていただく必要はございません。いずれにしても、ゴーレムを販売するつもりはございませんので」
「そうですか、実に残念です」
『祖父様にゴーレムを寄こせって言われた時は動揺して倒れたけど、もう言われても全然平気だなぁ。稼働し続けられるはずがないし、そもそもマギのいないゴーレムに意味はないってわかってるしね』
ここでもゴーレムを要求されます。売りませんw