妖精ってそういうものなの?
ミケはサラの雰囲気が変わったことを察して映像を消し、再びサラの肩に戻ってちょこんと座った。
「サラ、元気になった?」
「少しだけ、ね。私が愛されてたことは理解できたけど、改めて見ると両親の未熟さにも気付いてしまうわね」
「そうよ! アデリアのせいでサラまで一緒に飢え死にしちゃうところだったんだから!」
どうやらアデリアの行動はミケにとって許し難いことだったらしい。
「ミケ、ありがとう。8歳の私が言うのもアレだけど、前世の記憶込みで言うなら、父さんと母さんは未熟過ぎたと思うの。まぁ恋愛脳だったせいかもしれないけど、もうちょっと周囲を上手く巻き込めば駆け落ちなんてしなくて済んだと思うのよね。なんというか『若さ故の愚かさ』みたいな? おそらくチゼンとラスカからしてみたら、お坊ちゃんとお嬢ちゃんにしか見えなかったんでしょうね」
もうちょっとで誰かの名台詞になりそうだったのを無事にサラは回避した。抑えることの難しい衝動のせいで背中がムズムズするが気にしてはいけない。
ふと小さな豹の姿をしたセドリックがふわりと窓に飛び乗り、豹の癖にニヤニヤ笑っているようにしか見えない不思議な表情を浮かべた。
「私は長年人間たちを観察してきましたが、不思議なくらい人間の子供は自分の両親のことを同じ人間とは見做していないように思うのです。なんというか、父親や母親という生き物として見ている。甘え、我儘を言っても良い相手だと勘違いしている子供、あるいは神のように崇めなければならない相手だと認識している子供も居ました。親も自分と同じ人間であり、良い部分も悪い部分もあることを忘れてしまっているのです。逆もまた然りかもしれません。自分の子供を自分の従属物としてしか見ない親も実に多い。年齢は違えども同じ人間であり、互いに尊重し合うという人間関係の基本的な部分を簡単に忘れてしまう」
「うーん。確かに否定できないわ。一度親元を離れて暮らしたりすると、実家に戻ったときに『ああ、そういえばこんな人だったな』とか『年取ったなぁ』とか第三者的な目線になったりして、改めて親って自分とは違う人間なんだと実感したりするんだけどね」
ミケとポチは顔を見合わせた。
「ちょっとサラ、ますますオッサンっぽくなってるわ」
「セドリックに影響されたらダメよ。若さが無くなるわ」
「あなた方は私に失礼ではないですかね? そもそもミケの方が私よりも早く妖精になったでしょうが。妖精たちの中では長老と言っても過言ではない」
「ちょっと! それじゃ私がおばあちゃんみたいじゃない」
「性別を持たない妖精の癖におばあちゃんとは。嗤っちゃいますね」
「なんですって! じゃぁセドリックも女性の人型になってみなさいよ」
「お安い御用ですよ」
そこにはスラリと背の高い美女が立っていた。黒いロングドレスを身に纏い、胸元は谷間が覗くほど深く切れ込んでいる。ボディラインがわかるようなタイトなスカートのサイドもかなり上の方までスリットが入っており、ハイヒールを履いてスラリとした脚がちらちらと見える。好みの問題はあるだろうが、ミケやポチが人型になった時よりも美しく妖艶な雰囲気を漂わせている。
「そのドレスはどうなの?」
「目元に泣きぼくろ要る?」
「当然ではありませんか。重要なチャームポイントですもの」
ミケとポチのツッコミに、涼しい顔のセドリックが応えた。もちろんその声も、少し低めではあるが明らかに女性のものである。
だが、妖精たちがギャーギャーと騒がしく喧嘩している中、サラは冷静にセドリックに話しかけた。
「セドリック…あなたって覗き見だけじゃなくて高級娼婦として情報収集してたりするの?」
「妖精に性別はございませんわ」
「その立派なお胸も含めて、あなたちゃんと女性体になってるでしょ?」
「うーん。どうして気付かれてしまうんでしょう」
「だって仔豹たちをお尻から見たもの。立派なのがちゃんと二つぶら下がってたわ。男性体になれるなら女性体にもなれるってことでしょ。ところで、どっちも使ったことある?」
「とんでもないことを聞きますね」
「あなたならハニートラップの情報収集も厭わない気がするからよ」
「見抜かれているようですね。否定できませんわ」
くるっとミケとポチの方にも目を向ける。
「ミケ、ポチ、あなたたちも人型を取るときは女性体なの?」
「その時々で違うわ」
「うんうん。時々耳と尻尾がついたままになっちゃうことも多いし」
「そういうことを聞いてるんじゃないわ。あなたたち、人間と同衾したことがあるの?」
「人間だけじゃなくあるわよ」
「友愛を結んだ人間とする妖精もいるわ」
サラは聞きたくない真実に触れてしまった気分になり、どんよりしてきた。思ってた以上に妖精は軽かった。
「さすがに子供はできないわよね?」
「つくれないわ。私たちは魔力の塊が受肉しただけの存在だもの。泡沫の一夜を妖精と過ごす人の話を聞いたことがないの?」
「そういう本は閲覧が許可されてないのよ」
「忘れてたわ。サラってまだ8歳だった」
「ミケ、この話を8歳にして良かったの?」
「聞かれちゃったんだからしょうがないじゃない。言っておくけど、セドリックと違ってそんなに色事が好きってわけじゃないわよ? ただ、気の合う相手と束の間の逢瀬を楽しんでいるだけだから」
そしてサラは、酷く真面目な表情を浮かべた。
「セドリック、今度男性体で使える状態になってもらっていいかな?」
「は??」
妖精を驚かせるサラのトンデモ発言であった。
「大体のメカニズムは理解してるんだけど、実際に見た方が確実に再生できると思うのよね」
「はぁ…。アダム様の治療目的ですか」
「そういうこと。一応、切られちゃった人で再生は試してみるけど、やっぱり実物見た方が確実だと思うのよ。人間の男性には頼みにくいけど、妖精だったらあんまり気にならないし。あ、できれば年齢は14歳の少年くらいでよろしく」
「期待した私が馬鹿でした」
「確かにセドリックは馬鹿よね。サラはまだ8歳だって言ってるじゃない」
「ソフィアになるからって実年齢を忘れちゃダメよぉ」
「気長に待つことにいたしますわ」
「ごめんセドリック。私は異性愛者だからその姿にはそそられないし、男性の姿でも胡散臭いから好みじゃないし」
「姿は色々変えられますよ?」
「中身がセドリックだと思うと、ちょっとねぇ……」
サラが頬に手をあてて首を傾げると、麗しい美女のセドリックはガックリと項垂れた。
「あ、でも、そのドレス姿はなかなか良さそう。再生試した時に女性体で近くに立ってもらえるかしら?」
「私で勃ってもらうわけですね?」
「セドリック…それこそオッサンっぽい発言よ。美女なのに残念ね」
満面の笑みを浮かべるサラを見つめ、セドリックはより一層落ち込んだ。中身が残念な少女に残念と言われる妖精……実にシュールな光景である。
サラの肩からふわりと浮かび上がったミケと、近くを漂っていたポチは同時に人型に姿を変えた。三人で並ぶとタイプの違う美女の勢揃いである。
「サラもこっち来てよ」
酒の味見をするためにソフィアの姿に変わっていたサラは、妖精の美女たちに囲まれても見劣りはしない。
「ここにトマシーナがいたら私たちだけで王都の花姫たちを蹴散らせそう」
「確かに負ける気がしませんわね」
セドリックが大きな胸をさらに突き出した。
「なんなら絵姿を販売してみる?」
「負ける気はしませんが、王都の花いくさに介入するのは気乗りしませんわね。花の姫君になることは彼女たちの将来を左右します。候補になるだけでも落籍す貴族や富裕者が増えるのですから」
「確かにそうね。気を付けるわ」
さすがのサラも娼館の女性たちの将来を左右したいわけではない。
「でもソフィア商会を王都でお披露目するときくらいは、並べてもいいでしょう?」
「お嬢様。まずはできてから考えましょう。まだ場所すら確保できていないのですから。それに、乙女たちのお披露目も必要なのではありませんか?」
「そうなのよねぇ……。考えること多過ぎるわ」
すると再びセドリックは仔豹の姿となり、窓際に戻ってニヤニヤとした笑いを浮かべた。
「やめてよ、そんな風に笑うと消えちゃいそうだわ」
「なんですかそれは」
「前世の妄想好きのおじさんが書いた物語に出てくる猫よ」
「私のようにスマートなのですか?」
「うーん。支離滅裂で女王様に首をちょん切られそうになる猫かな」
「その猫は助かるんですよね?」
「首しかなくて胴がなかったから、兵士たちがどうやって首を切れば良いのかわからないって言われてたわ」
「なんですかその奇天烈な話は」
「気にしないで、そういうものだから」
するとポチがサラに尋ねた。
「それって、脳天から縦に真っ二つじゃダメなの?」
「女王様が首をちょん切るのが大好きなのよ」
「わけが分からない!」
「無理に理解しようとしない方がいいわ。午睡で見る支離滅裂な夢がそのまま物語になったと思ってちょうだい」
「妖精は夢を見せることはあっても、自分で夢を見たりはしないのよ」
「なるほど」
酒が入っているせいなのかどうかは知らないが、少なくとも今日の妖精たちは会話も魔法も大盤振る舞いである。
『もしかしたら私はまだ更紗のままで、長くて奇想天外な夢を見ている最中なのかしら…』
そんなとりとめのないコトを考えてしまうような冬の午後であった。




