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自習室の本棚

食事を終えたサラは、まだ侯爵に引き留められているロバートや文官たちを置いて部屋に戻った。正餐用の衣装のままでは動きにくいので簡素なドレスに着替え、マリアを伴って図書館にあるという自習室へと向かった。


大人たちは、まだ侯爵の相手をしているらしく、まだ誰も来ていない。


「晩餐で祖父様から随分とお酒を勧められていたようですし、もしかしたら今日は無理かもしれませんね」

「ひとまずお茶を用意してまいります」


一人で広い部屋にぽつんと残されたサラは手持ち無沙汰となり、壁際の書棚に近づいた。サラの目線と同じ高さの棚には、アカデミーの教科書らしき本、辞書、薄い木の板を表紙にしたファイルのような資料などが並べられている。もう一段下には子供が好みそうな絵本が並べてある。


『ここで父さんや伯父様は勉強してたのかな?』


上の方の棚を見てみると、サラの背丈では届かない場所に、背表紙に何も書かれていない本がズラリと並んでいる。


『あの本なんだろう?』


しかし図書館とは違って、この部屋には梯子は置いておらず、踏み台も用意されていないため、自力で手に取るのは難しそうだ。


『届かない場所にあると逆に読みたくなるから不思議よね。うーん、もう少し背が高ければ届くのにな……ん? 背が高ければ!?』


そう、サラは思い出したのだ。ミケの特技を。


「ミケいるー?」

「いるよぉ」


突然虚空に裂け目が生れ、そこから猫の手だけがにゅっと出てきた。ちなみに肉球は綺麗なピンクだ。


「手だけって横着だなぁ。ところで私を今すぐ大きくすることってできる?」

「できるよぉ」

「それって大変?」

「んー、サラの魔力を具現化するからサラの魔力次第かな。大きくなるのにも、小さくなるのにも魔力は必要になるよ」

「大きくなったり小さくなったりするのって時間かかるの?」

「魔法を発動する前の状態によって変わるよ。たとえば、サラが9歳になりたいだけなら、瞬きするくらいの間だけど、老人になりたいならだいたい50数えるくらい」

「戻るときは?」

「大きくなるのも小さくなるのも同じよ。その時の身体の年齢から離れてるほど時間かかっちゃう」

「ふむふむ。あ、服はどうなるの?」

「服はそのままだよ。小さい服を着てるときに大きくなると破けちゃう」

「えー、ちょっと不便」

「そんなこと言われてもぉ」


『魔法少女みたいに、コスチュームを勝手に着せてくれればいいのに!』


サラの中は勝手に魔法少女のイメージでノリノリになっていたが、ミケの能力は身体の成長の操作だけで、ドレスの脱着を瞬時にできる能力は持っていない。さすがにこの場で脱ぎだすわけにもいかないので、成長して本を取ることは諦めることにした。


しばらく待っているとマリアが戻ってきたので、届かない棚の本を数冊取ってもらった。よく考えてみれば、誰かに頼めば済むだけの話なので、わざわざ身体を成長させるほどの用事ではない。


とってもらった本の表紙をめくるとロマンス小説のようなタイトルだった。装丁や紙の状態を見る限り、それほど古い本ではなさそうだ。


『図書館に小説がないと思ったら、ここにあったのかぁ。でも、これってたぶん私物だよねぇ? 誰のだろう?』


と、そこにロバートが入ってきた。


「あーーーーーーっ、サラ! な、何を見てるんだ!!」

「えっとたぶんロマンス小説ですね『黒き騎士は捨てられた令嬢を溺愛する』と『仮面舞踏会の誘惑』ってタイトルですし」

「それは読んじゃダメだ。絶対レヴィに怒られる!」


「既に怒ってましてよ。そういう本は自室から出すなってあれほど言っておいたじゃない」


背後からレベッカの声がした。両脇にジェームズとベンジャミンもいる。


「これは伯父様の私物なのですか?」

「私物というより本人の著作よ」

「うわぁぁぁ、レヴィばらすなーーーー」

「伯父様、ロマンス小説を出版されているのですか?」


するとベンジャミンが、


「そのシリーズの作者ってロバート卿だったんですか。僕も何冊か持ってるので後でサインください」

「か、構わん。何冊でもサインするから、ひとまずこの話は後にしょう」


明らかにロバートは狼狽えている。サラは気になって中をペラペラをめくってみた。


『xxxはxxxのxxxxxをxxxxして……』


男性向けの大人な小説だった。前世でもR指定されそうなレベルの。


「……。伯父様、これ確かに私は読んだらダメそうですね。で、ベンさんも、このシリーズのファンである、と」

「あ、いや、それは友人たちと一緒に製作していて…その、限定冊数を実費で周囲に譲っているだけなのだが…」

「わ、私も知人から数冊譲りうけた程度で…」


『要はエロ同人誌(薄い本)かっ!』


サラはチベットスナギツネのような目で二人をみた。おそらくレベッカも同じような目で見ているのではないだろうか。


「えーっと…サラは意味を正しく理解してそうだね。それはそれで怖いけど、レヴィはもっと怖い」

「いえロバート卿、私はサラお嬢様の目の方が怖いです」


「伯父様が多才であることは理解しました。今回は私が見てしまったことは事故のようなものですし仕方がありません。ベンさんの個人的な趣味についても私が口を挟むことではありません」

「ロブ、あなたの本は自分の部屋にしか置かないって約束したわよね?」

「あ、いや、使用人たちが回し読みしたいっていうから…」


『へー、ほー、ふーん』


「この際、内容については置いておきましょう。少なくとも伯父様は、本の印刷、製本、販売のルートをご存じということですよね?」

「うん。それはそうだね」

「ではパラケルススの資料を見つけて、その内容をまとめたら、本として出版することも可能ってことですよね?」

「できると思う。ただ、その資料は公開しても良いものなのかい?」

「精査してみなければわかりません。ですが、できる範囲でやるべきでしょう。このままでは無駄に失われてしまうだけです。先代が投資した研究成果なのにグランチェスターの収益に繋がらないではありませんか」


レベッカや文官たちの顔色も変わる。


「そうだねサラ。今は現金を稼ぐ手段を考えるべきだよね」

「サラさん、それなら新しい帳簿のつけ方の教本も印刷したらどうかしら」

「ワサトの収穫量予想の本も売れそうじゃないか?」

「いろいろできるんじゃないかなとは思いますけど、本は高いですからねぇ」

「でも、新しく作る商会に出版部門はアリかもしれませんね。なんなら伯父様の著作も王都で大々的に売ります?」

「サラ、その辺で見逃してくれないか?」

「まぁ成人した男性の趣味について、これ以上とやかく言うのはやめておきます。レベッカ先生やメイドたちがどう思うかは存じませんが」


いつの間にか到着していた執務室のメイドたちも、揃ってチベットスナギツネの目をしていた。どうやらイライザは全員に召集をかけたようだ。


『二人とも独身だもんねぇ。まぁこのくらいは仕方ないか』

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使用人が主人(正確には一族ですが)の性癖や趣味嗜好で表情を変えていては放逐の対象となるでしょう。 少なくとも本人の前では表情を揺らしてはなりません。
メ◯モちゃん様式か
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