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国王陛下とグランチェスターの親子

侍従に案内されたのは、前回と同じ応接室であった。王が私的に知人を招く際に使用される部屋であり、窓際には寛いだ雰囲気の王が外の景色を見るように立っていた。入室したグランチェスター侯爵とエドワードは言葉を発することなくその場で膝を折り、王が言葉を発するまで待った。


「ウィリアムよ、どうやらお前の懸念は正しかったようだな。ロイセンはかなり危ないかもしれん」


王は窓の外を見ている姿のままボソリと言葉を発した。グランチェスター家の親子は膝をついたまま顔を上げた。


「どういうことでしょうか」

「数年前からロイセンが食糧難であることは把握していたが、王太子には正確な数字を報告しておらん。どうやら貴族たちに良いように振り回されているようだ。下手に手を貸せばこちらが共倒れになりかねん」


既にサラから聞かされていた情報ではあるが、アヴァロンの王室も同じ結論に至ったようだ。


「商人たちもロイセンの状況には気付いているようだ。既に小麦の買い占めが始まっている。ジリジリと値段が上がっているが、いまだにグランチェスター領は小麦を市場に放出しておらんのが気になってな」

「そ、その件につきましては……」


グランチェスター侯爵が発言している途中で王は振り返り、ニヤリと笑いながらその言葉を遮った。


「知っておる。ソフィア商会にすべて売ったのであろう。お前らしくもないことだが、よもや愛人に(そそのか)されておるのか?」

「決してそのような事実はございません」

「ふっ、冗談だ」


焦るような表情を浮かべたグランチェスター侯爵を見て、王は面白がっているような表情を浮かべた。指先だけを動かしてグランチェスター家の親子を立たせ、自らも近くのソファに腰を下ろす。


「ふむ、グランチェスターの者たちは背が高いな。首が痛くなりそうだから座れ」


二人が静かに腰を下ろすと、王は口を開いた。


「しかし、ソフィアとやらの噂はとんでもないことになっておるぞ。突如グランチェスター領に現れた女商人は、女神の如き容姿でありながら、悪魔の如き悪辣な商売をするとか」

「恐れ入ります」

「其方が恐れ入ることでもあるまい。グランチェスターの人間ではないのだろう?」

「それについては何とも答えにくく」

「ほう。余にも秘密とは無礼な者たちだな」

「申し訳ございません」

「まぁよい。アンドリューから事情は聞いた。母方の親戚のようだな。沿岸連合の出身だと聞いている」

「そこまでご存じでいらしたのですね」

「放置するには、少々うるさかったのだよ。アンドリューやアカデミーも大騒ぎになっておったからな。駆け落ちして貴族籍を抜けた者の娘とその親戚ということであれば、堂々とグランチェスターの関係者と言い切るのが難しいことは理解する。だが、貴族籍の方は死んだ後に戻したようだな」


グランチェスター侯爵は俯いて王の言葉に頷いた。


「私が愚かだったのです。もっと早くに許していれば、あの二人は今でも生きていたでしょう」

「私も子供を亡くしたことがある。親よりも先に逝ってしまうのはあまりにも悲しく、あまりにも寂しい」

「息子は盗賊に襲われて命を落とし、遺された嫁と孫は貧しい暮らしをしていました。自らの死期を悟った嫁の手紙を受け取るまで、私は愚かな意地を張っておりました。慌てて駆け付けた時には息子の嫁は既に息を引き取っており、幾日もまともに食事をしていない痩せ細った孫娘が母親に寄り添っていました。寒い日でしたが、暖炉には薪の一本も残っていなかったのです」

「そうか……それはつらかったな」


王はグランチェスター侯爵に労わりの言葉を掛け、どさりとソファの背に身を預けるようにもたれかかって天井を振り仰いだ。


「だが、その孫は驚くべき孫だったようだな。そっくりな親戚の女商人もだが」


実際には同一人物なのだが、確かにどちらもビックリ人間に分類されるタイプであることは間違いない。妖精たちですら『人間卒業』だの『ドラゴン』だのと言うくらいには非常識な存在である。


「そうですね。うちの孫は明らかにオカシイです」

「アンドリューの魔力暴走を抑え込んだらしいな」

「御意」


さすがに隠しておけることではないため、ここは素直に認めるしかない。


「複数の属性を発現しているのか?」

「火水風土の4属性を発現しております」

「魔力制御も申し分なく、冷静に魔力暴走を起こしたアンドリューを落ち着かせ、ロイセンの王太子の閨に誘われたとか?」

「ゲルハルト王太子殿下のお申し出は『寝る前に歌を聞かせろ』という意味でございました。アンドリュー王子のお心を鎮めるため、孫は子守歌を口ずさんでおりましたので。なにしろ孫はまだ8歳ですから」

「もうじき9歳になるな。そして来年にはアストレイ子爵令嬢になるはずだ」

「御意」


どうやら王室もサラのことは調べ上げているようだ。当然ソフィアのことも調べられているだろう。


「サラ嬢の亡くなった母親のアデリアは、フローレンスの元王族アデリア・エレイン・フロレンティアだな?」

「既にご存じでいらしたのですね」

「つまりフローレンス王室の直系の娘だ。平民として暮らしているとはいえ、元王族であるなら結婚に反対する必要はなかったのではないか?」

「知らなかったのです。彼女はフローレンスの元王族であることを隠していましたから」

「あぁ、あの訳の分からんフローレンス王家の掟か。アレのお陰で、フローレンスの元王族の血縁関係は良くわからんのだ。フローレンスの貴族階級はいまでも五月蠅い程に自分たちの存在を主張しておるが、フローレンス王家は不思議なくらいに静かなのが何とも不気味だな。そういえば、ソフィアはアデリアに瓜二つだとか。実は母親が生きていたというわけでもないのだろう?」


ここからは、事前に決めておいた作り話だ。グランチェスター侯爵は慎重に会話を進めていく。


「残念ながら、ソフィアとアデリアは別人です。アデリアは私だけでなく、ソフィアにもサラのことを託す手紙を書いたのです。今まで無視し続けてきた私だけでは不安だったのでしょう。私の方が先に迎えに来たのでグランチェスター家にサラを引き取りましたが、ソフィアもサラを追いかけてグランチェスター領に来たのです」

「ふむ。ソフィアはサラを引き取るため、グランチェスターにやってきたわけか」

「御意にございます。しかしながら、ソフィアが迎えに来た頃には、サラもすっかり愚息とガヴァネスに懐いており、グランチェスターに留まることになりました。ソフィアはサラの気持ちを優先して引き取ることは諦めましたが、やはり姪のことが気掛かりであったために一緒にグランチェスターに腰を据えることにしたのです」

「ほう。そういう経緯か。だがわざわざ商会を経営する必要はあったのか?」

「元々ソフィアは他国の商会で手腕を振るっていたそうなのですが、いつかは自分自身の手で商会を経営したいと思っていたようです。その話を聞いた私は、サラのために残ってくれたソフィアのため、商会設立の便宜をはかってやりました。資金も少しばかり用立てましたが、あっという間に全額返済された上、グランチェスターにも大きな利益をもたらしてくれました」


だが、王は探るような目線をグランチェスター侯爵に向けて話を続ける。それはあたかも尋問のようであった。


「アデリアが頼る親戚というからには年嵩なのだろうが、ソフィアを見た者から聞いた話では二十歳にも満たない小娘のような容姿をしているらしいな。だが不思議なことに、商売の話をすると非常に狡猾な商人に豹変するのだとか。まるでレベッカのようだな」

「ご明察にございます。ソフィアは妖精と友愛を結んだ者であるが故に、肉体の年齢と実際の年齢は乖離しております。実は私どもですらソフィアの実年齢を知らないのです」

「やはりそうか。まぁそうでなければ熟成された酒などを扱えるはずもないな」


王が一人で納得したため、グランチェスター侯爵は黙って目を伏せていた。まさか妖精に熟成してもらったと言うわけにもいかず、かといって必要以上に嘘を重ねるのも(はばか)られる。


「だが、あの酒はグランチェスター領で造られておるのだろう?」

「御意」

「だが長期の熟成期間を経ておる…。ソフィア商会の独占商品ではあるが、ソフィアがグランチェスターに来たのは、サラを迎えにきたと申しておった。そう考えれば、ソフィア自身はグランチェスターに来て間もないはずなのだが……」


いよいよ王は核心を突く質問をしてきた。王は思考するように顎に手を当てているが、視線はグランチェスター侯爵を鋭く射抜いている。


「陛下、ソフィア商会では『新しい酒』と謳ってはおりますが、エルマブランデーは一軒のエルマ農園が自家消費のために造っていた酒なのでございます。それ故に残っている在庫は非常に少なく、希少性の高い商品となってしまいました」

「ほほう。それは興味深いな」

「その農園はグランチェスターでも有名な存在でして、毎年王室に献上しているエルマもその農園で栽培されたものなのです。農園主は女性で、美味いエルマ酒を造ることでも知られております。グランチェスター領外にもファンがいる程の人気でございます」

「ほう」

「当初ソフィアは、普通のエルマ酒を瓶に詰めて販売しようとしていたようなのですが、エルマ農園を直接訪れた際にエルマブランデーやシードルを知り、独占販売する契約を締結したのだそうです」


王はわずかに首を傾げ、物憂げにグランチェスター侯爵に問う。


「ふむ。つまりグランチェスター家とは長年の付き合いであるはずのエルマ農園は、お前たちではなく国外から訪れたソフィアに自分たちの酒の話をしたということか?」

「農園主はグランチェスター出身ではないのです。元々は王都に暮らす騎士爵の娘だったそうですが、父親が亡くなった後にグランチェスターに移住してエルマ農園を経営するようになりました。外国からきたばかりの女性であるソフィアとは境遇も似ており、気心が知れる仲になったようです」

「なるほどな」

「ソフィアは農園主が何気なく振舞ったシードルやエルマブランデーを口にするや否や、これらの酒は広く知られるべきだと農園主を説得したそうです」

「然もありなん。あの味は衝撃的であった」


そこでグランチェスター侯爵は、ふっとため息をついた。


「実は別の偶然もございました」

「というと?」

「元々ソフィアはエルマブランデーやシードルの作り方を知っていたのです」

「ほほう!」

「そのため、エルマ酒を造る農園で、エルマブランデーやシードルを造れないか相談しようとしていたそうなのですが……」

「既に、農園主が造っていたというわけだな?」

「御意」

「まさに驚くべき偶然だな」


まぁ確かに驚くべき偶然だろう。なにせ作り話である。


「ソフィアは『グランチェスターにはエルマがあるからエルマブランデーだけど、他領なら違う酒を造るだけ』と申しておりました。おそらくエルマを原料としないブランデーもあるのでしょうな。事実、王都ではハリントン伯爵と会う手筈になっております」

「ハリントンと言えばワインか。ふむ、だがハリントン伯爵は其方の甥御ではないか。身内贔屓が過ぎると非難されかねんぞ」

「本日は、アールバラ公爵邸を訪ねているはずです。もっとも、孫たちの付き添いではございますが」

「優秀過ぎる孫と金持ちで狡猾な親戚か。ヴィクトリアには荷が重そうだな」

「聡明な公爵夫人でございます。おそらく困っているのはソフィアの方でしょう」


どうやら王の耳は想像以上に長いらしい。


「ふむ……こうなってくると、ソフィアやサラ嬢を貴族たちの間だけで独占されるのも業腹だな。ここは私も彼女たちを招待するか」


『こうなることは予想していたが、ここまで露骨に興味を示されるとは思わなかった』


少しばかり痛み出した胃の腑のあたりに手を置きつつも、グランチェスター侯爵はにこやかに応じた。ふと、王は視線をエドワードに移して語り掛ける。


「グランチェスターの小侯爵よ、其方も一緒に参加するがよい。王妃や王太子夫婦を交えてゆっくりと聞かせてもらおうではないか。どうせ其方の容姿についても、ソフィアが絡んでいるのだろう?」

「陛下のご慧眼には恐れ入ります」


どうやら王は若返ったエドワードの容姿にも目を付け、王妃たちが参加する場所で秘密を聞き出す予定であるらしい。もちろん、ソフィアとサラも行かなければならないだろう。


()(くに)には『善は急げ』という言い回しがあるそうだ。それに倣い、私も急ぐとするか。誰かアールバラ公爵家に使いを出せ。今日の晩餐にグランチェスター家の女性たちを招待するぞ。あぁ、無論アールバラ公爵家の家族も招待するがよい。子供たちも一緒で構わぬ」

「陛下! それはあまりにも性急ではございませんか! サラはまだ8歳でございます」


グランチェスター侯爵は慌てて王を諫めようとしたが、王の方はどこ吹く風である。


「なに、私的な食事会に招待するだけだ。安心しろ、私も孫たちを呼んで子供同士も交流させようではないか」


『マズい、事前に打ち合わせする時間を確保できなかった。確か今日はサラがゴーレムのはずだが大丈夫だろうか……』


グランチェスター侯爵は一抹の不安を覚えつつも、王命に従うしかなかった。

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さすが王様、ぐいぐい核心を突いて来ますなあ グランチェスター侯爵の胃に穴が空きそう
うん?外の国とは外国か異世界の事か 王家にもゼンセノキオクが伝承されてるのかな
[一言] 不適切入り婿侯爵だけでお腹いっぱいよ キレ者な王様なんだろうけど 爺ちゃんの胃はもう限界よ せっかく若返ったエドが老け込んだら 王様のせいだな。 ちゃんと王様の仮面被ってて下さい。
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