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宮中晩餐会 4

「ふむ……。若いうちはそのようなことを思うものかもしれんな。だが、平民であったとしても人はそれほど自由に生きられるものではない」


王は残り少なくなっていたグラスのワインを飲み干し、近くの侍従がデキャンタからグラスにワインを注ぎ終える様子を暫し無言で見つめた。


「アンドリュー、人は食事をせねば死ぬ。食事をするためには働かねばならず、家族がいれば養わねばならぬ。貴族であろうが平民であろうが、人はさまざまな(しがらみ)から逃れることはできぬ。無論、誰にも頼らず、誰にも頼られず、誰ともかかわらなければ、自由に生きることもできるかもしれんが、その代わりに人知れず野垂れ死ぬことになるだろう。真の自由とはそのようなものだと思うがな」


サラはこの王から初めて納得できる言葉を得られたような気になった。ふっと王を見つめて微笑みを浮かべる。


「私も陛下の仰せになっていることは正論だと存じます」

「ふむ。そうであろう」

「しかしながら、アンドリュー王子殿下のお言葉も、やはり私の心情を言い当てていると感じております。私の心情を慮ってくださり深く感謝申し上げます」

「サラ嬢にはグランチェスター領で、ゲルハルト王太子と纏めてフラれているからね」

「私にはそのような失礼なことをした記憶がないのですが……」


アンドリュー王子はニカッと笑いながら答えた。


「覚えていないのかい?『私は貴族の令嬢として生きたいと思っていないのです。ましてや王族なんてあり得ません!』って宣言してたじゃないか」

「あ!」


『そういえば言ったわぁ』


「思い出したみたいだね」

「そ、その節は大変なご無礼を……」

「ははは。謝らなくていい。王族をまとめて瞬殺する女の子が居るとは思ってなかったからね、なかなか面白かったよ」

「それではサラ嬢は、私の息子を袖にしてまで何を欲するのだろうか?」


ふと、それまで積極的にサラに話しかけてこなかった王太子が問い掛けた。


「畏れながら殿下、私は自分の生き方を自分で決めたいのでございます。ですが、孤独になりたいとも思っているわけでもございません。私は私のできる範囲で好きなように生きて参りたいと存じます」

「それは貴族令嬢や王子妃、将来の王太子妃や王妃ではできないと思っているのだね?」

「御意にございます。異国には『適材適所』という言葉があるそうです。私は王妃や貴族家の当主夫人になるような人間ではございません。ゲルハルト王太子からは、お抱えの楽士、あるいは側室の座を提案されました。ですがどれも私の身を置く場ではないと感じております」

「では、何者になりたいと考えているのだ?」

「今は商人として生きていくことを望んでおります」

「なるほど、サラ嬢は母方の血の影響が強いのかもしれないな。ソフィアも然りなのだろう?」


サラの背後でソフィアは静かに頷いた。


「だがグランチェスター家としては、それで構わないのか?」

「サラは一度グランチェスターから離れた愚息の娘でございます。成人するまでは当家で庇護するつもりではございますが、その後は本人が思う通りにさせるつもりです。もちろんずっと傍にいてほしいというのが本音ではございますが、この子の翼を折ることを惜しまずにはいられないのです」

「ふぅむ。それでは其方らにサラ嬢を寄こせと言っても無理ということか」


王太子の言葉にグランチェスター侯爵とエドワードは一瞬視線を合わせてニヤリと笑った。


「ふふっ。日和見の小侯爵までその調子なのか。サラ嬢は2年足らずでグランチェスターを支配下に置いたようだね。どうせ、ソフィア商会もサラ嬢の意のままなのだろう?」


『あら、この王太子は侮れないわね』


「然様なことは……」

「どうせサラ嬢が認めないのはわかっているよ。何も言わなくていい」


王太子は犬でも追い払うかのように手を振った。


「アールバラ公爵夫人、義兄として忠告しておくよ。サラ嬢は潔く諦めた方が良い。下手な手回しをすれば家門の方が危うい」

「御意にございます」


『ちょっと待って。好きに生きていたいってだけなのに、私ってそんなに不穏??』


「だがサラ嬢、わかっているとは思うが、王侯貴族とは民に生かされる存在だ。我らのために民がいると勘違いしている輩も多いが、我らには民を守り導くための義務がある。民たちが税を納めるのは、我らが彼らの生活を守るからに他ならない。貴族となるなら、いや既に貴族家に庇護されているのであれば、その義務から逃れることはできない。貴族は家のために婚姻するというが、実際には民の利のために婚姻するのだよ」

「承知しております。故に私は商人として生きることで、他の貴族家との婚姻以上の利をグランチェスターにもたらすつもりでございます。私の考える自由とは、己の責任から逃れることではございません」


王太子は暫しサラの瞳を見つめた後、愉快そうに笑い始めた。


「はははは。サラ嬢と話していると、同世代の友人と語り合っているような気分にさせられるな。とても8歳とは思えない。あぁもうじき9歳だったな。それにしても信じられない子供がいるものだ」

「畏れ入ります」

「グランチェスター侯爵よ、サラ嬢の生き方を其方も認めたのであろう?」

「御意にございます。他家に嫁がせてしまうにはあまりにも惜しい」

「わかるよ。私もこの子がアヴァロンから離れてしまうようなことはしたくない。下手に圧力をかければ、ソフィア商会ごとアヴァロンからいなくなってしまいそうだ」

「御意」


王太子は王を振り返り、まるで子供を窘めるように語り掛けた。


「陛下、サラ嬢は彼女の思うままにさせておく方が良さそうですよ。既にゲルハルト殿に目を付けられているのです、我らが無理に彼女を手に入れようとしたらあっさりとロイセンに逃げ出してしまうかもしれません。あるいは、フローレンスにかもしれませんがね」


王と王太子はチラリとソフィアに目を遣る。


「其方がいうことも理解できるが……」

「陛下、いいえ父上。欲を出し過ぎれば、我らはサラ嬢どころか、ソフィア商会との縁も失います。下手をすればグランチェスターすら我らに背を向けるかもしれません」


本来であれば、アヴァロンの貴族であるグランチェスター侯爵は、このタイミングで『そんなことはない』と声を上げるべきである。しかし、現グランチェスター侯爵であるウィリアムは、王太子の発言に対して沈黙を守った。


「父上、グランチェスター侯爵の沈黙は是です。実にわかりやすい構図ではございませんか。彼女は既にグランチェスターやソフィア商会を意のままにしているのです。我らが支配下に置けるような存在ではありません」

「なんと生意気な小娘であろうか」

「年齢や性別で油断させることすら、サラ嬢の武器のように見えますね。故に我らは彼女に友情を示すべきだと愚考いたします」


『この王太子は怖い』


サラは素直にそう思った。王太子はサラを8歳の少女として侮らず、対等な取引先として先に好意を示してみせたのだ。アヴァロンを支配する王族の中で、もっとも危険な相手であることにサラは改めて気付いた。


そしてもっと怖いことにも気付いた。アンドリュー王子も王太子と同じような視線でサラを見ているのだ。


『未熟だけど、明らかにアンドリュー王子は王太子に似ている。そう遠くない将来、アンドリュー王子も王太子のような狡猾さを手に入れるのだとしたら……うん、悪くないわね』


「ふっ……サラ嬢、そういうところは子供だね。我らに値踏みするような視線を送らないでくれないか?」

「父上、あれが商品を見る商人の目なのでしょうか」

「そのようだな」


王太子とアンドリュー王子は、そっくりな表情でサラを揶揄った。


「そのように失礼なことは……」

「考えていただろう?」

「絶対、考えてましたね」


『イヤな親子だな。当分の間は、今の王が威張ってる方が楽かもしれないわね』


「どうか、あまり孫娘を揶揄ってくださいますな」

「はははははは。すまんすまん、実に賢く美しき娘なのでついな。だが、グランチェスター侯爵よ、私は本当に其方が羨ましい。このように魅力的な孫娘が二人もいるのだからな」

「過分なお言葉でございます」


『ふーん。二人、ねぇ』


だが、その場ではそれ以上のことを王太子は語らなかった。


しかし、幼過ぎて空気を読むことのできないアルフレッドだけは、まったく異なる反応を示した。


「アンドリュー王子がサラを諦めるなら、僕が妻に迎えたいです!」


『おっと、いきなりプロポーズされちゃったよ』


「アルフレッド、申し訳ないけど私は商人になりたいから、あなたとの結婚は難しいと思うわ」

「商人をやりながら僕の妻もやればいいだけだよ。どうして選ばないといけないの?」


ヴィクトリアはアルフレッドに近寄り、窘めるようにその肩をポンっと軽く叩いた。


「アル、公爵夫人はお金を稼ぐようなお仕事はしないものなのよ」

「それは誰が決めたのですか?」

「女性がお金のことを口にするのははしたないことなの」

「母上、それはソフィアやサラがはしたないと言ってるのと同じです。僕はこれほど優美な方々にそのようなことはとても申せません。商会を経営する領主など沢山いらっしゃるではありませんか。なのにどうして公爵夫人だったらダメなのでしょう」

「そ、それはそうなのだけど」


『あれ、この子いいこと言ってるかも』


「どうせ公爵夫人など着飾って社交をするだけなのですから暇でしょう? それに商人といっても所詮は女性なのですから、報告書に目を通すくらいでしょうし」


『違った。全然わかってないだけだったわ』


これには王太子も困惑した表情を隠せず、父親であるアールバラ公爵に声を掛けた。


「アールバラ公爵、もう少しアルフレッドの教育を頑張ったほうが良さそうだね」

「申し訳ございません。このような場に連れてくるには少し早すぎたかもしれません」

「いや同世代のサラ嬢のことを慮ってのことだろうから気にする必要はない。ただ、教育に偏りがありそうなのが気になっただけだ」

「心に留め置きます」


アンドリュー王子もすかさずアルフレッドを窘めるように語り掛ける。


「アルフレッド、その発言はサラ嬢にもアールバラ公爵夫人にも失礼だ。君は貴族女性が担っている重責をもっと知るべきだ。ちょっとお勉強が足りてないみたいだね」

「も、申し訳ありません殿下」

「謝罪する相手が違っているよ。サラ嬢とアールバラ公爵夫人に謝りなさい」


そこに王妃が口を開いた。


「いいえ、アルフレッドの発言はすべての女性に対する侮辱よ。だけど物のわかっていない子供に中身のない謝罪などされても意味が無いわ。アールバラ公爵家は下がりなさい」

「御意にございます。大変申し訳ございませんでした。この件につきましては、後程改めて謝罪にお伺いいたします」

「そういう謝罪もいらないわ。今は私の視界に入れないで頂戴」


アールバラ公爵家は王妃の意に従い、全員が席を立って退室していった。アールバラ公爵家出身である王太子妃もアルフレッドを庇うことはせず、アルフレッド自身は自分が何故怒られたのかを理解できないまま不思議そうな表情でトボトボと帰路についた。


「王妃よ。其方の言う通り物のわかっていない幼子の言うことだ。そう怒るな」

「私は怒っているわけではありません。呆れているだけです。それに、アルフレッドのような発言は珍しくもありませんしね」


王妃は深くため息をついた。


「まぁアルフレッドもサラという特異な存在に戸惑ったのだろう。だが、あれはあれで将来は妻となる女性に好きなことをやらせる度量の広い男に育ちそうではないか。家の恥にならぬよう、妻を教え導けるようになるためにも勉学には勤しむべきだろうが」


この瞬間、王妃を始めとする女性全員が『この王はまったくわかってない』と感じたが、賢明なことに表情に出す女性は一人もいなかった。

強制退場者でました!

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― 新着の感想 ―
なるほど、譲位を薦められているのも納得の王様だなw というか王太子とアンドリュー王子がガチで有能っぽいから代がわりさえしてしまえばアヴァロンは安泰っぽいな
このままアルフレッドが居ると物理的に擦り潰されてるね 強制退場して良かったと言うべきか
[一言] 発言許されがちだからついついお喋りしすぎたアルフレッド君、王子様一度サラに出会ってから変わったのかな?
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