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想定外だったこと

「この後、グランチェスター家の皆様はアールバラ邸に寄っていかれるのよね?」

「はい。アールバラ公爵夫人が、サラさんの誕生日パーティーにお力添えいただくことになったと、グランチェスター小侯爵夫人とオルソン令嬢から伺っております。ソフィア商会も全力で協力いたします」


ジャスミンドレスの茶会が終わる直前、ヴィクトリアはソフィアに語りかけた。実際にはそれほど打ち合わせなければならないことは多くない。サラの誕生日パーティーの段取りは、エリザベス、レベッカ、ヴィクトリアの間でほぼ決まっている。というより、ヴィクトリアに当日必要な手配の多くを任せしてしまっている状態になっていた。


そんな事態を招いてしまったことには理由がある。


最初にエリザベスとレベッカは、連名でヴィクトリアに手紙を書いた。サラの誕生日会を王都で開催しようと考えていること、参加希望者が多くなる可能性を考慮するとグランチェスター侯爵家の王都邸では手狭なのではないかという懸念を示したのだ。


もちろんヴィクトリアもすぐさま返事を書いた。その手紙には、サラの誕生日会であるならアールバラ家が本邸とは別に所有する屋敷を丸ごと会場として提供することや、会場の設営や料理の手配なども任せてほしいという旨の内容が記載されていた。なお、”屋敷”と呼んでいるが、そこはかつて王室所有の離宮だった場所で、広い敷地に美しい庭園と瀟洒な建屋を備えている。初代アールバラ公爵が王室を離れて独立する際、王室から下賜された由緒正しきお屋敷であった。現王太子妃やヴィクトリアの姉妹も、このホールでデビュタントの舞踏会を開催している。


この手紙を受け取ったエリザベスは仰天し、慌てて乙女の塔まで出向いてサラに詰め寄った。


「サラ、あなたアールバラ公爵夫人に一体何をしたの!?」

「何もしていませんが?」

「隠しても無駄よ。何もしていないのに、あの会場をアールバラ家が貸し出すはずがありません。親戚と王室以外にあの会場を貸し出したことは一度もないのよ」

「そう言われましても…。大人しくしてたと思いますけど。ちょっとピアノやヴァイオリンを弾いたくらいで」


サラの発言を横で聞いていたレベッカはピンときた。


「じゃぁソフィアは何をしたの?」

「うっ……それは……」

「後で面倒に巻き込まれたくないなら、素直に言っておく方が良いわよ。アールバラ公爵夫人はサラとソフィアの両方に会っているのだし、あなたたちが血縁関係にあることは一目瞭然ですものね」


『まぁ同一人物だとは思わないよね』


「その……アールバラ公爵の弟君が、ソフィア商会でゴーレムに捕まっていたのです」

「は?」

「どういうことかしら?」


レベッカとエリザベスは顔を見合わせ、二人で同時に同じ方向に首を傾げた。


「えっと、夜中にソフィア商会の本店に花束を持ってセルシウス侯爵家のライサンダー卿がお越しになったのです」

「あぁなるほど。ソフィアに求愛しにきたところを、不審者として捕まったわけね?」

「そういえばライサンダー卿は、体調を崩されたとかで狩猟大会には参加されなかったわね」

「セルシウス侯爵家とアールバラ公爵家の名誉を守るため、内密に処理してライサンダー卿には粛々とお帰り願ったのです」


『思い出すと頭の痛いお坊ちゃんだったよねぇ……』


「でも、それだけでアールバラ公爵夫人がそこまで動くとは思えないわ。それ以上に何かあったのでしょう?」


流石にエリザベスは簡単に納得したりはしない。この辺りは踏んできた社交の場数が違うということだろう。サラは素直に認めた。


「ライサンダー卿は、ソフィアに求愛ではなく求婚されたのです」

「三男とはいえ侯爵家の男子が初めて会った平民の商人にいきなり求婚!?」

「確かにソフィアは美しいけれど、貴族家の男子ならまずは愛人として誘いそうなものだけど……」

「8歳の女の子を前に”愛人”とか言います?」

「「いまさら!」」

「せめてお母様くらいは子ども扱いしてくださってもよくありませんか?」

「その子ども扱いをいつも台無しにするのはサラの方よ。私もそろそろ諦めました」


レベッカは頬に手をあてて、深くため息をついた。


「もう、そういう茶番は後でやって頂戴。今はライサンダー卿が何をしたのかの方が大事よ。今後の社交にも影響があるわ。せめて先に言っておいてほしかったわ」

「申し訳ございません。狩猟大会中はバタバタしていたものですから」


エリザベスは遠慮なくレベッカとサラの会話を断ち切って話題を元に戻す。


「ライサンダー卿には博打で作った借金があったのです。そのため、裕福な妻を娶りたかったのだと思います。ソフィアと結婚すればソフィア商会のお金が自由にできると考えたのではないでしょうか。ご家族に内緒にされていたのですが、借金の総額はエドワード伯父様よりも多いですよ」

「それで、ライサンダー卿はソフィアに結婚を迫ったけど断られたのね?」

「その通りです。ちなみにライサンダー卿は、結婚を断ったソフィアに向かって『平民の女商人風情が無礼な!』って言ったんです。そんな男と結婚したら金の無心だけじゃなく、身分で見下され続けることになるはずです。ゾッとしますよね」

「確かにそうねぇ」


サラの発言にはエリザベスも納得せざるを得ない。


「そんなわけで、ライサンダー卿には丁重にお帰り願いまして、その旨をセルシウス侯爵とアールバラ公爵にお手紙で報告いたしました」

「借金が秘密じゃなくなったってことね。だからセルシウス侯爵は、ライサンダー卿を強制的に帰宅させたのね」

「はい。その後、ソフィアがアールバラ公爵夫人に呼び出されました」

「女同士で話を聞きたかったってことかしら?」

「そうかもしれませんね。実はライサンダー卿は、悪質な賭場で借金を作ってしまったんです。泥酔していたそうです」

「それは犯罪ではないの?」

「スレスレですね。博打自体は違法ではありませんし、仮にいかさまだったとしても立証できなければ罪を追及できません。ただ、ライサンダー卿のような被害者が大勢いるとなると話は違ってきます」

「話が見えてきたわ。ソフィアは賭場の情報を掴んだのね?」

「賭場の主催者、参加者、協力者と思われる人物をリストにしてお渡しいたしました」


レベッカとエリザベスは呆気(あっけ)にとられた表情でサラを見つめた。


「その情報に対価は求めなかったの?」

「そのまま差し上げました。あまりかかわりたくなかったですし、恩を売っておく方が得策かと思いまして」

「なるほど。アールバラ公爵家がサラに協力的な理由がよくわかったわ」


エリザベスはしょっぱい顔をしながら蟀谷(こめかみ)を指先で軽く揉んだ。


「サラ……おそらくアールバラ公爵家はあなたを取り込みに来るわ」

「それって正確にはソフィアをですよね?」

「そうなるわね。ただいきなり縁組はないと思う。もうじき子爵令嬢になるとはいえ、サラの身分は平民だから。少なくともロブとレヴィの養女になって、二人からどんな扱いをされているかを確認するまで、普通の貴族家は動かないはずよ」

「私たちの養女になっても、サラは乙女の塔に住んで別居するって宣言してるから、周囲は私たちが不仲だと思うかもしれないわ」

「そうなると正妻に望む貴族は減りそうね」


要するに、グランチェスターの女性たちは、ヴィクトリアがいきなりサラを嫡男の嫁候補にする可能性は低いと考えたのである。そのため『ソフィアの恩を返す機会をアールバラ公爵家に与えた方が無難』という結論に達し、ヴィクトリアの提案に乗ることにした。


だが、エリザベスとレベッカが作成した招待客のリストを見たヴィクトリアは、その倍に相当する人数のリストを二人に送り返した。想定していたよりも規模が大きくなってしまうと、予算も増えてしまうことになる。流石にエリザベスとレベッカが丁重に断りを入れようかと思っていたところ、アンドリュー王子が参加を希望しているという趣旨の手紙が送られてきた。しかも、アールバラ公爵の公式な書状も添えられており、アールバラ家からも費用を負担したいと申し入れされたのである。


これにはエリザベスとレベッカも頭を抱えるしかなかった。グランチェスター侯爵の孫とはいえ、平民の誕生日パーティーに王太子の長男が参加するなど前代未聞である。グランチェスター小侯爵の娘であるクロエのデビュタントですら、これほど豪華になることはないだろう。


仕方なく二人は、ソフィアとサラにヴィクトリア宛の手紙をそれぞれに書かせた。ソフィアの手紙には、費用はグランチェスター侯爵家とソフィア商会が負担することになるため、アールバラ家にはきちんとパーティーにかかった費用を請求してほしいという内容が書かれていた。一方、サラの手紙は、規模の大きなパーティーは今の自分には不相応なので、規模を小さくしてほしいという内容である。


もちろんアールバラ公爵からの書状には、グランチェスター侯爵から正式にお断りの内容を送っている。だが、これに対するアールバラ公爵からの返信は、規模を少し控え目にして費用もグランチェスター侯爵家に請求するが、その他のことはアールバラ公爵家に任せてほしいという内容であった。おそらく請求される費用もかなり減額されたものとなることが予想できる。


「まさかここまでアールバラ公爵夫人がソフィアを狙っているなんて驚きだわ」

「違うわレヴィ。これはソフィアだけじゃなくサラを狙っているのよ」

「でも、サラはまだ平民だし、養女になっても子爵令嬢に過ぎないわ」

「何を言っているのよ。グランチェスター侯爵の孫で、話題に事欠かないソフィア商会にコネクションを持っていて、とっても美しくて、魔力も多いのよ。たくさんの貴族家が狙うに決まってるでしょ」

「……伯母様、私の設定を盛り過ぎてませんか?」

「盛ってるもなにも事実だもの。もうね、ピアノやヴァイオリンの技術なんてどうでもいいと思われてそうよ」

「それはそれで残念です。ゲルハルト王太子殿下からロイセンに来いって誘われる腕前を披露したつもりですのに」


レベッカは深くため息をついた。


「サラ……、あなたに自重は無理だと思ったから、下手な貴族家が手出しできないくらい特別な感じを出そうと思ったのだけど、失敗しちゃったみたい」

「レヴィ、それは失敗というより、やり過ぎっていうんじゃないかしら。サラの能力がレヴィの想定を上回ったってことでしょう?」

「どんなに特別でも、公爵家が平民を取り込もうとするとは思わないじゃない」

「レヴィはそういうところが甘いわ。まぁあなた自身が特別な女性ですものね」

「どういう意味かしら」

「サラが設定盛り過ぎっていうなら、レヴィだって相当酷いってこと。聖女みたいな光属性の魔法を発現していて、妖精の恵みをうけていて、とんでもなく美人で、王妃様から直接教育していただいているのだから」

「それについては否定しないけど、正直サラさんを前にするとねぇ……」

「気持ちはわかるわ。まさかグランチェスター家にドラゴンがいるとは誰も思わないわよね」

「不思議なくらい褒められている気がしませんね」

「「褒めてないもの!!」」


こうしたやりとりの結果として、サラの誕生日パーティーは、その大部分をアールバラ公爵家が差配することになったのである。しかも、ジャスミンドレスのお茶会という大勢の貴族女性の前で発言したことは、アールバラ公爵家がグランチェスター侯爵家と縁を深めていると宣言したことになる。さらに拡大解釈をすれば、『サラはアールバラ公爵家の嫁候補である。サラに求婚することはアールバラ公爵家を敵に回すようなもの』という牽制にも取れないことはない。


そしてサラは自覚する間もなく、アヴァロンの社交界に大きな影響を与える人物へと祀り上げられていくことになったのである。

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― 新着の感想 ―
ふと思ったのですが、サラだったら一人でパガニーニのコンチェルトの「ラ・カンパネルラ」とリストの大練習曲「ラ・カンパネルラ」と両方弾けそうですね(笑)。
[一言] ぶらぶら探して、気になって読み進めて、やっと追い付いた。 自分の勢力に取り込みたい公爵家と可能な限り独立していきたいサラのぶつかり合いか。どのような決着になるか気になる。
[良い点] サラの周囲の人間にとって、想定外が想定内という事態になっているのですがががw 今しばらくは仕方ないですが、大貴族や王族の庇護下ではなく、サラが一人で立つのが当たり前になっていく様子が早く…
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