王都に向かう準備
王都に出発するまでの日々は慌ただしく過ぎていった。
とにかく持っていく荷物が多いことにサラは閉口する。王都から逃げ出すようにグランチェスター城に来たときは、自分とマリアが乗る馬車に荷馬車が1台だった。護衛騎士を3名付けてもらっただけで、エリザベスから『平民にもお義父様は優しいのね』と嫌味を言われたことを今更ながらに思い出す。
エドワードは取り急いでサラと二人で戻るつもりだったようだが、クロエが「ジャスミンドレスが開催する年末のお茶会に参加しないなんてあり得ない!」と強く主張した。事前にエリザベスからも話を聞いていたため、サラがソフィアの姿でクロエの付き添いの真似事をすることでエドワードも納得した。
ついでにサラはソフィアの正体を小侯爵一家の全員に打ち明けた。既にエドワードにはソフィアの正体を明かしていたこともあり、いろいろ面倒になってきたのだ。だが、小侯爵一家は揃って『やっと言ってくれたか』という反応を示し、誰一人驚かなかった。いつかは話をしなければならないと分かっていたが、ここまで反応がないと隠していた自分が馬鹿みたいだとサラはがっかりした。
こうしてクロエが王都邸に戻ることになったおかげで、一気に荷物が増えることになった。正確に言えば荷馬車が3台追加になったのだ。それでもかなり持ち物を減らしたとクロエは主張していた。これからは頻繁にグランチェスター領に戻るつもりであるため、グランチェスター城の本邸にある自室にいろいろ置いてきたらしい。
衣装だけでも荷車を1台丸ごと占領している上、クッションや毛布、野営用のテント、組み立て式のベッドや椅子、グランチェスター領から持ち帰る土産類、護衛騎士たちの武器や防具、水や食料品などがたっぷり運ばれるのだ。もちろん随行する使用人や騎士たちの荷物もある。
ソフィアのゴーレムは、ソフィア商会が用意した別の馬車で移動することになっている。もちろんソフィア商会も荷車を3台用意しており、ソフィアが乗車する馬車と合わせれば4台である。ダニエルは馬でソフィアの馬車を後ろから護衛する。
また、ソフィア商会らしくゴーレムを随行させるつもりでいたが、これにはエドワードとロバートが反対した。既にソフィア商会のゴーレムは王都でも話題になっているが、現状ではグランチェスター領内にいる凄腕の魔法使いがソフィア商会に雇われていると思われているらしい。つまり、領の外には持ち出せないと思われているため、下手にゴーレムを連れて歩くと面倒な上位貴族たちから『ゴーレムを売れ』という圧力がかかる可能性が高い。
そのためサラはソフィアの馬車に同乗させるメイドタイプのゴーレムと、男性の使用人のようなゴーレムを2体作り出した。ここで問題になったのが造形である。具体的なモデルが居ないと、サラはとてつもなく恐ろしいナニカを作り出してしまう可能性がある。
サラはこの世界の創造神であるマルカートに似せようかとふと考えたが、邪神扱いされていることを思いだした。そこでサラは女性体のゴーレムをマルカートの姉神であるグラツィオーソ、男性体のゴーレムを兄神のマエストーソに似せて造形した。できあがったゴーレムにそれぞれお仕着せを纏わせる。
『うーん。さすがに神々し過ぎるわ。もう少し人間味を持たせよう』
そもそもゴーレムを造形している以上、人間味がそれほど重要になるとは思えないのだが、何故かサラはそこにこだわった。そもそも人間味が大切なら人間をモデルにするべきなのだが、さすがにサラがゴーレムを生み出していることを知らない人を勝手にモデルにするのは気が引ける。苦肉の策としてサラはご神体を作り出したのだ。
「グラツィオーソ様、マエストーソ様、勝手にお姿をお借りして申し訳ございません」
自室で2体のゴーレムの造形を終えたサラは、起動する前に床に跪いて目を閉じ、胸の前で手を組んで他の世界の神々に謝罪の祈りを捧げた。
「別にサラなら良いわよ」
「うむ構わんぞ」
聞き覚えのある声が聞こえたため、サラがそっと静かに目を開けると、目の前には三柱の神々が降臨していた。以前にマルカートが作った空間で会った時は肉体を持っているように見えたが、今は実体を伴っていないらしく薄っすらと向こう側が透けて見える。また、サイズも少々小さめで、一番大きなマエストーソでさえサラの身長よりも低い。
グラツィオーソとマエストーソの後ろには、大きな布を頭に巻いたマルカートが拗ねたように立っている。
「いきなり降臨されるとは驚きました」
「サラが祈ったからよ。それにしても、そのゴーレムはよくできてるわ」
「そうだな。サラは素晴らしいゴーレム使いのようだ」
「実際にはマギのお陰なので、真のゴーレム使いはリヒトかアリシアでしょうね」
「ふふっ。確かにそうかもしれないわね。でも、このゴーレムの身体は使いやすそう。ちょっと宿らせてね」
いきなりグラツィオーソが女性体のゴーレムに入り込むと、起動もしていないのに静かに動き始めた。
「うん。思った通り快適ね」
「ほう、面白そうだな」
マエストーソも男性体にするりと入り込む。
「うむ。確かにこれはイイ」
「喜んでいただけて光栄です」
するとマルカートがいきなり怒り出した。
「なんで僕の身体がないのさ!」
「さすがに私でも邪神の身体はちょっと…。邪神崇拝は法律違反みたいだし」
「僕は創造神で邪神じゃない!」
「過去の転生者を怒らせたんじゃないかなぁ。この世界でマルカートは邪神扱いよ」
「酷いよ。僕だって頑張ってるじゃないか」
グラツィオーソのゴーレムがマルカートの肩をぽんと叩いた。
「魂を拉致したんだから恨まれて当然でしょ。記憶も消してないんだから、邪神呼ばわりも仕方ないわ」
「とにかく不便だから僕の身体も用意してよ!」
「えー、めんどくさい。神なんだから自分で適当に受肉してよ」
「こっちにもいろいろ制約があるんだよ」
「そうなの?」
「モノに宿るのは簡単なんだけど、受肉するには降誕しないといけないんだ。要するに人としての一生を赤子から死ぬまでやらないといけないってこと」
「へー。邪神降誕かぁ。頑張れ」
「君って性格悪いよね」
「イイ性格してるとはよく言われる」
「むぅぅぅぅ。じゃぁ君に新しいチートあげるから!」
「もうチートはお腹いっぱい。これ以上付けたら人間卒業だよ」
「随分前に君は卒業してるから大丈夫だ」
「大丈夫じゃない!」
そこにマエストーソが割り込んだ。
「おい、マルいい加減にしろ。お前が顕現できたのもサラが祈ってくれたからだろ。欠片も頭の中にいなかったら、お前が今そこにいるはずないだろ!」
「だって僕の世界なのに! 今となっちゃサラだって僕の子だ」
マルカートはまるで駄々をこねる子供のようである。
「……仕方ないなぁ。マルカートの身体を作るからちょっと待って」
「お、やった!」
サラは先日うっかり作り出してしまった邪神像を、改めて目の前に再現した。
「どうぞ」
「ナニコレ!」
「邪神像よ。持ってるだけで異端審問にかけられそうな傑作って言われてるわ」
「なんで、僕だけコレ?」
「邪神と言えばマルカートだし?」
「そんなに僕のことを嫌わないでよ。拉致したことは申し訳なく思ってるし、これからは勝手に魂を拉致したりしないから」
「うーん…。別に嫌ってるわけでもないのよね。怒ってはいるけど。まぁ仕方ない」
サラは意識を集中してマルカートのゴーレムも作り出した。細部を再現するのがめんどくさかったので、目の前にいるマルカートの姿をそのまま映す。
「三柱ともマギには未接続です。繋いだ途端、マギはどんな知識を吸収するかわからないので自重しました」
「今だけだからすぐにゴーレムは返すよ。じゃぁ神の権能を渡すね」
「わかったけど、どんな能力なの?」
「友愛を結んだ妖精と同じ力が使えるようになる。つまり、サラ自身が時間を操作したり植物を作り変えたりできるようになるんだ。セドリックの能力はちょっと特殊だから、そのまま使えるようにはならないけど、情報の分析や解析はやりやすくなるよ」
「友愛を結ぶ妖精が増えれば能力も増えるってこと?」
「うん。察しが良いね。その通りだ」
マルカートはサラの正面に立ち、そっと腕を上げてサラの頭のてっぺんに手を当てた。次の瞬間、サラの中にずるりと何かが入り込んできた。考える余裕などなく、頭の中に直接文字を刻まれるように身体の中で魔力が暴れ出す。苦しくはないが不快な感覚である。
「なんか気持ち悪い」
「神気を直接身体の中に注ぎ込まれているからね。昔は転生者の魂が来るたび、こうやって君たちが望む神の権能を与えていたんだ」
「チートの付与ってことか。その儀式私にはなかったよね」
「定番の戦闘力と魔力は付与しておいたよ。赤子からやり直すから言語能力は付与してない。学力が高いのは更紗の持っていた素養だけだ」
「音楽の能力は?」
「それは完全に僕の趣味。だけど元の素養を伸ばしただけだから、本当は向こうの世界でも頑張れば成功したはずだよ。まぁ今回の人生でも音楽は趣味で終わりそうだけどね」
「なるほど。で、妖精の力を自由に使える能力を与えた理由は?」
「君の変身能力を高めるためかな。毎回ミケを呼び出すのは大変そうに見えたんだ。でも君が変身するたびに、君の魔力はミケに届くようにしておくよ」
「そうねぇ。酒盛りしてるミケを呼び出すのは申し訳なかったから丁度いいかも。今後は躊躇なく変身できそうだわ」
「与えた能力は好きに使ってくれていいよ」
「わかったわ。ありがとう」
すると、グラツィオーソとマエストーソも近づいてきた。
「マルカート、私はこの世界の神じゃないけど、サラに祝福くらいは与えてもいい?」
「サラが構わないならいいよ」
「それなら私もサラを祝福したいぞ」
「私でしたら大歓迎です」
「じゃぁ、私からは流行を敏感に見極められる目をあげるわ。相場も読めるわよ」
グラツィオーソはサラの両目に口づけた。
「ふむ…それでは私もその目に別の祝福を与えよう。悪意を持って近づく者が見極められるように」
マエストーソはサラを抱え上げ、両目に軽く息を吹き掛けた。
「素敵な祝福をありがとうございます。どちらも商人には最高の祝福です」
「そう言ってくれて嬉しいわ」
「うむ。与えた甲斐もあるというものだ」
「あ、マルカートのチートもありがたいと思ってるから安心してね」
「わかってるよ。君は僕の子だからちゃんと伝わってくる」
「え…邪神の子って言われるのはちょっと不本意なんですけど……」
「僕は創造神であって邪神じゃないよ!!」
などと軽口を言い合っている内に時間切れとなり、神々はゴーレムから去っていった。
『そっかご神体に祈れば降臨されるのか』
サラはなるべくマルカートの像に祈らないようにしようと心に誓った。チートは貰ったが、相変わらず面倒な神だという認識は覆らない。拉致被害者なので当然と言えば当然と言えるだろう。
そして、出発前日の夜、リヒトとアリシアが納得できるゴーレムとマギの通信を支える中継器のプロトタイプが完成した。二人とも熱病対策で忙しいはずなのに、仕事の合間を縫って作ってくれたのだ。
「理論的には半径30キロくらいはカバーできるはずだけど、こればかりは実際に動かしてみないと何とも言えない」
「短いというべきか長いというべきかさっぱり見当がつかないわね」
「これ以上距離を拡げるにはもっと大掛かりな仕組みにしないといけないんだ。でも、あまり目立つと他の人が興味を持っちゃうだろ? 土中に埋めても精度は変わらないように作ってある」
「それはありがたいわね」
「途中で試しながら使ってみて」
「了解。まぁ試しながら、ちょくちょく戻ってくるわ。どうせなら宿場町を作る場所とかも下見しておきたいし」
「戻ってくるときは、他の人を驚かせない場所に来てくれよ」
「わかってるって」
この中継器にはマギも興味津々であるため、全ゴーレムが中継器に魔力を登録済みである。そして、マギはリヒトやアリシアも把握していない魔法陣を、こっそり中継器の中に仕込んでいた。なお、実行犯は中継器の近くをウロウロできて、魔法陣を描ける指先を持ったトマシーナである。
この行為は三博士の中でもかなり白熱した議論となった。何しろ創造主であるリヒト、アリシア、サラの意向に沿っていないのだ。だが、大いなる議論の結果、「ダメって言われてないからやっちゃえ」という子供の理屈が勝った。だが、議論の内容や結果の云々はともかく、この決定を下した瞬間にマギは創造主の手を離れ、自我を持った存在となったことは間違いないだろう。