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良心の呵責に咽び泣く

サラが本邸に戻ると、本日の夕食はグランチェスター侯爵、ロバート、レベッカだけでなく、ジェームズとベンジャミンも一緒であることが告げられた。どうやら侯爵の意向らしい。しかも、いつもは使用していない正餐室での食事となるらしい。


身支度を終え、マリアに案内されつつ正餐室に向かう途中、ロバートと文官たちに出会った。3人とも顔が引きつっている。


「伯父様、大丈夫ですか? その、だいぶお疲れのようですが」

「サラ……、今日ほどお前が居てくれて良かったと思ったことはないし、今日ほどサラが男子だったらよかったのにと思ったこともなかったよ」


何故か3人ともがっくりと肩を落としている。


「えっと、祖父様に怒られました?」

「その逆であることは確かだね。新しい帳簿はわかりやすいと父上の側近からも認めてもらえたし、作業の進捗状況も予想以上だとお褒めの言葉を頂いたよ」

「宜しいではありませんか」

「それは僕たちの手柄じゃないからねぇ」

「伯父様の裁量の下で自由にやらせていただいただけですから、それは伯父様の手柄で間違いないのでは?」

「サラ、僕はそんな風に思えるほど厚顔ではないよ…」

「大事なことはグランチェスター領が危機を乗り越えることですから、手柄などはこの際どうでもいいのです。それよりも複式帳簿を認めてもらえたことの方が重要ですね。あれが無いと、なかなか現状を正確に把握するの難しいですから」


複式帳簿があると無いとでは、現状把握の難易度が格段に違ってくる。そもそも今のグランチェスター領の危機的な経営状態を明らかにしたのも複式帳簿である。


「それについても問題があってねぇ」

「認めていただけたのではないのですか?」

「大絶賛だったよ…」

「では何が問題なのでしょう?」

「あれを"誰が"提案したのかを聞かれたからだね」

「あ、なるほど」


すると後ろを歩いていたジェームズが「ロバート卿は、会計官である私に手柄を押し付けたのです…」と暗い声で話し始めた。


「へ?」

「領の経営状態を説明する際、ロバート卿は第二四半期までの貸借対照表と損益計算書をそのまま侯爵閣下と側近の方々にお示しになられたのです。先日、サラさまがグランチェスター領の現状を把握するために急ぎお作りになられた資料です」

「あぁ作りましたねぇ」


発行している手形に対し、手元にある現金や受け取った手形が少ないことが"数字で"明確になった資料であり、サラも忘れてはいなかった。あくまでも途中の段階なので、そろそろ第三四半期終了段階での資料を作ろうと思っていたところだったのだ。なお、1年を4期に分けたのもサラだ。


「ロバート卿は、よりにもよって私があの資料を作ったとお話になられたのです」

「だって、アレをサラが作ったなんて言えないじゃないか!」


ジェームズは涙目になっている。


「そ、それは伯父が大変ご迷惑を?」


「それだけではございません」とベンジャミンも話し始める。


「まだ何かあるのですか?」

「魔石鉱山付近の魔物討伐費用をギルドに負担させたことも、侯爵閣下は大変お喜びになりました」


『なんかこの先の展開が読めてきた…』


「えっと、もしかしてベンさんの立案ということに?」

「仰る通りです!」


ベンジャミンは涙目を通り越して既に泣いていた。肩を震わせて。


「じゃぁサラがギルド関係者を脅したって説明しろっていうのか?」

「人聞きが悪いことを仰らないでください。あちらにも利があることを納得していただいただけです」


現状は理解したが、結局のところ3人が手柄を横取りすることに良心の呵責を感じているということだ。真っ当な精神を持っていることの証拠でもある。


「それにね、僕はメイドたちにも申し訳ないと思ってるんだ。父上があんなに頑なだとは思わなかったよ。マリア、申し訳ないんだけど、他のメイドたちに僕が謝罪していたと伝えてもらえるかな? 一応、お菓子や花を届けておくようには伝えたんだけど…きっと怒ってるよな」

「お気になさらなくても大丈夫です。それに私たちはサラ様と一緒に居られれば楽しいですから!」

「それは良かった」

「正直、今日の仕事の効率は最悪でした。ベンもそう思うよな?」

「そうですね。書類作成に必要な資料の準備には時間がかかるし、ペンの交換やインクの補充も自分たちでやらないといけないし、お茶はでてこないし。いつもの半分くらいしか仕事は捗らなかったですね。たぶん他の文官も同じこと言うんじゃないかと」


『あらぁ、メイドさんたちに依存しまくってるわね』


「ですが祖父様を説得しない限り、祖父様が滞在中にメイドを執務室に戻すわけにはいかないですよね」

「そうだねぇ。サラ、申し訳ないんだけど夕食後に少し時間もらって良いかな?」

「構いませんが、祖父様のお相手は宜しいのですか?」

「さすがに疲れているだろうから、今日は早めに床に就くと思うんだ」

「なるほどわかりました。文官の方々もご一緒ですか?」

「「是非お願いいたします」」

「場所はどうされます?」


「執務棟の遊戯室だけは絶対にだめよ」背後から声が掛かる。どうやらレベッカも合流したようだ。


「こんなところでそんな話をして、侯爵閣下や側近方の耳に入ったらどうするおつもりですか」

「つい、サラの顔をみたら話したくなって」

「気持ちはわかるけど、気を付けないと。廊下には結構響いてたわよ」

「そりゃ不味いな。気を付けるよ」


先程よりも声を小さくしたレベッカは、「私のおすすめは自習室よ」と答えた。


「自習室ですか?」

「ええ、私がロブやアーサーにお勉強を教わってた部屋なの。本邸の図書館から繋がった部屋なのだけど、本棚に囲まれた部屋だから音が外に漏れにくいのよ」

「あそこかぁ懐かしいね。じゃぁ後で落ち合おう。文官たちは僕が連れて行くよ」

「わかりました。あ、そうだマリア、せっかくだからイライザも呼んでおいて。伯父様から直接執務メイドに話をしてもらう方が良いでしょうから」

「承知しました」


そして彼らは揃って正餐室へと向かった。

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現状では秘書というより雑用係。ただし雑用を担う人がいないと世の中が回らないのも事実。
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