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頼れる上司とは

「ひとまず伯父様のご趣味は置いておくとして」

「置いておかずに捨ててくれないかね」

「お金になりそうなので後で思い出しますが、さすがに領の財政を侯爵令息が書いた官能小説で賄ったなどと揶揄されるのは避けたいので今は忘れます」

「ひどっ」


ロバートは涙目になっているが、サラはその程度のことを気に掛けたりはしない。


「まずは執務室でのことを教えてください。概ね高評価のようでしたが、何か問題はありますか?」

「まずメイドがいないことで仕事の効率が悪くなってるな」

「でしょうね」

「サラお嬢様、そんなあっさり流さないでください。本当に深刻なんです」

「でも伯父様も文官の方々も、祖父様の暴言から彼女たちを守っていませんよね?」

「父上に逆らえるわけがないだろう」

「本当に必要なら、逆らってでも説得すべきでしょう」

「しかし、侯爵閣下の意向を無視するわけには…」


『はぁ…上司に逆らえない中間管理職って感じね』


「では今後も彼女たちにコソコソと隠れて仕事をしろと言うおつもりですか? 私が彼女たちを執務室に入れると言い出した際、ご自身がどんな発言をしたか都合よくお忘れのようですね。状況を把握していない方々から彼女たちがどんな目で見られるのか、あるいはどんな扱いを受けるかを想像できなかったとは言わせません。祖父様から暴言を吐かれる前にやれることは何も無かったと本気で言いきれますか?」

「そ、それは…」

「そもそも伯父様もジェームズさんもベンジャミンさんも、彼女たちに直接謝罪されたのでしょうか。こうして直接顔を合わせたというのに、最初に言ったことは『効率が悪くなってる』でしかないとは、なんとも情けないことです」

「もちろん、彼女たちには申し訳ないと思っているさ」

「でしたらまずきちんと謝罪なさってください。話はそれからでしょう。それとも侯爵令息やエリート文官は、メイド風情に下げる頭はお持ちではないのでしょうか?」


この指摘にロバートも文官も息を飲んだ。ロバートは侯爵令息として使用人とは一定の距離があるのが普通で、ジェームズやベンジャミンも下位貴族出身なので使用人に直接謝罪したことなど無い。使用人に不利益を被らせたとしても、せいぜい家令や執事に謝意を言付けるくらいだろう。


「サラやレベッカから彼女たちに伝えてもらう方が穏便に済むかと…」

「もしや、私やレベッカ先生が、良しなに伝えてくれるから大丈夫だろうなどと考えていらっしゃるのですか? もちろん私もレベッカ先生も、お願いされれば皆様方の謝意をお伝えするでしょう。ですが、それで十分だとお考えなのでしたら、私は執務室でメイドたちに仕事をさせる提案をした者として、彼女たちを執務室には絶対に戻しません」

「なっ、サラ!」

「当然ではありませんか。グランチェスター領のために彼女たちは力を尽くしてくれました。その功績が小さくないことを、伯父様も文官の方も理解していらっしゃるはずです。それなのに暴言を吐かれても直属の上司は庇ってくれず、謝罪もされないのです。こんな虚しい職場に優秀なメイドたちを戻せと?」


ロバートたちは完全に固まっている。考えたこともなかったという表情だ。しかし、ロバートは意を決してメイドたちに向き合った。


「君たち、本当に申し訳なかった。僕の力不足でイヤな思いをさせてしまったこと、心から謝罪するよ」

「ロブ、謝罪だけでは意味がないこと理解しているかしら?」


この件についてはレベッカも辛辣である。


「少し時間はかかってしまうかもしれないが、必ず君たちが堂々と執務室で働けるよう、父上を説得する。待っていて欲しい」


するとメイドを代表してイライザが答えた。


「承知いたしました。それではお待ちする間、私どもはサラお嬢様と乙女たちをお支えすることといたしましょう」


イライザの発言に合わせ、メイドたちは一斉にサラに向かって頭を下げた。


「乙女たち?」


ロバートと文官が不思議そうな顔をした。


「今日、パラケルススの実験室がある塔を探索したのですが、せっかくなので以前にお話があった女性の錬金術師、鍛冶師、薬師の方をお呼びしたのです。レベッカ先生も含めて全員が女性ですので、乙女たちと呼ぶことにしました」

「なるほど。しかし、乙女って…年齢制限ないの?」


ロバートはレベッカに目線を泳がせた。すかさずサラは、ロバートの向う脛を思いっきり蹴とばした。


「ぐはっ」

「伯父様、これ以上失礼なことを仰るようでしたら、執務のお手伝いは今後一切いたしません。ご注意くださいね」

「は、はい…。すみません」


『伯父様って一言多いんだよね。レベッカ先生に関しては特に』


小学生男子を拗らせたようなロバートに不安を覚えつつも、サラは話を続けた。


「パラケルススの実験室、というよりもあの塔とその敷地には、とんでもない価値がありそうです」

「価値?」

「はい。塔の中には本館のものよりも広い図書館、付随する資料室には未整理の大量の資料と標本が残されています。複数ある実験室には蒸留釜だけでなく、さまざまな実験設備も残されていました」

「ほう! それはいいね」

「それと、塔の敷地内に庭園らしきものが残されていたのですが、そこには薬草などさまざまな植物が育成されていたようです。ずっと放置されていたので、現状は雑木林のようにしか見えないのですが、薬師と錬金術師にはお宝の山に見えてるようですね」

「それは本当かい!?」

「ロブ、そんなつまらない嘘をサラさんがつくわけないでしょう。私たちはそこを秘密の花園と名付けたのだけど、たくさんの妖精がいたわ。彼らが花園をずっと守っていたの」


説明を聞いたロバートと文官たちは呆然としている。


「塔と花園が錬金術師と薬師にとって、とても魅力的な場所だということは、既に両ギルドにも伝わっていると思います。存在そのものは秘匿しませんでしたので」

「そのように重要な場所なら、その場で秘密保持契約をすべきだったのではないでしょうか?」


ジェームズは、鼻息を荒くして反論した。


「パラケルススの実験室の存在は、既に錬金術師ギルドも知っていました。今日はその一端をお見せしたに過ぎません。詳細に資料を公開したわけではありませんし、自由な立ち入りを許可しているわけでもありません。それは花園も同じです」

「では、これから急いで秘密保持契約を」

「それも得策とは思えません。『まだ整理していないから公開できない』という姿勢を貫き、問題がない情報から小出しにしていけばいいのです。もちろん有料で」

「確かに錬金術師ギルドなら、お金を惜しまないかもしれないですね」

「おそらく花園から採取できる植物についても同じでしょう。レベッカ先生が妖精から聞いてくれた情報によれば、栽培に使う分だけ残してくれるなら、好きに採集して良いそうなので。こちらは薬師ギルドの方が喰いつきは良いかもしれません」

「なんと!」

「既に両ギルドから修繕費を負担する打診を受けています。ですがこれらを負担させてしまうと、情報にお金を取れなくなりそうな気もするので悩みどころですね」


ロバートは深くため息をついた。


「サラ、1日放っておいただけなのに、一気に仕事を増やしてきたね。お金を取るにしたって研究者や花園の管理官を雇わないといけないじゃないか」

「あ、それですが、乙女たちが住み込みでやりたいそうです。別に急ぐ調査でもありませんので構わないでしょうか?」

「は? 若いお嬢さんたちを住み込みで働かせるのかい!?」

「塔には使用人のための部屋が用意されていましたので、掃除をして使っていただこうかと思います。客室もあるのですが、彼女たちは平民なので落ち着かないそうです」

「だろうな」

「というわけで伯父様、許可していただけます?」

「そこまで根回しされたら断れないだろうが」

「もちろん予想済みです。なのでリネン類の手配もしてますし、明日は修繕箇所がないか入念に確認する予定です」

「なんとも用意のいいことだ…」

「祖父さまは10日くらい滞在されるということですし、その間はメイドたちも塔で働いてもらおうかと。なにせ整理が必要な資料が山のようにありますからね。もちろん伯父様方が祖父様を説得できるなら、執務室に戻ってもらうことも検討はします。ですが、戻ってくれるかどうかは彼女たち次第でしょう」

「そうよねぇ。ロブよりサラさんの方が、頼れる上司って感じするものね」

「うっ」


ロバートはメイドたちの方を振り「君たち、もしかして戻って来ないなんてことないよね?」と確認する。両隣にいる文官たちも、潤んだ目でメイドたちを見つめる。

が、しかし執務室のメイドたちは全員アルカイックスマイルを浮かべるだけで、誰一人言葉を発しない。


「要するに伯父様方の頑張り次第ってことですね。そうだ伯父様。塔の周辺も騎士団の見回りコースに入れるよう調整してください。貴重な資料や植物が盗まれない対策が必要ですし、なにより若いお嬢さんが起居しますので」

「サラ…やっぱり仕事増やしてるじゃないか……」

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― 新着の感想 ―
今回の罰です。
伯父さんはなかなか聡明な方とお見受け致します。 貴族から見れば使用人にせよ領民にせよ、特段に人扱いをする対象ではないというのがこの世界かと思います。一般的にはお祖父ちゃんの行いが普通でしょう。 姪っ子…
祖父様のポジションが最早崖っぷちすぎん?
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